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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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14.変わらない日常を大切に

“失恋したって死ぬ訳じゃない……か………”


昔、読んだ恋愛小説の一節が脳裏に浮かぶ。目が覚めたが起き上がる気がしなくなてベッドでぼんやりとしていたリリアは浮かんだ言葉に苦笑した。


「そろそろ準備しないと間に合わないわね」


泣きすぎて腫れぼったい瞳を抱えたリリアはベッドから体を起こす。そして、ポロリと涙を一つ落として震える唇から言葉を吐き出す。


「大丈夫………私なら忘れられるわ…」


昨日、自分は今の恋が叶わない事を知った。だからこの胸に走る“ズキリ”とした痛みはまだ彼が好きだった私の名残だ。


「不思議……あれだけ彼が好きだったのに…」


毎日、彼が今何をしているかと考えるだけで幸せだった。でも、今日は違う。彼のことを考えても走るのは痛みだけ。その事に嘆息しつつ、ベッドから降りてドレッサー前で髪をとく。ときながら鏡を見たリリアは目の前の少女に目を瞬く。


「酷い顔……」


泣きすぎて腫れぼったい瞳に赤くなった鼻がみすぼらしい。自分の顔を眺めたリリアは改めて、肩を竦める。


「こんな私が彼に愛されるなんてなかったのにね」


鏡の向こうにいる少女に言い聞かせるようにリリアは語りかける。勘違いした女に本当の自分を教え込むように。


「行ってきます」


普段よりも時間をかけて身支度を整えたリリアはそう呟くと机の上に置いた鞄を手に部屋を出た。





「リリア、おはよう」


自分の教室に入って席に着いた途端に横手からかかる声にリリアは微笑む。


「おはよう。エリメール」


そう返すと心配気に自分を伺っていたエリメールがホッと息を吐く。


「良かった……昨日、キツいことを色々言ったから怒らせたんじゃないかって心配だったの」


「そんな事ないわ。私を思って言ってくれたエリメールにむしろ感謝しているわ」


「リリア~」


そう口にすればエリメールが抱きついてくる。エリメールを抱きしめて背中を撫でていると廊下が騒がしくなる。その騒ぎに気づいたエリメールが身体を離す。


“………来たのね…”


ざわめきが自分の教室に近づいてくるのを冷静にリリアは受け止める。視線を廊下に向けていればいつも通りの一団が前を通る。輝きに満ちたこの国の第1王子と公爵令嬢。寄り添って歩く2人の

背後を1人離れて歩く公爵の子息がいる。


“……レオ様”


その姿を諦めを持って眺めていると先を歩く2人と離れて歩くアルフがこちらを向いた。


「きゃ~、アルフ様よ」


横で頬を染めた令嬢が上げる声にリリアが気をとられた次の瞬間にはアルフはまた前を向いて歩いていく。


「リリア」


“大丈夫?”という意味を持たせた問いかけにリリアは何事もないように首を振る。


「何でもないわ。それよりも昨日、せっかく買い物に行ったのに何も買えなかったでしょう?だから、貴女が都合のいい時にまた改めて買い物に行きましょう?」


まるで昨日の出来事が嘘のように穏やかに話すリリアにエリメールは今にも泣き出し顔をしながら頷く。


「勿論よ」


「約束ね」


互いに笑いあうと吹き出す。


「なになに~、何の話?」


『何でもないわ』


笑い声を聞き付けたクラスメイト達が話しかけてくるのにリリアとエリメールは笑顔を向けた。


だから、この時。


リリアとエリメールはこの約束が叶わなくなるなんて思ってもいなかった。





「どうした?」


問いかけられる声にアルフはレオンを見上げる。面白げに自分を見る視線に首を振り、アルフは嘆息する。


「………何でもない」


「そうか」


そう言って歩き出すレオンの後をついて行きながらアルフは先ほど見たリリアを思い出す。通り過ぎた教室に居た少女は昨日の騒ぎが嘘のように優しく笑っていた。だが、いつも見せる笑顔とは違って陰が見えたのは自分の見間違いではない筈だ。


“泣かないで欲しい”


昨日、目の前の男と婚約者の少女の姿を目にして泣き出した少女はあんなに儚げで頼りなくて……。


“泣かせたくなかった”


あの時……


“リリア!”


悲しい顔で身を翻した少女の傍らに居た少女が焦ったように追いかける姿に自分も体が動かないように拳を力の限りに握りしめた。


“泣かないでくれ”


自分ならあんなに悲しい顔をさせない。


なのに………彼女が愛しているのは自分とは違う男。その事が悔しいと思うほどに自分は彼女に恋をしたのだと今なら分かる。憎らしい恋敵の男の後を歩きながらアルフは息をゆっくりと吐き出した。




しかし、今日もまた授業を終えたリリアの姿は図書館にあった。


「……………はぁ」


自分の様子に心配げなエリメールに“大丈夫だ”と伝えながら教室で別れた。ここ1年、彼を待つために座った席にリリアは深いため息を吐きながら座る。まっすぐに顔を上げて座ったリリアの頬を涙が伝う。


“あの人が好きだった”


決して報われない恋だと分かっていたが自分は確かに彼が好きだと今なら分かる。


「レオ………」


震える唇から彼の名前が溢れた時、リリアの座る席を影が差した。そしていつもなら聞こえない筈の声がリリアの鼓膜を震わせた。


「リリア、そんなに泣いてどうしたんだい?」


その声に弾かれたように顔を上げたリリアの視界に待ち焦がれた男の姿はあった。


「レオ様………」


そこにはこの1年待ち続けた人の姿があるその姿にリリア瞳から溢れた涙が頬を伝う。そんなリリアの泣き顔に手を伸ばしてレオンはその涙を拭う。


「君が泣くなんて珍しいね。リリア」


その声に堰を切ったように涙が溢れたリリアは顔を伏せてレオンの手を避ける。


「やめて下さい……」


「リリア…」


「私、決めました。レオン様とはもう会いません。だからやめて下さい。優しくするの」


顔を伏せたままそう告げると頭上から悲しげな吐息が落ちる。


「怒っているのか」


「怒ってなどおりません。私の身の上をわきまえただけです」


震える言葉を押し出せばレオンが悲しげに首を振る。その声にリリアの胸は震える。あの時、自分に気づいていてくれたと。泣きながら身を震わせるリリアにレオンは口元を緩める。


「昨日はすまなかった。彼女がねだるから婚約者としては付き合わないといけなくてね。本当はリリアといつも一緒にいたいんだけど」


そう告げるレオンにリリアの胸にチクリと痛みが走る。だが、その痛みは今までの痛みよりも鋭い。でも、自分はもう決めた。


だから………


「すいません……もう会えません…」


震える喉から言葉を押し出し、リリアは座っていた席を立つ。


「リリア!」


「失礼します!」


そう言って身を翻そうとしたリリアの腕を掴み、レオンは背後から抱きしめる。


「リリア………僕には君しかいないんだ」


「いや、やめて!」


自分を抱きしめてそう囁いたレオンの手を振り払い、リリアは1度も振り返ることなくその場を立ち去る。走り去っていくその姿を見送ったレオンがニヤリと笑うと肩を竦めて首を振って去っていく姿を見る者は誰もいない筈であった。


本来ならば。



しかし……


「見ちゃったわ……」


「だなぁ……」


2人が去った後、本棚の影から姿を現したココノアとリオンは深いため息を吐きながら肩を落とすのだった

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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