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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
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7.平和の国の王子様

時の流れほど早いものはない。


「あれから……何年経ったか………」


秋の終わりも近い季節でありながらこの国の第2王子であるリオン・クーラは部屋の露台で一人庭を眺めていた。


「リオン」


「ヨーゼル」


冬の訪れを告げる寒風が吹く中、庭を眺めていたリオンは背後からかけられた声に振り返る。そこに立つのはこの5年で背がぐっと伸びた傍つき。金髪、碧眼と一見するとどちらが王子か分からない。そんな自分とは裏腹な色彩を持つクーラ国騎士団長の次男坊で、かつては馬鹿王子と呼ばれていたリオンの学友兼目付け役でもあった。だが、自分の幼少からずっと傍に居てくれる数少ない人間でもあった。


「なんだ、仕事をサボるなとでもいいたいのか?」


そんな相手に冗談めかして言えばヨーゼルは心外だと言わんばかりに肩を竦めた。そして視線を移す。


「普段ならそう言うけどね」


リオンの言葉を流しながらも使用済みの2つのカップの置かれた卓を見る。


「彼女と話は出来た?」


その問いかけにリオンは苦笑すると首を振る。


「話と言えるかは分からないがな………」


言葉を交わしたというならば確かに言葉は交わした。


だが………


「彼女は呆れるぐらいに“王の処刑人”だな」


今日の騒ぎの前にどうしても会いたいと願った自分に彼女はその願いを叶えるために隠し通路からこの部屋に来た。二人で話がしたいからとヨーゼルに席を外すように頼んだが、彼女は今も昔と変わらずに“王の処刑人”だった。今日もその黒いベールの下にその全てを隠した。表情が伺えない黒いベールの下から告げられたのは兄の王に相応しいとは思えない行為。一つ、ため息を吐いたリオンは露台から部屋に入ると窓を締めた。そしてヨーゼルに向き合う。


「今宵、兄は処刑される」


「ということは……」


「俺が王になる」


「そうか………」


自分の言葉に驚いた様子も見せないヨーゼルにリオンは苦笑する。


「彼女はこの国のために手を赤く染める。俺はそれに応える王になれるだろうか」


彼女の役割を知ったその日から常に問い続けているがその答えは未だ出ない。苦い表情をするリオンを前にヨーゼルは嘆息する。


「何を今さら。君は昔から“平和の国の王子様”だったじゃない?」


その言葉にリオンは苦笑を深くする。


「確かにな。すぐには平和の国の王にはなれないな」


そう言うとリオンは“彼女”と初めて出会った過去を思い出した。





中央大陸の中においては大国に数えられるそれなりに歴史を重ねたクーラ国には現在二人の王子がいた。


上の王子の名をレオン・クーラ。当時クーラ国立学園の最上級学年に在籍しており、優秀だと名高い王子。


それに比べて下の王子は“馬鹿”である……というのがクーラ国に在籍する貴族なら誰もが知ってる王子の評判。それがリオン・クーラだった。可も不可もない評価だったリオンが少女の存在を知ったのは“入学式”


自分に代わって、首席代表の挨拶をしたことから自分は確か彼女に目をつけた。


「ココノア・クロエ!」


昼食も終わって気だるげな昼下がり。次の授業まで残り20分。そんなのんびりとした空気が流れる教室に空気を裂くような声が響き渡る。その声に昼の授業に向けて仮眠と称した昼寝をしていた面々。そして友との語らいをしていた面々が“またか”という表情をその少年に向けた。


「お前は一体、何者なんだ!」


今もココノアの前に仁王立ちし、指を突きつける王子に周りの少女達が冷ややかな視線を送る。緩やかな昼下がりの会話を切り裂かれた少女は目を瞬かせた後、微笑むとまた周りの少女達との談笑を再開する。


