17.公爵令嬢の矜持
“注意”
女性への堕胎を進める表現があります。苦手な方は避けて頂ければ幸いです。
「ああ。悪いけど、それはすぐに洗いに出して頂戴」
屋敷に帰り、侍女の手を借りて制服から普段着に着替えたコーリはそれをクローゼットに仕舞おうとしたのに声をかける。その指示に従って、1番年若い侍女が制服を手に部屋を辞していくのを見送ってから白く、細い指をカップに伸ばす。そして香しい香りに頬を緩める。
「ああ………いい香りだわ」
最高級の茶葉と技術を使って淹れられたお茶の香りを楽しんだ後、口に運べば更に香りが鼻に抜ける。そしてゆっくりと時間をかけて飲み干す。
「お嬢様、いかがされましたか?」
コーリが自分の入れた紅茶で喉を潤したのを確認すると昔から少女に仕える年嵩の侍女は心配げに問いかける。その質問にソーサごと持ち上げたカップを机に戻したコーリはレリア優しく微笑む。
「心配させてごめんなさい。ちょっと嫌な臭いがついたから、制服を洗いに出しただけよ」
そう優しく微笑むコーリを他所にレリアは眉を潜める。
「またですか?」
王家に知られれば不敬と言われても仕方ない様な態度でレリア嫌悪を隠しもせずに言いきる。それにコーリも“ふふ”と笑いながら窓の外を眺める。
「ええ、本当に殿下にも困ったものね」
そう呟いて窓の外を眺めるコーリの様子は儚げで寂しく、レリアの庇護欲を掻き立てる。
「お嬢様をそんなに不安にさせる殿方など、殿下とは婚約者として許せませんわ❗」
少女が生まれた時から近くで乳母としても侍女として仕えて来たレリアにとってコーリは我が子も同然の大事な存在だった。もしかしたら、我が子よりも大事な存在かもしれない。そんな存在を国の最高権力者とはいえ、蔑ろにするレオンにレリアは憤りを感じていた。
「今回で何回目ですか!」
レリアの憤る姿に嘆息し、コーリは再び視線を侍女に戻す。
「そうね………確か5回目ではないかしら。私が知る限りでは」
自分の代わりに憤ってくれる相手に微笑んで見せるとコーリは再びカップに手を伸ばして喉を潤しながら暗い瞳で目を伏せる。
“そう……1回目はうちの侍女”
あれは2年前の出来事。コーリに会うために来ていたレオンは屋敷の年若い侍女に手を出したのだ。そうそれもコーリの乳兄弟に。
「も、申し訳ありません」
2人の逢瀬を知ったコーリは頭を擦り付けて謝る侍女を冷たい目で見下ろした。
“なんて穢らわしいのかしら”
膨らんだ腹を抱えて、恥知らずに婚約者である自分に許しを乞う姿がコーリの勘に触った。無駄に冷静なコーリを他所に怒り狂ったのはレリアだった。
「お前はなんて恥知らずな真似を!」
自分の娘であったこともあっただろう。身籠った自分の娘である侍女を暖炉の火かき棒で打つレリアの顔はまさしく鬼の形相だった。
「も、申し訳ございません!お嬢様!」
乳兄弟であった侍女が額を床に擦り付けるを見下ろし、コーリはレリアの腕をそっと止めた。
「やめて、レリア」
「で、ですが!」
「やめて頂戴。レオン様に言われたら貴女も断れなかったのでしょう?」
「お嬢様……」
コーリの言葉に腹を抱えた女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を自分に向ける。それに慈悲深い笑みでコーリは傍らに屈み込む。すると鼻にふわりと匂いが届いた。
“甘い砂糖菓子の様な臭い”
それを嗅いだ時、コーリの胸に沸き上がったのは凄まじい嫌悪。こんな臭いをさせる女に自分は負けたのだと。
「もちろん子供は下ろしてくれるわよね?」
長年共に過ごした乳兄弟に優しく話しかけると侍女はびくりと体を震わせる。
「も、もちろんでございます」
そんなコーリの言葉に応えたのは侍女ではなく、レリア。娘でめたある侍女の傍らの床に慌てて膝をついて頭を下げるのにコーリは穏やかに頷く。
「ならいいわ。これからも私にしっかりと仕えてね」
暗い色をした炎を纏わせた瞳で乳兄弟である侍女に微笑みかければ彼女はびくりと身を震わせた。
「あ、あ………」
「後はよろしくね」
言葉にならない言葉を上げる侍女から身を離し、コーリは身を翻す。この部屋にいるとあの嫌な臭いがするように思ったから。その後は背後から聞こえる声に1度も振り返ることなく部屋に戻ったコーリが1番最初にしたのは服を着替えること。
「その服は捨てて頂戴」
その服は婚約者であるレオンから1番最初にもらったプレゼント。それを処分するように言いつけたコーリはその日から大好きだった砂糖菓子が嫌いになった。
「レオン様も戯れでしょうから、そう目くじらを立てれば婚約者として余裕がなく見られてしまうわ」
少し冷めてしまった紅茶を飲みながら、コーリはレリアに慈悲深く微笑む。
「お嬢様………」
自分の娘が1番最初にこの優しいお嬢様を裏切った事を知るレリアは婚約者の浮気を知る度に悲しげな表情をする少女に心酔していた。それにコーリはただ優しく微笑む。
「レオン様の浮気には慣れたわ。でも、困るわね……私以外の女が子供など身籠ったら」
そう何事もないように呟けばレリアが心得たように頭を下げる。
「もちろんでございます」
その同意にゆっくりと頷いたコーリはほの暗い瞳を窓に向ける。
「あの方がいくら浮気しようとも、正妻の座は公爵令嬢である私以外にはいないもの」
幼い頃から国を支えるものとして、厳しい教育を受けたコーリはそう呟きながら、唇を弧の形に歪める。
そうー
だから自分はあんな甘くて、覚悟を知らない臭いを纏わせる女に負けてはいけないのだ。
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