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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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30.予想外の出来事

いつもお読み頂きましてありがとうございます。









「最悪な事態だわ……」


エリメールが怪我をした当日。学校から帰宅したココノアは、執務室の椅子に座って、深いため息を吐いた。まさかこんなに早く事が起きるなんて予想していなかったのだ。ため息を吐くココノアを他所にキースは淡々と報告する。


「まぁ、幸いな事にバレー嬢の友人の令嬢は軽症。命に別状はなかったようです」


いつもと変わらず、淡々としたその報告にココノアは机についた腕に顎を乗せて頷く。


「そうみたいね」


キースの言葉に相槌をうちながらも、ココノアの胸中は穏やかではなかった。


“もっと早く手を打つべきだったわ”


そう考えるココノアの眉間に皺が寄る。いずれ物理的にリリアを排除しようとする令嬢が出てくるとは思っていたが、それを見誤って少女に護衛の1人も全くつけていなかったのは自分の失態だ。今回は運よく怪我人ですんだが、加減を知らない令嬢達の行動がエスカレートしたら今度は命に関わる可能性もある。それを予想し、王に憂いを抱かせる事なく、全てを終わらせるのが自分の役目だったはず。


「でも、それを予想出来ずに防げなかった自分が不甲斐ないわ。私は“王の処刑人”なのに」


そう、溢して自分の不甲斐なさに“キュッ”と唇を噛みしめた時、それまで何も言わずに居たキースがわざとらしく肩を竦めるのがココノアの視界に入った。


「本当にその通りですね」


キースの手厳しい評価にココノアは“ええ”と頷く。本当に自分は少し平和ボケしていたようだ。悔しさにココノアが手を握った。


ー次の瞬間


「この世で一番怖いのは人間のようです」


「………何が言いたいの?」


その予想外の言葉に虚をつかれて、顔を上げたココノアが目を瞬くと視界の先ではキースがさも呆れたと言わんばかりの表情をしている。それに何かを言うよりも、キースが深いため息を吐いてココノアに微笑む。


「どうやら、お嬢様は勘違いをされておられますね」


その言葉にココノアは眉を寄せる。


「どういう事?」


ココノアの意味がわからないといった視線を受け、キースは報告書に無感動な視線を落とす。


「お嬢様はこの事故が自分のせいで起きたと勘違いされている」


苦い部分を淡々と指摘するキースにココノアは文句を言いたいのをぐっと抑え、“ええ”と肩を竦める。


「そうよ。私がもっと令嬢達の行動力を甘く見ないでいたら、起きなかった事故だと思うもの」


“悪かったわね”と軽く睨みながら、自分の失態を晒せばキースが鼻で笑った。


「何がおかしいの!」


その反応にココノアが噛みつけば、目の前で青年が笑う。


「いえ、お嬢様は“王の処刑人を勘違いしておられるようでしたので」


その言葉にココノアは唇を噛みしめる。


「別にそうは思っていないわ。ただ……お父様だったらこんな失態しなかっただろうにと思っただけよ」


自分の不甲斐なさを吐き出せば、キースは少し考えるように首を傾げてみせるが迷うことなく首を振ってみせる。


「差し出がましい事を申し上げればお嬢様、“王の処刑人”は完璧ではございません」


「え?」


その言葉にココノアが目を瞬けば、キースは苦笑する。


「人間は些細な感情に振り回される生き物です。たかだか人間の1人に過ぎないお嬢様が、この国の人間全ての気持ちを理解し、対処してしまうその方がもっと怖いのでは?」


その言葉にココノアは少し動きを止めてから、肺から息を吐き出す。


「…………ありがとう。少し傲慢だったわ」


無意識に自分に出来ないことはないという意識の上にあった発言に気づいて謝罪を口にすれば、キースは“いえ”と首を振る。


「いついかなる時も“処刑人”足ろうとする貴方は少し気を張りすぎる」


そう言葉にしてキースは再び報告書にため息を吐き出す。


「……と、言いましてもこれは些か予想外でございましたね」


「ええ」


頭に上がっていた血が下がったココノアも先ほどよりは冷静に報告書に目線を走らせる。


「リリア嬢の隣には常に、高位貴族のエリメール嬢がいたからそこまで嫌がらせはしないと思っていたのよね」


「私も同感です」


「でも、ここまで強気に行動して来たってことは……」


「間違いなく高位貴族の後ろ楯があるということでしょう」


実際に被害にあったのはエリメールであったが、これがリリアが被害にあっていたら泣き寝入りしか出来ていない。


「エリメール嬢を突飛ばした令嬢達は?」


「早速、明日から休学となるようです」


「仕事の早いこと」


打てば響くように返る言葉にココノアは口元に白い指先を当て、思案に耽る。


“この状況で1番利がありそうなのはコーリ嬢なんだけど……”


婚約者にまとわりつく、目障りな存在が消えて1番得をするのは彼女だからだ。


“でも……違うわ”


少し考えて、ココノアは首を振る。


“だってそうなら、リリア嬢を助ける理由がないもの”


階段で突き飛ばされたリリアを助けた理由の説明がつかない。彼女につけている影の者もあれは完全な偶然だと報告が上がって来ている。


“なら……”


そこまで考えて、ココノアは“ハッ”と我に返る。


「キース」


「はい」


主の思案を遮る事なく、側に控えていたキースはココノアの言葉に微笑みを浮かべると胸に手を当てて一礼する。


「アルフ様の婚約者候補の令嬢の名前を調べて頂戴」


「畏まりました。すぐに手配致します」


ココノアの指示に頷いたキースは、すぐさま手配の為に部屋を後にする。それを見送ったココノアは息を吐き出して、椅子に体を預ける。


「……まだまだ半人前ね」


10歳で父親から受け継いだ称号を重く感じた事がないと言ったら嘘になる。


ーだが


「いつか私は流石はお父様の娘だと言われるようになりたいわ」


そう言葉にすると、少し笑ってココノアは体を起こす。少し予想外の事が起きただけで動揺する自分が恥ずかしい。そんな自分を奮わせるように少しだけ、テンション高めに肩を竦める。


「これから少し忙しくなりそうだから、他の仕事を片付けちゃいましょう」


そう呟き、ココノアは目の前に積み上げられた仕事に手を伸ばした。

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