31.リリアの覚悟
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「バロシュ嬢が怪我をしたのか!」
事件の翌日。授業前の他愛ない会話の中で、少女からもたらされた情報に驚愕したアルフは目を見開く。その反応にコーリは“あら”と不思議そうに首を傾げた後、目を細めた。
「あんなに騒ぎになったのにアルフ様は知らなかったのですか?」
そのあからさまな指摘にアルフは視線を逸らす。
「……べ、別のクラスの人間の事まで知る筈がないだろ」
そう口にしながらもそれが苦しい言い訳だと痛感していた。
“だが、私が近づけば余計に周囲は面白がる”
自分が近づかなければいつか噂は落ち着くだろう。そう思って、苦い顔をするアルフを冷めた瞳で一瞥した後、コーリは無邪気さを見せながらレオンに問いかけた。
「レオン様はどうですか?」
下から見上げるような自分の問いかけに動揺する素振りすら見せず、レオンは“いや”と首を振る。
「私も今、知ったよ。そんな事があったんだね。何より怪我をしたのが君じゃなくて良かったよ」
ニッコリと笑って、婚約者の身をさらりと気にする手際にコーリは“ありがとうございます”と微笑みながらも、そのいかにも自分は関係ないと言う態度に内心で毒づく。元はと言えば女癖の悪いレオンが何も知らない少女に手を出そうとしたのが原因だ。
“白々しい……”
元の発端であるレオンとアレンが、自分には関係ないという立場をとる姿に嫌悪感しかない。
“女には感情がないとでも思ってるのかしら”
まるで、女は自分の欲を満たす道具と言わんばかりの態度がコーリは気に食わなかった。何も口にしない2人に教えるようにコーリは微笑む。
「実は私、偶然その場を通りかかったのでバロシュ嬢と一緒に保健室にご一緒しましたの。怪我はさほど大したことはないとの事で私も安心しておりますわ」
そう口にすれば、それまで我か関せずと言った態度をとっていたアルフが弾かれたように顔をあげる。
「……リ、リリア嬢は?」
その問いかけにコーリは意地悪く口元を緩める。
「あら、アルフ様は他のクラスの方の事など知らないのでは?」
その言葉にアルフが何も言えずに居るとレオンが面白そうに口を開いた。
「おや、コーリ、知らないのかい?アルフはリリア嬢と噂になるぐらいの仲なんだよ」
そのいかにも自分とリリア嬢の関係を匂わせるような口振りにアルフはギョッとする。
「何を言う!……元はといえばお前が…………」
普段の冷静さをかなぐり捨て、声を上げようとしたアルフはそこまで口にして“ハッ”と我に返る。
“うかつにコイツがリリアに手を出したことを口にする所だった”
そう、直前で気づいて口をつぐんだ自分にレオンが更に愉快だと言わんばかりに口元を歪める。
「私がなんだって?」
その問いかけにアレンは力を込めすぎて、ワナワナと震える拳を握りながらレオンを睨み付ける。
「別に何もない。私は時折、図書館で本を借りる時にスレ違う程度だと言いたかったんだ」
「そうだな。一度、目の前で彼女が落とした本を拾ったぐらいか。その時に令嬢にしては珍しく政治や経済の本を借りていたから驚きはしたが」
そこで、言葉を切ったレオンは意地悪く笑った。
「それに私には昔からコーリという素晴らしい婚約者がいるが、お前は1人身だ」
リリアと自分の『秘密の関係』を肯定するように告げられる言葉にアレンは拳を握りしめる。
「婚約者のいないお前なら、誰を愛する事に何ら障害はないだろう?」
その言葉にアルフが何も言えずに押し黙る様子を少し離れた場所から、ほの暗い瞳で見つめる少女が居る事に気づくことはなかった。
ーそして
「もうエリメールに近づかないでくれ」
その言葉にリリアは絶望に目を見開いた後、力なく頷いた。
「はい………」
自分と間違って突き飛ばされたエリメールを心配して、放課後エリメールの自宅を訪問した自分を出迎えたのたエリメールの婚約者である騎士だった。
「今回は命に別状がなかったから良かったものの、一歩間違えば大事故に繋がっていたかもしれないんだ」
自分を睨み付け、そう吐き捨てる騎士の顔は一睡も出来なかった自分と同じぐらい……いやそれ以上に憔悴しきった姿はエリメールから聞いていた騎士の姿ではなかった。
「………本当に申し訳ありません」
だから、エリメールの容態を尋ねた自分を睨み付ける相手に言えたのはその一言だけ。俯き、謝罪する自分に騎士は苛立ちを隠さずに髪をかきまわし、ため息を吐く。
「気の強いエリと仲良くしてくれた事には礼を言う。だが、これとそれは別だ。私は婚約者が怪我をするかもしれない人間の傍に置いておく事など出来ない。エリメールが回復したら、学園を退学させ式を早めるつもりだ。悪いが、君との付き合いは許せない」
「もちろんです。この度は申し訳ありませんでした」
エリメールが自分の代わりに突き落とされた事に罪悪感を抱いていたリリアは深く頭を下げる。今回は無事に意識は取り戻したが一歩間違えばエリメールは死んでいたかもしれないのだ。
“大丈夫よ。気にしないで”
意識を取り戻し、迎えに来た家族とともに家に帰る時にエリメールはそう話しかけてきたがリリアの胸は張り裂けそうに痛んだ。自分がもっと早くにエリメールから離れていれば彼女にこんな怪我を負わせることもなかったのに………と。伏せた顔の下で一度瞳を閉じた後、覚悟を決めた瞳で顔をあげる。
「私も二度とエリメールに怪我をさせたくありません。なので、お申し出の通り、エリメールに会うのはやめます。本当に申し訳ありませんでした」
ぎゅっとスカートを両手で掴みながらもリリアは恐れずに前を向く。
「もう私の事で誰かが傷つくのは嫌なんです」
自分の大事な親友を巻き込んでしまった事に責任を感じていたリリアはそう覚悟を決めた。




