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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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29.遅すぎた決断

「エリメール!!」


自分の横を歩いていた筈の親友がいきなり上体を揺らして前のめりに倒れていくのをリリアはスローモーションで見る事しか出来なかった。落ちていく身体に手を伸ばすもすり抜ける。


ーードサリ


「きゃあああ!」


鈍い音が自分の耳に届いたのと周りから悲鳴が上がったのは果たしてどちらが早かったのだろう。次の瞬間には鈍い音と共にエリメールが階段の踊り場に落ちていた。


「エリメール!」


一瞬、驚きのあまり目を見開くものの手に持っていた教科書や文房具を全て投げ捨て床に倒れ込む親友に階段を駆け下りる。


「エリメール!エリメール!」


床に倒れ込んだまま動かない親友を抱き起こすもぐったりとしたまま動かない。


“なんてこと………”


あまりのことにリリアの顔からは血の気が引き、唇が震える。嫌がらせを受けるのは自分であって、何も関係ない。自分のせいで大事な親友が怪我をしてしまった事に唇を噛み締めるとリリアは階段の上で立ち竦む令嬢達を睨み付ける。


「これはどういう事ですか!」


普段は何をされても口答えしないリリアの詰問に令嬢達が目をさ迷わせる。


「いや………」


「その………」


リリアだと思って突飛ばし、怪我をしても爵位の低い娘が自分達に対して何も出来ないと思っていたのに………。実際に突飛ばしたのは伯爵家の令嬢であるエリメールだった事に動揺しているのだ。互いに見合って何も言わない姿にリリアの堪忍袋の緒が切れる。


「あなた方は人を突飛ばして怪我をさせておいて平気なのですか!」


そう叫べば、エリメールを突飛ばした令嬢達はビクリと肩を震わせる。震えて肩を寄せあう姿はか弱い令嬢そのものだが、彼女達がしたのは人を傷つける行為だ。許せないと拳を握りしめて更にリリアが口を開こうとした………その時。


「何の騒ぎなのですか?」


階段上で立ち竦む令嬢二人の背後から新たな声が場を切り裂く。

騒ぎに気付いて覗きに来た令嬢達がその姿にざわめくのが分かる。踊り場に居るリリアからはまだ姿は見えないが、階段上で立ち竦んでいた令嬢達が驚きに目を見開いて進路を譲る姿に彼女達よりも高位の令嬢がやって来たのだと理解する。


だが………


「コーリ様!」


誰かが現れた少女の名前を呼んだ事でリリアはその少女が王族に続く公爵令嬢だと知る。そんな中、姿を現したコーリは予想外の光景に目を瞬かせていた。


「………あら」


予想以上の高位の令嬢の出現に周りがざわめく中、階段上から踊り場を覗いたコーリは口元を押さえながら小さく呟いた。





コーリが一連の騒ぎを知ったのは偶然だった。


「きゃぁぁぁ!!」


絹を裂くような甲高い悲鳴にコーリは足を止めた。次の授業に合わせて友人達と教室を移動していた最中の事だった。


「まぁ、何事かしら」


けたたましい悲鳴に友人兼取り巻きの令嬢が眉を寄せる。その言葉に他の友人達も顔見合わせる。その姿に少し考えてみたがコーリは周りの友人達に微笑む。


「きっと私達が気にするような事ではありませんわ。行きましょう」


「ええ、そうですわ」


「そうですわね」


ここの所、学園で頻繁に行われている嫌がらせに関わるべきではないと判断して移動を再開しようとしていたコーリが歩き始めた瞬間。


「あなた方は人を突飛ばして怪我をさせておいて平気なのですか!」


普段には聞かない鋭い声がコーリの耳を突き刺す。それに動かし始めた足が再びピタリと止まる。


「コーリ様?」


自分の足が再び止まった事に訝しげな顔をする令嬢達にコーリはふふと優しく微笑む。


「少し込み入ってるようですから見て行きましょう」


「え、ええ」


そう言って階段に向かって歩き出したコーリの後を顔を見合わせた令嬢達も追う。階段に向かって歩けば踊り場で二人の令嬢達が身を寄せあって震えているのが視界に入る。


“震えるぐらいならやめればいいものを”


糾弾されて言葉を発せなくなるぐらいなら嫌がらせなどやめればいい。そう冷たく少女達を見ながらもコーリは小首を傾げる。


「何の騒ぎなのですか?」


「コーリ様」


そう言葉を発すれば周りの少女達が自分の姿に頭を下げるのが分かる。


「コーリ様………」


震えていた二人のうち、片方の令嬢が自分の姿にビクリと身を竦める。それに穏やかに微笑みながらも階段に近づいたコーリは階段下を見下ろして口元に手を当てる。


「あら………」


純粋に驚いたという表情をしながらもコーリは横で震える令嬢に目を移す。


「何があったの?」


そう優しく問いかけ直せば震えていた令嬢達が顔を見合わせて口を開く。


「あ、誤ってぶつかってしまって」


「わざとじゃなかったんです」


自分達の身の潔白を訴える少女達にそうと頷き、コーリは階段を降りる。


「コーリ様!」


階段を降りて行く自分に声がかかるも無視してコーリは友人を抱き抱えて自分を睨む少女の前に屈む。


「怪我してるのね」


リリアが抱き込んだ少女がぐったりしているのを見たコーリは階段上で立ち竦む令嬢二人に微笑む。


「怪我人がいるようね。先生を呼んで来て頂けるかしら」


その言葉に二人の令嬢達は壊れた人形のように頷くと身を翻した。




「命に別状がなくて安心したわ」


コーリのその言葉にリリアは深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


コーリの鶴の一声によって呼ばれた先生の手によってエリメールは無事に保健室に運ばれて事なきを得た。まだ目は覚まさないが今は医者による診察が行われている。そんな場所までコーリが着いて来てくれたから自分に対する嫌がらせは全くなかった。けれども、王族の王女がいない現状において学園内のヒエラルキーの頂点にいる少女が何のメリットもなしに自分を助けてくれるとは思わないほどにはリリアも人間を信じられなくなっていた。だから頭を下げはしつつも警戒するような瞳をコーリに向けると相手が優しく笑う。


「あら、気にしないで。私は学園内が近頃騒がしてうんざりしていただけよ。それに震えて助けを待つだけなら助ける気はなかったわ。でも、あなた。友達の為に声をあげる勇気があったんだもの。見直したわ」


「え?」


予想外の言葉にリリアが目を瞬くと更にコーリは笑みを深くする。


「助けを待っていても誰も助けてくれないの。だからあなたが自分から声をあげた事を私は凄いと思うわ」


コーリの言葉にリリアはぎゅっと制服のスカートを握りしめて頭を下げる。


「あ、ありがとうございます………」


リリアが頭を下げるのにコーリは“さて”と視線を逸らす。


「授業も始まっているから私はもう行かせて頂くわ」


「は、はい!」


「彼女によろしく伝えて頂戴」


「分かりました」


自分の言葉にコクコクと頷くリリアに薄く笑いながらもコーリは歩き出しながら“そうそう”と口を開く。


「それから頼りにならない男は止めておきなさい。いくら身分が高くても自分の好きになった女性一人守れない男なんていないも同然よ」


「え?」


「失礼するわ」


リリアが自分の言葉に顔を上げるよりも早くコーリは足早にその場を後にするのだった。


いつもお読み頂きましてありがとうございます。

誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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