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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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26.貴族社会の歪み

あの噂から早二週間が経とうとしていた。


ーバシャッー


“まただわ………”


頭上から自分に降りかかった冷たい液体にリリアはため息を吐く。ここ数日、頭の上から足の先まで水を被ったリリアが廊下に立ち尽くせば、周りを取り囲む女生徒達からは“クスクス”という笑いが沸き起こる。自分を中心に広がっていく、さざめく様な笑いにリリアは生気のない瞳で視線を落とす。


“なんで私がこんな目にあわないといけないの……”


こんな状態になった理由を誰に聞けばよい分からない現状にリリアは疲れ始めていた。アルフに腕を掴まれて、物陰に引き込まれたあの翌日から自分の平凡な日常は一辺した。些細な嫌がらせに始まり、今では周りの目がある所でもこうして嫌がらせが始まるのだ。頭上から水をかけられたにリリアに対して今も周りはそのみっともない姿を笑うだけだ。そんな現状にため息を吐くとリリアは笑い声から逃げるように足早にその場を後にする。泣いていることがバレると更に嫌がらせが酷くなるので滴る雫に自然に落ちた涙をバレないよう隠す。そして逃げるようにそのまま人目の少ない校舎裏まで移動してからようやく息を吐いた。そしてキョロキョロと人目がないことを確認する。人目がない事を確認してリリアはようやく頭上から水を被った自分の状態にため息を吐く。


「………これはさすがに…一度、寮に戻って着替えないと無理ね」


無防備に窓の下を歩いていたため、言い逃れ出来ないぐらい頭から足の先まで水でべっとりと濡れている。どうやらかなりの量の水をかけられたらしい。このまま教室に戻れば徒にエリメールを心配させてしまうだろう。そこまで考えてからリリアは壁に凭れてホッと表情を緩める。


「でも、怪我をするような物でなくて助かったわ」


田舎の男爵家の娘として当たり障りなく、学園の生活を過ごしていた自分に嫌がらせが始まったのはもちろんあの日から。嫌がらせの種類としては最初は机の上の落書きから始まり、そのうち物がなくなり、なくなった物がズタズタに切り裂かれて寮の部屋に送りつけられてくる事ようになった。そして、ここ最近ではこんな風に頭から水をかけられる事ぐらいは日常茶飯事になりつつある。そんな中でも最も怖いのは階段などで背後から突き飛ばされる事だ。


その一例を上げればこんな風だ。


「あら、ごめんなさいね」


明らかにすれ違い様に無理に手や足を出さないと自分にぶつからないような距離にいるにも関わらず、令嬢達はぶつかって来て去って行く。しかも、突き飛ばした令嬢達は急に突き飛ばされて痛みに呻く自分を無視して“クスクス”と笑って示し合わせたように去っていくのだ。


「リリア!大丈夫!」


その度に自分の怪我に気づいたエリメールを心配させる事にもなっているのが現在リリアの地味な負担になりつつある。あれ以来、周りの令嬢達から自分と付き合うことを止めた方がいいと忠告を受けたにも関わらず、エリメールは変わらず自分の側にいて友達として付き合ってくれる。だからこそ、自分の嫌がらせに気づくとその令嬢に代わりに抗議するため、リリアだけではなくエリメールも最近はクラスメイト達から遠巻きにされつつある。その事にリリアは深いため息を吐く。


「……どうにかしないと…このままではいけないわ………エリメールだけは巻き込まないようにしないと」


疲れきった表情でそう呟き、人目を避けるようにリリアは寮への道を急いだ。




「すまない………リリア」


水を被った姿のまま、寮に向かって走っていくリリアの姿をアルフは悲痛な表情で見守っていた。愛しい人を助ける事も出来ない自分にアルフはやりきれない表情でため息を吐く。


ーバシャッー


それは突然の出来事だった。いつもの様にレオンとコーリと昼食のために食堂に向かい、食事を終えて教室に戻ろうとした瞬間に水音が響き渡った。何事だと視線を向けた先に居たのは頭から水をかけられて呆然と立ち尽くすリリアの姿だ。


「おや、あれはバレー男爵令嬢だね」


あまりの光景に眉を潜めた自分を他所に楽しげに眉を吊り上げたレオンがこちらを意味ありげに見てくるのにアルフは目を逸らす。彼の思惑に乗って彼女を助ければ噂が更に真実味を増してしまう。噂が落ち着くまで


“リリア”


水をかけた令嬢達はリリアが立ち尽くすのを見てバタバタと逃亡していく。その姿にアルフは怒りを覚える。それを睨んでいるとレオンの隣に立っていたコーリが冷めた目を向けているのに気づく。


「コー…………」


それに気づいて口を開いたアルフの前でコーリが気分を害したような表情をしたままリリアを見つめている。


「なんて、みっともない格好かしら」


水をかけられて、それでも健気に立つ姿にかけたその姿にアルフが殺気を抑えきれずに睨むとレオンが自分から婚約者を隠す様に立ち位置を変える。


「本当だね。みっともないね。身分がある学園内でする格好ではないね」


コーリの発言を尊重するようにレオンが囁くのにアルフは激しい感情に支配される。ギリギリと拳を握りしめる。


「………あれはどう見ても彼女のせいではないでしょう」


押し殺した声でそう意見すればレオンではなく、コーリが口を開く。


「あら、そうかしら?彼女は自らあの立場に立ったのでしょう」


自分に向けられる軽蔑するような視線と声音にアルフは自身が責められている気分になりながらもコーリに視線を移す。


「………彼女とはただ偶然会って話をしていただけです。それを勘違いして噂を広め、罪もない少女を苛める事の方が罪深いのでは?」


そう意見すればコーリがこれみよがしにため息を吐く。


「貴族社会において大事なのは真実ではございませんわ。アルフ様」


そこで言葉を切るとコーリはアルフを冷ややかに見上げる。


「真実でなくとも誰かがそれを真実だと信じてしまえば真実になる。それが貴族社会ですわ。アルフ様」


その言葉にアルフはコーリから目を逸らす。自分から目を逸らすアルフにコーリは興味をなくすと表情をなくした顔でリリアを眺める。


「早く彼女も目を覚ました方がいいのです。男なんて何の助けにならない。身勝手な生き物ですもの」


そう口内で呟くとコーリは瞬き後に表情を一変させて、レオンを見上げる。


「レオン様、私疲れてしまいましたの。早く教室に戻りましょう」


「ああ。そうだね」


コーリの言葉と笑顔にレオンは頷いて腰を抱き寄せると教室に向かって歩き出す。その場でリリアが逃げるように去っていく姿を眺めるアルフだけを残して。


「はぁ………」


コーリから指摘を受けたもののリリアが気になって、後を追いかけたアルフはすっかり見えなくなった姿を見つめながら拳を握る。


「私が軽率だった」


彼女をあの男から守りたいと思った自分が、今一番彼女を苦しめる事になっている。噂が消えるまで関係がないという態度を貫けば噂が収まると思った自分を他所に彼女は日々、様々な嫌がらせに耐え続けている。彼女を好きだと言いながらも見守る事しか出来ない自分にアルフは自分を責め続ける事しか出来ずにいた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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