03
「アパートにも帰ってきてないみたいだし、相変わらず携帯は通じないし…」
休日の今日も、百合は桜を探すために街を歩いていた。
「今日は遠くまで行ってみようかな…」
そろそろ警察に届けるべき?いやでも職場には休暇届出してるし取り合ってくれないかも。
どうするべきかと考えながら歩いていると、最後に桜とランチしたお店が見えてきた。あの日以降何度か顔を出し、店員にも話を聞いたが情報は得られていなかった。
あの日レジを担当してくれてた店員さんがいれば、ハンカチを落としたかもしれないお客さんのこと聞けるかも。その人を探すのも1つの手かもしれないしね。
気を取り直し顔を上げた瞬間、1人の男性が目に飛び込んできた。
道の端でモデルのように佇んでいるその人はすらりと背が高く、黒くて柔らかそうな髪が緩くウェーブしていて、とても整った顔をしていた。天気の良い昼間には少し場違いな真っ黒のローブを羽織っている。
すごく素敵な人。イケメンってこんな人に使う言葉よね。変わった服装だけど。
でもこんなにかっこいい人がいたらもっと騒ぎになっても良さそうなのにな。誰も彼を見てないし…というか認識していないような…
周りの喧騒が遠のき、百合は不思議な男性に釘付けになっていた。
あの人に、桜のことを聞かなきゃいけない気がする…
理由を考える前に百合の体が動いた。
はやる気持ちを抑えながら男性に駆け寄り、逃さないように彼の腕を掴んだ。
「すみません!ちょっといいですか?」
「?!」
彼は信じられないものを見るような目で百合を見た。急に腕を掴まれたら無理もない。
でも百合にはそんなこと構っていられなかった。
何故かわからないけれど、この人は桜を知ってる!
「人を探してるんですけど、見覚えありませんか?」
「は?!え、ちょっと待て、俺のこと見えて」
「この女性なんですけど知りませんか?私の大切な人なんです!」
手にしていたスマホに桜の写真を表示させ、青年に突きつけた。
「1週間前から連絡がなくて、探してるんです!」
青年はまだ何か言いたそうにしていたが、百合の必死な姿に押されてスマホの画面を見た。
「…サクラ?」
「知ってるんですか?!」
確かに青年はサクラと言った。
ようやく糸口を見つけたと知り、百合の顔が綻ぶ。
「桜がどこにいるかご存知ですか?!会いたいんです」
身を乗り出すように青年を見上げると、漆黒の瞳が百合をじっと見つめていた。
そして青年の腕を掴んでいた百合の手に彼の手が重ねられ、強く握りしめられた。
「あの…」
「触れる…本当に見えているのか」
「えっと…桜のことを聞きたいのですが」
手を握られたままなことが恥ずかしく顔が赤らむが、重要人物を逃すわけにはいかないと手を握り返す。
青年は百合を見つめながら静かに問うてきた。
「……サクラのもとに行きたいか」
その言葉に百合は大きく頷いた。
「もちろん!桜は大事な親友なの。会わせて。桜のもとに行かせて」
桜は大事な親友で、唯一の家族のような存在だ。そんな桜が黙っていなくなるなんて余程のこと。
百合の心はすでに決まっていた。
きっと困っているであろう桜の力になりたい。
意思の固さを示すかのように唇を噛む百合を見た青年は、一瞬傷ついたような表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻り小さく頷いた。
「俺は…うまくできるかわからない。ただ、お前が本当にサクラのもとに行きたいならやってみる」
そう呟くと、握っていた百合の手を自身の額にあてて目を閉じる。
急に何が始まるのかと百合が慌てている間に、青年は何かをつぶやき始める。するとどこからともなく風が吹き始め、青年と百合を包み出した。
「なに、これっ!」
「名を。名を教えてくれ」
徐々に強くなる風に戸惑う百合と対照的に落ち着いている青年が百合に問う。
「私?百合ですっ…!」
「…ユリ、できる限りサクラの近くに連れて行きたいが、どうなるかわからない。ただ、どこに落ちても必ず探し出すから」
「え、なに、どうゆうことっ」
風が強くてもう前が見えない。
「…サクラのことはすまないと思っている」
その言葉を最後に、百合の意識は遠のいていった。