「聞こえてないのか!お前だ!お前。ココノア・クロエ!」


そのあっさりとしたまでの無視に顔を赤くしていきり立ったのはこの国の第2王子リオン・クーラ。クーラ国の王族特有の黒髪に金色の瞳という特徴を持つ少年は周りの迷惑そうな様子など気にせず、ココノアの周りに集っていた少女達の間に無理やり割り込むと机を叩いた。その強引な仕草に周りが咎めるような視線を送るものの、それを無視したリオンはココノアが座る席の前で顔に向かって指を突きつけた。


「何なんだ!あの結果は!」


昼休みに食堂から教室に戻ろうとした矢先、つい先日終わったばかりのテストの結果が張り出されたのを確認するとリオンは教室に一目散に駆け戻った。その結果があまりにも信じられなかったからだ。その言葉と共に指を突きつけられたココノアは困った表情を浮かべながら周りの少女達から王子に視線を移す。学園に入学して一月、ココノアの生活は充実していた。ふわふわとした甘い砂糖菓子の様な同級生達。そして初めて共に過ごす時間。その目新しさにココノアは学園に通うことを楽しんでいたが唯一の例外が目の前の王子。顔を赤くして興奮している様子からどうやら先ほど公表された中間テストの結果を見てきたらしいと推測する。その態度にふぅと嘆息したココノアは王子を見上げ、口を開く。


「なぜ……と言われましても……私も傷ついておりますのでコメントの使用がないのですが?」


そう困ったようにココノアが小首を傾げれば……その途端、更に興奮に顔を赤くしたリオンは喚く。


「お前!あの結果を見て傷つく要素がどこにあった!!あの結果のどこに貴様が傷つくような結果があったと言うんだ!」


顔を赤くして喚くリオンをよそにココノアはため息を吐く。


「何を仰ってらっしゃるんですか?王子様もご覧になられたのでしたらお分かりでしょう?私としてうっかりしたことですが1問、間違えしまったようなんです」


頬に手を当てて困ったと言わんばかりに首を傾げれば周りからは“流石、ココノア様だわ”と称賛の声が上がる。入学当初は誰もが羨むような容姿をし、才女と言っても差し支えないココノアに対して皆が嫉妬の視線を向けていたが1ヶ月もすれば少女がただの世間知らずなだけだと分かり、その外見の可愛いらしさとは裏腹の性格の良さに皆のアイドル的存在に昇格したのだ。そんなココノアをただ一人認められなかったのは何かとココノアの反応に大袈裟に反応するリオンのみ。その証拠に今も自分の反応に更に顔を赤くし、自分を指差す指が震える。


「貴様!」


学年1位の成績を取りながらショックだと言うココノアにリオンが口を開きかけた時……。


「はいはい。リオン、そこまで。ごめんね。クロエさん」


ココノアとリオンの間にニュッと手が割り込む。その手にココノアが目を上げれば人好きする顔で別の少年が笑う。


「ヨーゼル……」


自分の傍付きの出現に罰の悪そうな顔をしたリオンとはそんなヨーゼルは押し黙るリオンに向かってため息を吐く。


「まったくリオン……いきなり走り出すから何かと思えば君は本当に馬鹿なの?」


いきなり走り出した王子を途中まで走って追いかけ、しかし行き先の検討はついたために途中からは歩いて戻ってきたヨーゼルがそうリオンに苦言を挺すとココノアに微笑む。


「クロエさん、うちの馬鹿が驚かせてごめんね……びっくりしたでしょう?」


「ヨーゼル様。ありがとうございます。大丈夫です。少し驚いただけですので」


人好きするヨーゼルの言葉にココノアがそう返すと怒り狂う王子とは裏腹にいつも笑みを浮かべるばかりの少年が“ありがとう”と微笑む。


「クロエさんにそう言って頂ければ助かるよ。さっきもいきなり中間テストの結果を見るなり、走り出すからもうついて行けなくて」


そう言いながらココノアの前で指を突きつける相手に困ったと肩を竦めるヨーゼルの言葉に緊迫感を漂わせていた教室内の空気が緩やかに動き出す。周りにざわめきが戻ったのを確認して、ココノアはヨーゼルに微笑む。


