28.籠の鳥
「そんなに嬢ちゃんの憂いになるんならサクッと排除しちまえばどうだ?」
クロエ家の諜報部隊の長ビート・クロエは暗い表情のキースが持ち込んだ愚痴に対してあっさり解決法を述べる。そんな相手をキースは睨み付けた。
「それが出来たら既にやってる。出来ないから悩んでるんだろう」
バレー男爵令嬢をココノアの目から隠すことはクロエ家の使用人の力を持ってすれば容易いことだろう。だが、同時に少女から非難されることは容易に想像出来る。ココノアがこれ以上苦しまない為にも少女が納得する方法かつこの問題を早期に解決したいのだ。けれどもその方法がないから頭を悩ませている。あっさりとしたビートの言葉を一瞬で一刀両断したキースは自身が持ち込んだ酒を手酌で煽る。そんな普段、少女に見せる姿とは違う姿にビートはクックッと笑いながらも自身も酒を煽る。
「へいへい。お前はお嬢様一筋だもんな」
誰に対しても冷酷で、表情を変えることなく赤子から老人まで少女の敵となる相手なら殺すことが出来る青年が躊躇うのは少女が関わる時のみだ。ビートの言葉にキースは罰の悪そうな顔をする。
「………悪かったな。分かりやすくて」
「別に悪かねぇよ。ほら、飲め」
拗ねたようなキースの言葉に笑いながら、ビートは酒の瓶を傾けて注いでやる。その言葉にキースはため息を吐きながらも新たに注がれた酒を煽る。言い訳が出来ないのはグラス2つと上等の酒瓶4つを抱えてビートの部屋に愚痴を聞かせるつもりで突撃したからだ。そんな年相応の反応を見せる姿に笑いながらもビートは肩を竦める。
「で、嬢ちゃんの身体は大丈夫なのか?」
「まだ食欲はないが熱は下がったから問題はない」
ビートの言葉にキースはため息を吐く。少女が体調を崩した時はさすがに肝を冷やしたが、4月からの疲れが出たのだろうとの医者の言葉にホッとした。だが、同時に学園に通うと出て来るのではと考えていた問題にぶつかったかとため息は溢れた。グラスの中に残った酒を喉の奥に流し込みながらキースは自嘲する。
「ノアは優しすぎる」
少女が生まれたあの日から自分は常に彼女の成長を見守って来た。だからこそ、分かる。誰よりも人が大好きで、笑顔を絶やす事のない少女には過酷過ぎる役目だと。
「残酷な決断を強いられる王の処刑人には向いていない」
王の処刑人は常に孤独と隣り合わせ。国を守るためならば何を利用する事を躊躇ってはいけない。
「だが、ノアは知り合った者全てを助けたいと思う。国の為とはいえ、知り合った人間を切り捨てる事が出来ない」
紙の上で相手を知ることと実際に人を知ることにはかなりの差がある。少女の世界が広がることは喜ばしいが同時に知り合った相手を犠牲にする強さが必要になる。今も国の為なら少女が命を脅かされるほどの虐めに苛まれていても無関心でいるしかない。
「だから俺はノアが学園に通うのが嫌だったんだ」
だが、少女は自分から苦しまなくていい世界から踏み出した。苦しまなくてもいい事で苦しむノアを見るのがこんなにも辛い。
ポツリポツリと溢すキースにビートは肩を竦めながら、相手の杯に酒の瓶を傾ける。普段は少女の前で肩肘を張る相手が情けなく愚痴を溢す時はかなり参っている証だ。そんな時に愚痴を溢す相手に選ばれる事に苦笑しながらもビートは思い悩む後輩に酒の杯を掲げる。
「お前なぁ。嬢ちゃんが大切なのは分かるが人は経験する事で分かる事もあるだろうが」
「だが………」
「今のままじゃ籠の鳥じゃねえか。こっちが相応しいと思った環境からだしてもらえず、偽りの幸せしか知らねえのと悩んで生きるのとどっちが生きてるって感じられるかお前なら分かってんだろ?」
「別に籠の鳥にしたい訳じゃ……」
その言葉にキースは目をさ迷わせる。
“キース”
小さい頃はこちらが見るだけで幸せになるような憂いなど全くない笑顔を見せていた少女はいつの間にかそんな笑顔を見せなくなった。
“キース”
いつも自分を見上げて微笑む少女がいつしか自分と肩を並べるほどに大きくなった時には、少女の瞳の奥には痛みを抱えるようになった。ビートの指摘にキースは肩を落とす。酔うために持ち込んだ度数の高い酒が今は有難い。
「俺はノアにずっと笑ってて欲しいんだよ。辛い思いなんかして欲しくないし、甘えて来たら甘やかしたいし。憂いがあるなら払ってやりたい」
“はぁぁぁ”と肺の奥から深いため息を吐きながらもキースは自身の持ち込んだ酒瓶を掴むとラッパ飲みする。
「だけど、ノアを籠の鳥にしたい訳じゃない」
その本音があるから彼女が外の世界を見たいと望んだ時に最終的には許したのだ。キースが自分に見せる情けない姿にビートは喉の奥で笑うと自分の杯に入った酒を飲み干して立ち上がる。
「ビート?」
いきなり動き出した自分にキースが瞬くのを無視しながら、無造作に棚を開ける。
「嬢ちゃんが俺が酒が好きなの知ってて、この前くれたんだ。ちょうどいいから飲んでけよ」
そう言ってキースが持ち込んだ酒よりも上等な蒸留酒の瓶を投げ渡す。
「酒を飲んだからって問題が解決する訳じゃないが、飲みたい時ぐらいあるだろ。今日はとことん付き合えよ」
そう言ってウインクするビートに酒瓶を受け取ったキースは嘆息する。
「お言葉に甘えて」
そう肩を竦めると質の良い酒の蓋を開けて口元を緩める。
「綺麗だな」
そう呟きながら杯に注いだ酒は琥珀色をしていた。
その翌日
「キース?大丈夫?」
心配気に眉を寄せたココノアが酷い二日酔いに悩む傍つきを伺う。
「………大丈夫です」
自分を心配気に覗き込む少女にキースは顔をしかめる。
「ちょっと飲み過ぎただけなので…」
いつも笑顔でいて欲しい相手に気遣われながらもキースは嘆息する。
“籠の鳥”
この狭い世界に閉じ込めているだけが幸せではないのなら少女が望む世界を探しに行くのもまた一つの手段かもしれない。
だが………今は無理だ。
「うぇ………」
込み上げる吐き気に口に手を当てながらキースは壁に寄りかかった。
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