18.王の処刑人の好きな人
「ううっ……考えることが多過ぎて頭が痛いわ」
コーリが優雅に紅茶で喉を潤しているそんな頃。王の処刑人であるココノア・クロエは深いため息と供に頭を抱えていた。そんな少女にキースは手ずから入れたお茶と茶菓子を差し出す。
「ひとまず、これでも食べて落ち着いてください」
「………ううー、そうするわ。キースありがとう」
自分の机に置かれたカップと茶菓子にココノアは嘆息しながら手を伸ばす。少女がお茶と茶菓子で小腹を満たす間にキースは自分の席に戻って別の仕事を再開する。
暫くの間、執務室にはカリカリという書類へサインするだけの音が響く。
「ふぅ………美味しかった」
「少しは落ち着きましたか?」
その声に書類から顔を上げたキースがそう問いかけるとココノアが苦笑しながら頷くのが分かる。
「落ち着いたわ。やっぱりキースのお茶を飲むと落ち着くみたい」
「それは良かったです。ではそろそろ本日のお話を聞いても?」
「ええ」
キースの促しにココノアも一つ頷いて、今日の出来事を語る。
「今日、第2王子と共に第1王子が図書館でリリア・バレーと抱きあってる姿を見たわ」
「昨日、リリア嬢は確か……コーリ嬢と馬鹿王子の逢瀬を見て泣き出したと聞いていますが」
「そうよ。それは間違いないわ。学園でも王子との仲までは疑われていないけれども目撃した学生達はたくさん居たみたいだから」
「図書館での抱きあうのも不用意では?」
「王子とリリア嬢どちらにも影はつけているから周りに人がいるような状況は考えにくいからそこは安心して。でもね……」
キースの指摘にココノアはため息を吐き出してから頭を抱える。
「だから、昨日の今日で仲が拗れてるなんて誰が思うの!」
「お嬢様、何を焦っておられるのですか……。彼女も気づいたんでしょう。自分がいかに愚かな男と付き合っていることに」
そう訴えるココノアに王子のことを男の片隅にも置けないと思っているキースは冷静に吐き捨てた。そのあまりにも冷静な言葉にココノアは“確かに”と抱えていた頭を上げる。
「確かに別れ話で揉めてもないわ」
「でしたら何も問題はないでしょう。彼女を応援しましょう」
「そ、そうね」
「影から報告も合わせると王子の方がリリア嬢に無駄にちょっかいを出しそうな気もしますのでその辺りも手配しましょう」
「え、ええ」
「カーン公爵家にも気をつけた方がいいですね。コーリ嬢もあの馬鹿王子の被害者です。二人が別れたとしれば何もしないでしょうが被害者ですからね」
あまりにも冷静に着々と話を進めるキースにココノアは違う意味で動揺する。暫く目をさ迷わせていたココノアは自分が悩んでいたのが嘘のような手配に意を決して問いかける。
「………随分…キースはあっさりしてるのね」
「そうですか?」
方針は決まったとリリアと王子の影についてるクロエ家の手の者に送る指示をキースは淡々と組み上げる。それを見ていたココノアは少し悩んだ後、意を決して口を開く。
「だって、あの2人が別れたと言っても色々とあるかもしれないじゃない?」
「色々ですか?」
「そう!またよりが戻ったりとか………」
「そうさせないのが我々の仕事です」
少女を思うココノアにキースは仕事の手を止める。
「責任もとれないのに女性に手を出す男は同じ男と思っていません」
「そう」
珍しく強気に言いきる自分にココノアが目を泳がせるのにキースはため息を吐く。
「それともお嬢様は不埒な男の方が好きなんですか?」
「そんな訳ないでしょう‼」
キースの言葉にココノアは頬を赤く染めながら唇を尖らせる。
「私の好みは仕事が出来て……背が高くて、優しい人かな。時々、私のためにお菓子も買って来てくれるような」
耳まで染めて、ぼそぼそと言うとキースは大した感銘を受けた様子もなく、再び仕事に視線を落とす。
「さようですか」
「なんでそんなにそっけないのよ!そこは気にする所でしょう!」
相手の素っ気ない態度に腹を立てたココノアが唇を尖らせてそう言えばキースが肩を竦めるのがわかる。
「私はお嬢様の好みのように甘くて優しいだけの恋人ではいれませんからね」
その言葉にココノアは“ぎゅっ”と拳を握る。
「別にずっと優しくなくてもいいわ」
「お嬢様」
「ずっと優しくなくていいから、私が疲れた時は目一杯甘やかしてくれればそれで許すわ」
「お嬢様」
自分の言葉にキースが苦笑混じりの表情をするのにココノアは唇を尖らせて恨めしげに見つめる。
「ノアって呼んでくれなきゃ嫌」
その姿を暫く眺めていたキースは苦笑すると仕事の手を止めて立ち上がり、ココノアの頭に手を伸ばす。
「ノア」
「うふふ」
ぐじゃぐじゃと頭を撫でる大きな手に頬をだらしなく緩めながらココノアが笑うのにキースはもう少し先に誘う予定だった劇のチケットを取り出す。
「………ノアさえ都合がつけば一月ほど先のチケットにはなるが一緒に観に行こう」
「ん?」
ココノアは久しぶりの甘やかしに満足していたので差し出されたチケットに首を傾げてみせるもののそのチケットに記載された文字に目を輝かせた。
「これ‼」
「この前は悪かった」
「ううん!いいの‼嬉しい~」
申し訳なさそうなキースが差し出したチケットを胸に抱きしめてココノアは満面の笑みを浮かべた。
その日、キースがココノアに差し出したのは2人分の“野バラと剣の王子”の観劇チケットだった。
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