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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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12.傷ついた少女

それはあのアルフとのやり取りから1ヶ月ほど経った日の出来事。


「ねぇ、リリア。これはどうかしら?」


「え?」


エリメールの呼ぶ声にリリアははっと意識を戻す。慌てて顔を上げれば唇を尖らせたエリメールが恨めしげにこちらを見ている。


「彼氏が気になるのは分かるけど、今日はせっかくリリアとお買い物に来たのに~!」


「ごめんなさい。エリメール」


「もう!ね、この帽子はどう?」


謝るリリアにエリメールは膨れながらも被った帽子をみせる。可愛いく小首を傾げる姿も相まってエリメールはリリアの目から見ても非常に可愛い。


「よく似合ってるわ」


今は学園の制服ではあるが白い帽子はこれから夏に向かう季節にはちょうどいい。


「確かこの前、水色のワンピースを買ってなかった?それに合わせたら凄く可愛いと思うけど」


今日はエリメールのたっての願いで街での買い物に付き合っていたリリアがそう言えばエリメールは被った帽子を頭から外すと真剣な顔つきで悩む。


「確かにね……あの水色のワンピースとなら外出時に合わせてもおかしくないわね」


「あなたの婚約者も気に入ると思う」


「うーん、リリアがそう言うなら買おうかな」


夜会や正式な場所で着るものに関してはエリメールも屋敷に仕立て屋を呼んで作る。しかし、日常的に着るものに関してはこうして自分の目で物を見て買うのが通常だ。階級が揺るぎないものであった時代では考えられないことらしいが婦女子に教育や官吏への道が少なからず開かれるようになってからは貴族階級といえども生活力が大切にされているのだ。そのため、こうして街で買い物をするのも学園では推奨されている。


「リリアはいいの?」


“うむむ”と唸りながら値札を見ていたエリメールはそう言って顔を上げる。それにリリアはそうねと首を傾げる。


「このレースが可愛いとは思うけど……」


そう言ってリリアは棚にあった薄手のレースのストールを手に取る。リリアが手にしたストールをエリメールは覗き込む。


「高くはないんじゃない?」


「そうね」


学園では生徒が自由に買い物して金銭感覚を養うことも推奨しているため、学園の周りある店舗は身分ある生徒達が歩いても安全で値段も平民にしたら高いものもあるが貴族階級の生徒達にはお手頃価格。レースのストールを眺めながらリリアは考える。


“これを着て……あの人とどこにいけるかしら”


そう考えるも、行きたい場所は思いつかない。暫く考えた後、リリアは手に持っていたストールを棚に戻す。


「………今日はやめておくわ」


「そう」


リリアのその反応にエリメールは何も言わずに頷く。そして気を取り直したように笑いかける。


「そんなにいい品でもないし、必要ないなら買わなくていいと思うわ」


「ありがとう。それよりもエリメールはそれだけでいいの?」


「私は後、ロバートとのデートもあるから……ブローチも欲しいかな」


「付き合うわ」


「ありがとう」


エリメールの言葉に“ニコリ”と笑って、二人で場所を移動する。先を歩くエリメールの後をついて行きながらもリリアは何も言わずにいる相手に感謝する。今日の買い物もあれ以来気づいたらため息を吐くを繰り返していた自分を気遣って誘ってくれたに違いない。だから、今日は新入生の少女が来ない日だと分かっていたから買い物に付き合った。


“………それにあの人は来ないもの”


そう心の中で呟いたリリアは自虐的に笑う。アルフにあんなに強気に言い放った癖に本当は彼を待っていた。


ーあの日出会ったあの場所でー


口では自分の身分を弁えていると言いながらも彼を想う自分の浅ましさにリリアが嘆息しながらも伏せていた目を上げた時、先を歩くエリメールが見知った姿に気づいて声を上げた。


「あら、殿下だわ」


その声にリリアは弾かれたように顔を上げる。顔を上げたリリアの視界に入るのは婚約者である少女と仲睦まじくブローチを選ぶ姿。


「レオン様の瞳の色のこのブローチがいいかと」


「なら、それにしよう。私に送らせてくれるかい?」


「まぁ、レオン様ったら」


2人でブローチの入ったケースを指差しながら何かを話している。その姿にリリアの胸に“ズキリ”と痛みが走る。


「リリア?」


2人の姿を見て固まったリリアにエリメールが不思議そうに問いかける。


「つ………っ」


言葉にならない声がリリアの喉から漏れる。


そして…


「リリア!」


エリメールが驚きの声が響く中、リリアは身を翻す。


“嫌だっ……!”


「リリア!どうしたの!?」


飛び出すように店から走り出た自分の背をエリメールの言葉が追ってくる。


“私は自分が浅ましい……”


何も望まないと決めたのに他の女性をその傍らに置く姿にリリアの心は弾けた。


「リリア!待って!リリア!」


自分を追ってくるエリメールの声を無視してリリアは走り続ける。息が切れてくる中、じんわりと視界が歪む。


「リリア!」


その声と同時に自分の腕が誰かに捕まれる。後ろに引っ張られる力に逆らえず走るのを止めたリリアは荒い息を繰り返す。同じように突然走り出したリリアを追ったエリメールも荒い息を繰り返す。先に息を整えたのはエリメールだった。


「リリア。どうしたの?」


そう言いながらリリアの顔を覗き込んだエリメールはその表情と頬を伝う涙に口をつぐむ。


「ごめんなさい……」


何も言わないエリメールの優しさにリリアは両手で顔を覆うとしゃがみ込む。


「ごめんなさい……」


誰に対する謝罪なのかも分からないまま、リリアはただそう繰り返した。





「リリア!」


その名前に主の背後に控えていたアルフは興味なくさ迷わせていた瞳に彼女の姿を映した。


“なぜ、ここに?”


そう思う自分を他所に仲睦まじく婚約者とブローチを選ぶレオンの姿を見たリリアの瞳が絶望に染まったのが分かった。


「リリア!どうしたの?」


こちらの姿を見て弾かれたように身を翻した彼女を傍らに居た別の少女が焦って呼ぶ声が店内に響き渡る。


“リリア!”


彼女の絶望に染まった瞳を見たアルフの胸にも感情が込み上げる。


「っ……!」


「一体、何の騒ぎかしら?」


思わず声を上げかけたアルフの耳に入ったのは主の婚約者の不思議そうな声。


「さぁ?何だろうな?」


彼女の瞳を絶望に染めた張本人がそう返すのにアルフは拳を力の限り握りしめるとレオンを睨み付けた。


“誰のせいだ!”


彼女をあんなに傷つけておきながらと思う自分を他所にレオンは再びブローチの入ったショーケースに視線を戻す。


「さ、気を取り直して選ぼう」


「はい、レオン様」


そう婚約者を促すレオンを睨み付けつつ、アルフは彼女が消えた店の扉を食い入るように見つめる。彼女の友達だとおぼしき少女がその身を追ったが不安は尽きない。


だからアルフは気づかなかった。


そんな自分をレオンが楽しげに口元を緩めながら眺めていることに。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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