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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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27.処刑人の資質

「………そう。ありがとう。よくわかったわ」


リリアに張り付かせている影からの報告にココノアは浮かない表情で一つ頷いた後、穏やかな笑顔を机の前に立つ相手に向ける。


「報告ありがとう。凄く助かったわ」


そう労う相手はクロエ家の庇護下で育ち、平民枠で学園に入った影と呼ばれる諜報だ。普段はクロエ家とは全く接点を持たないがこちらから接触を図れば自身の身分を利用してクロエ家にその益をもたらす。そんな彼らは孤児が多く、衣食住に加えて教育を受けられるようにクロエ家が陰から支援した孤児院出身だ。今も特に特徴のない顔をした青年が首を振り、頭を垂れる。


「我らの全てはクロエ家の為に。王の処刑人たるお嬢様の為に我らは生きております」


ためらいなく向けられる忠誠の言葉にココノアは嘆息し、肩を竦める。


「いつも言うけど、私はあなた達に助けて頂いているんだもの。だから、そんなに気負わなくて大丈夫よ。影であるあなた達は私から常に報酬を渡しているわけでもないし、私はあなた達が困らずに生活してくれて、その中で余裕がある時に助けてくれれいいと思ってるんだから」


クロエ家の仕組みは長年かけて築きあげられたこともあって、巧妙に作られている。親がクロエ家一族となって、親の代を経て子供の時からクロエ家の一族として育つ生え抜き達とクロエ家が支援する孤児院で育ち、その才を認められて養育される者だ。クロエ家において彼は後者にあたる。もちろん、孤児院育ちであっても普通にクロエの闇の仕事を知らずに巣だっていく子供は多々いる。ココノアの言葉に頭を垂れた青年は顔を上げると穏やかな表情で首を振る。


「我らはクロエ家がなければこうして育つ所か教育を受けて好きな職業に就くなど出来ない立場です。クロエ家の方々の為に命をかけて当然でございます」


その言葉にココノアは困ったように笑いながらも頷く。


「ありがとう。あなた方がこうして支えてくれるから私も安心して仕事が出来るの」


「そう言って頂けて光栄です」


自分の言葉に頭を下げる青年の綺麗な一礼に嘆息してからココノアはそう言えばと口を開く。


「本当にありがとう。ファイルに報酬を準備させているから受け取って頂戴」


「はい。ありがとうございます」


「あ、それと少ないけど孤児院の子供たちのお菓子を準備させたからそれも持って帰ってね」


「ありがとうございます。チビ達が喜びます。お言葉に甘えて頂戴致します」


「ふふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ。引き続きお願いね」


「お気遣いありがとうございました。それでは失礼致します」


自分の言葉に穏やかな表情で頭を下げた青年は一礼すると部屋から出ていく。それを見送ったココノアは扉が閉まるのを確認して顔から笑顔を消す。そして、影であり相手から渡された報告書に視線を落とす。そしてそのまま読み進めたココノアの顔から更に表情が消える。そんなココノアの口から漏れたのは憂鬱なため息。


「………やりきれないわ」


そこに記されたのはここ2週間でリリアが被った苛めの数々だ。物を壊されたり、物を隠されたり。そして、すれ違い様に突き飛ばされたりとその種類は多岐に渡る。今日に至っては頭上から水をかけられたらしい。見かけは儚げな令嬢達が繰り広げる苛めの種類にため息しか零れない。そして何より王の処刑人として少女を助ける力を持ちながら静観するしかない自分に嫌悪が募る。自己嫌悪にココノアがため息を溢していると部屋がノックされる。


“コンコンコン”


「どうぞ。入って頂戴」


影の青年が出ていってからそう時間が立っていないことに首を傾げながら入室を許可する。


「失礼します」


入って来たのは茶器乗ったお盆を抱えたキースだ。その姿に目を瞬けばキースは無言でサイドテーブルでお茶を入れ始める。


「彼は?」


「ファイルさんが対応して下さるとの事でしたのでお任せして戻って来ました」


「そう」


影の青年が来た時は一緒に居たが別件で席を外した相手をココノアがぼんやりと眺めているとキースは紅茶入ったカップと焼き菓子の乗った小皿を準備して少女の前に置く。


「どうぞ」


「……ありがとう」


キースの気遣いに御礼を告げたココノアは有り難く、紅茶と焼き菓子を口に運ぶ。少女が焼き菓子に手を伸ばすのを眺めて微笑んだキースは少女の肩にかけられた上着が脱げそうなのに気づいて近づく。


「まだ本調子ではありませんから、無理はしないで下さい」


「ありがとう………美味しいわ」


羽織った上着を直してくれるキースに焼き菓子を飲み込んだココノアは微笑む。


「良かったです。少し遠くの焼き菓子屋に足を伸ばしたかいがありました」


そんなキースの言葉と温かい紅茶に一息ついていたココノアは申し訳なさそうに相手を見上げる。


「心配かけてごめんなさい。体調を崩して、キースがせっかくとってくれた劇にも結局行けなかったんだもの」


2週間前に王子との密会後、屋敷に戻ったココノアは久しぶりに体調を崩した。3、4日も熱が下がらなかったために先週末に予定されていた観劇の予定を取り止めることにもなったがキースは何ら気にはしていないようだ。ココノアとしては熱が下がればキースとの久しぶりの外出を楽しみたかったのだが当の相手が“駄目だ”と譲らなかったのだ。それ以降、元々体がそこまで丈夫でらなかったココノアは食も細くなった。そのため、周りの使用人達が必要以上に過保護になった上、学園に行けるようになったのも先週の半ばになってから。学園に行けるようになってもキースを筆頭に周りの使用人達はココノアが好む菓子を買って来ては出してくれるのだ。そんな申し訳なさそうなココノアの言葉にキースはわざとらしく肩を竦める。


「貴女の元気がない事は我らクロエ家では一大事ですからね」


「あら、珍しい。キースからそんな言葉が聞けるなんて」


キースの冗談にクスクスと一頻り笑ったココノアは“はぁ”と盛大にため息を吐く。


「………それにしても本当に私は弱いわね」


きっとキースやサリア達は自分が熱を出した要因に気づいているだろうが何も言わずに見守ってくれている。その事に感謝しながらもキースが入って来たことで目を離した資料にココノアは再び目を落とす。 ココノアの表情が一気に強ばった事に気づいたキースは肩を竦めながら嘆息する。


「バレー男爵令嬢の?」


「そう。今日はついに頭の上から水浸しになったそうだわ」


キースの言葉にココノアは憂いの見える表情で頷く。


「彼女は何も悪いことなどしていないにも関わらずね」


「そうですね」


一人の少女を想って沈痛な面持ちをするココノアに同意しながらもキースは目を細める。


“優しすぎる”


昔から傍に居たからこそ、少女が処刑人として力を振るうには繊細すぎることも知っている。だから、キースは少女が外の世界を知る事を危惧したのだ。


「思い詰めても事態は変わりません。今日は仕事はここまでにしましょう」


思い詰めた表情で考え込むココノアの肩に手をおきながらキースは資料を冷たく見下ろした。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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