「結果を見て来られたんですね。私も先ほど皆さんと確認して盛り上がっていたんです。でも、1問間違えたみたいなので帰ったらキースに怒られてしまいそうで」


そう肩を竦めればヨーゼルが感心したように腕を組む。


「1位なだけでもすごいのに……間違えたってクロエさんは本当に勉強熱心なんだね。あ、遅れてごめんね。1位おめでとう」


「ありがとうございます。ヨーゼル様もお疲れ様でした。第3位でしたよね?」


そう問いかければヨーゼルが恥ずかしそうに頭をかく。


「そうなんだよ。恥ずかしながらね……それにしても本当にクロエさんには敵わないや。クロエさん家の教育の高さに驚くよ」


「そんな事ありませんわ。各テストの最後の設問なんて、ひっかかりそうになりましたもの」


「クロエさんも?良かった~!僕もなんだよ」


「私もです。テストが返って来たらキースに家で教えてもらおうと思いますの」


「そうなんだ!もし良かったらまた分かったら教えてよ」


「もちろんです!」


そんな自分を置いてきぼりにして和やかに進むクラス1位と3位の会話に出鼻をくじかれてぶるぶると震えていたリオンがようやく復活する。


「ヨーゼル、貴様はおかしい!」


学年2位の成績の持ち主であるリオン・クーラは納得がいかないと絶叫する。


「貴様らはなぜ最後の設問に“ちょっとひっかかりそうになりましたわ”“そうだよね”みたいな呑気な会話が出来るんだ。ヨーゼル、貴様には誇りがないのか!」


王子の負け惜しみにようやく周りのクラスメイト達が苦笑して学年1位と3位の成績保持者達を見る。だが、その言葉にきょとんととしたヨーゼルとココノアが顔を見合せて目を瞬く。


「リオン、君は女子だから勉強が出来るのがおかしいなんて前時代過ぎないかい?」


そう肩を竦めてヨーゼルが返せば、ココノアも小首を傾げてみせる。


「そうですね。別に婦女子が勉学を納めてはならないという法律は大分前に撤回されましたものね」


「違う!!」


目の上のタンコブであるココノアと自分の傍つきの言葉にリオンは握りしめた拳を震わせる。毎回、ボーナス問題なのかそれとも嫌がらせかテストの最後には最高学年でも解くのに一苦労と言われている。それをやすやすと解きこなす存在もうっとしいがリオンの怒りはそれだけが理由ではない。その八つ当たりは自分の独壇場だと信じて疑わなかった自分を脅かす、目の上のタンコブに向けられる。ビッとココノアの顔の前に指を突きつけたリオンはさも自分が正しいとばかりにいい募る。


「そもそも貴様は女子でありながらなんで馬術にも剣術にも長けているんだ。しかも、勉強まで出来るなんてお前に弱点はないのか?ココノア・クロエ!」


ココノアが現れなければ自分の側近候補と二人で独占出来た筈の1位と2位にリオンの目は今にも血の涙を流さんばかりに充血している。そんなリオンから指を突きつけられたココノアは困ったように頬に手を当てて、この1ヶ月で繰り返されたいつものお決まりの文句を口にする。


「でも、キースは出来て当たり前と言うのですもの」


不思議そうにそう言えばリオンが更に顔を赤くするのは1ヶ月前からのお決まりの流れ。ココノアの口から繰り返される謎の人物の名前にリオンの堪忍袋の緒が切れる。


「五月蝿い!貴様が居る限り、私は2位のままなんだよ!」


勉強だけではなく、馬術、剣術と色んな科目に置いて少女に1位を独占されている少年の悲痛な叫びが今日も教室に木霊した。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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