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夢:パン屋の娘

 雪の強い日だった。日に日に雪の勢いは増し、毎日が降雪量のピークだという状態だ。午前五時頃、金髪、碧眼の女性は大欠伸をしながら、煉瓦作りの店に入った。

 店内に明かりは点っているが、誰もいなかった。左に三段作りの棚があり、小さなバスケットが並べられている。いずれも中身は空だった。うっすら、いい匂いが漂ってきた。パンを焼いている香りだった。金髪の女はカウンターに両肘をつき、カウンターの奥、ガラス戸の向こうで一生懸命、仕事をしている人物を眺めていた。。

 店の奥で白い調理衣に、白帽、マスク姿の少女が、出来上がった生地をパンの種類別に決まった形に加工していた。少女は金髪の女性に気づくと、ちょっと待ってと手で合図していたので、手を振って、ゆっくりしろ、と返事をした。

 一時間後、準備を終えた少女が奥から出てきた。マスクをゴミ箱へと捨て、新しいものを手に取る。


「エスメラルダはすごいねぇ。こんな時間に起きて準備しないといけないなんて、

 あたしにゃ無理だわ」

「そう? 重いもの運ぶ他は特に、嫌な事は無いけど」

「好きな事を仕事にするって、そういうものなの?」

「テューダもお仕事見つかるまで、ここで働いたらいいじゃない。

 楽しいよ、ほんと」

「儲かるの?」


 エスメラルダはそっと近づいて、テューダに耳打ちした。

 テューダは目を向いて、エスメラルダを見た。彼女は歯を見せて悪戯っぽく笑っていた。


「そんな・・・・・・薄給でよくやるわ・・・・・・」

「十分でしょう! 楽しいことして、お金がもらえてこれ以上、何を望むの」


 エスメラルダは新しいマスクをつけ、店の奥に引き返し、焼き上がったパンをたくさん抱えて戻ってきた。

 奥に閉じこめられていた、パンの焼けた良い匂いが解放され、店中を満たす。

 彼女はパンを棚に並んだバスケットへ丁寧に入れていく。


「私はそんな綺麗事言える状況じゃないからねぇ・・・・・・

 ま、それも明日までの話だけど」

「何か、仕事見つけたんだ!」


 エスメラルダはパンを楽しそうに並べている。マスクをしているが、目尻と声音だけでそれはわかる。心底、この仕事を楽しんでいるように思える。


「まぁね。さっき聞いた額の五倍はもらえる良い仕事よ」

「ごっ・・・・・・」


 エスメラルダは三段目の棚にパンを補給していたが、バランスを崩して倒れかかった。


「変なお仕事じゃないよね? 夜の街でその・・・・・・朝から言えないような」


 テューダは答えなかった。エスメラルダは不安げに彼女を横目に見た。欠伸をしていた。


「しかし、店長のおっさんはいないの? 全部エスメラルダにやらせてんの?」

「最近、雪が酷いから。近所に住んでる私が、たまたま都合良かっただけよ」


 やがて、一人の男性が入ってきたが、店長ではなかった。彼は二人に挨拶すると、足早にロッカー室へ行き、出てくるとエスメラルダと同じ格好になっていた。彼は店の奥へと消えた。エスメラルダはおずおずと口を開いた。


「その、お仕事のお話なんだけど」

「ああ、変な仕事じゃないと思う。一年前に出来た、あの工場で働くだけだから」


 テューダは親指で背後を指した。それはガラス窓から覗く、遠方にそびえる巨大な煙突の事だった。


「あの工場・・・・・・なの。薬品を作ってるとか、聞いたけど」


 エスメラルダはより、不安を強めていた。一年ほど前にやってきた薬品工場。街は広いが農業だけが取り柄の田舎街だった。地理的に都市部へ品を運搬するにもかなりの距離がある。近くに空港もない。また、雨期になるとハリケーンも来る土地だった。そんなところに工場を作るメリットなどあるのだろうか? 


「しかも弟の薬が、タダ同然で手に入る。試験薬だから、何が起きても保証はできないらしいけど」

「・・・・・・」


 エスメラルダは黙々とパンを並べ続けていた。テューダの弟、ネイサンは進行性の病に冒されている。徐々に肉体は懐死し、いずれは死ぬ。薬の値段は高い。手術でもどうにもならない、世界でも発症数の少ない病気だった。テューダを止めたいが、彼女の事情を考えると、何も言葉が出てこなかった。


「そんな顔しないの、エスメラルダ。駄目元で何でもやってみるものよ。弟も最近変わってきたし、精神的にも前向きになるのは良いことよ」


 エスメラルダは手持ちのパンを並べ終わり、次に並べるパンを取りに奥へと入っていった。

 テューダはそっと店を出た。仲良しのエスメラルダに、一言、兄弟の事を告げておきたかったのだ。

 一言で言えば、弟は薬品のモルモットになると言う事だ。テューダ自身は、薬品に関する研究に携わる。文献を整理し、そこから得た情報を研究者へ上げる作業だ。ひょっとしたら、薬の飛躍的進化に貢献できるかもしれない。テューダは僅かな可能性にかけていた。エスメラルダの不安に曇る顔を見て、やはり話さなければ良かったと後悔した。

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