第4話 遁走曲ーフェルナンドの場合ー
カチッと時計の長針と短針が同時に音を鳴らし、直後に教会で聴くような重々しい鐘の音が船中に響き渡る。開戦の合図だ。
「行くか。」
フェルナンドは急ぎ足で、なおかつ忍び足で、船の中を移動していく。当然周りの気配を感じ取りながら。1500人を収容するこのタイタニックは今や14人の貸切で、ボイラーの音が耳をくすぐる以外はほぼ無音である。
2人が飲み交わしたラウンジまではそれほど遠くなかったので、見つけることも見つかることもなく目的地にたどり着いた。
フェルナンドは辺りを見渡す。遂行の弊害は残しておくわけにはいかないからだ。
かなり高い天井には部屋全体を照らす大きなシャンデリアが一つ。窓はなく、パーティで使われるような、テーブルクロスが床まで付いている丸テーブルが9台。腹部くらいの高さで立って飲むのにちょうどいい。椅子は一つもない。半円型のカウンターには椅子が10個、バーテンダーが入るための隙間が一箇所。だが内部は壁にボトルが大量にあるだけで身を隠せそうなところはない。ここに逃げたら最後だ。
隠れられるのはテーブルの下か。だがそこに隠れれば撃ったときに場所がばれ、逃げるのには向かない上に、一発で仕留めづらい。暗殺には不向きな場所だ。
入り口はカウンターの左右に一つずつ、そしてカウンターの真向かいに一つ。すべて部屋の内側に扉が開く。
待ち伏せならここだろうな。フェルナンドは足を止め、立ち膝になった。狙撃スポットはカウンターの真向かいのドアの横、ドアを開ければ死角になるところだ。別のドアから来ても不意打ちができる。
だが沈黙を破ったのはドアを開ける音ではなかった。
突然鳴り響く少し濁った銃声を頭で理解したときにはすでに右足のズボンに血が滲み始めていた。少し遅れてテーブルクロスに穴が空く。それとほぼ同時に足に電撃が走る。
「ッ!」
叫びそうになる口を閉じて一番近くにあったテーブルの上に飛び乗る。少なくとも上に入れば的確に狙われることはない。
二発目の弾丸は手元のマシンガンから放たれた。テーブルクロスに開いた穴から弾の軌道に合わせて撃った。
だが血が広がる様子はない。テーブルクロスについたのか…?
その疑問に答えるように三発目の銃声が鳴り響く。左肩に激痛が走る。敵の位置は特定できないままだ。方向はあのテーブルだが、撃たれてすぐ撃ち返せるはずがない。
次の金属音は連続だった。天井のシャンデリアが落下して来る。部屋が闇に包まれる。
…視界を奪われた。もう勝ち筋は見えない。
「すまない…さよならだ。」
マシンガンを手にした傷だらけの獣が最後の恋唄を謳う