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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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11.ため息のその理由

「お嬢様、どうかされましたか?」


いつもの様に夜の習慣として寝る前の読書を楽しんでいたココノアはその声に顔を上げた。ベッドサイドに目を移せばそこには様々な経験をして、自分よりも遥かに年齢を重ねたイーリが立っている。


「イーリ」


そう呼べば、ふくよかな侍女は優しげに笑う。


「先ほどから何度もため息を吐いていらっしゃいましたので」


「あら……そんなにため息を吐いてた?」


ココノアはその言葉に驚いた表情で目を瞬いた後、目を伏せる。そんなココノアの表情にイーリは腰に手を当てて胸を張る。


「あ~ら、お嬢様はこのイーリの目が節穴だとおっしゃりたいのですか?」


「そんな事思ってないわ。イーリには生まれた時からお世話になってるもの」


「もちろんですわ。悪戯好きのお嬢様を捕まえるのが私の仕事でしたもの」


「何度も怒られたのがいい思い出だわ」


イーリのそのわざとらしい態度と言葉にココノアは顔を上げてクスクスと笑う。大事な少女が笑い出す姿にホッとした表情をしながらイーリはさてと肩を竦める。


「それで私の大事なお嬢様を悩ませる悩みの種はなんですか?」


その問いかけにココノアは嘆息して開いていた本を閉じる。そしてイーリの言葉に目を細めながら閉じた本の表紙を手でなぞる。言うべきか言わないべきかと葛藤する少女にイーリは目尻を下げる。


「ココ様、このイーリにどうぞ悩みをお話下さい」


その促しに、本の表紙を撫でていたココノアは目を閉じて深呼吸をすると目を開けてイーリに顔を向ける。


「ゆっくり話したいからお茶の準備とあなたが座る椅子を持って来て頂戴」


「畏まりました」


ココノアの言葉にイーリは穏やかに頷いた。





「それではお話を戻しますが悩ましげな顔をされておられますが何かございました?」


新しいお茶とココノアの要望通り椅子を持って来たイーリはベットで新しいカップを抱えたココノアに問いかける。その問いにココノアは自分好みのお茶を一口飲むと目をさ迷わせる。


「そうね………あえて言うなら…なんだが……恋っていうのが分からなくなって来たの」


「……恋………ですか?」


ココノアの予想外の言葉にイーリが目を瞬く。そのイーリの表情に目を伏せたココノアは頷く。


「周りの令嬢達は恋だと格好いいと騒ぐわ」


それを聞く度に不思議に思う。なぜ、そんなに恋に憧れるのかと。そこで言葉をきったココノアは嘆息する。


「私には物心ついた時にはキースがいたわ。私は迷うことなく彼に恋をしたわ」


そうなるように仕組まれていたのだとしてもそれを自分は選んだ。彼が手に入るなら誰に“人殺し”だと罵られたって自分は耐えられる。そして手に持っていたカップをベッドサイドのテーブルに置き、枕を抱える。


「私にはキースがいる。キースは私の事を誰よりも大事にしてくれる。それは分かってるわ」


そこまで口にしてココノアはイーリを見る。


「キースは私の事をどう思っているかしら……」


そう思うといてもたってもいられなくなる。学園に通うまではそんな事を気にした事はなかった。キースの全ては自分のものだと疑いもしなかったから。


「学園で私よりも可愛い令嬢を見るとキースは私のどこを好きだと思っているのか気になってしまうの」


彼女達が将来の夫について語る時、その表情はキラキラとしている。


『私は運命の人と結婚するのです』


そう語る少女達は美しくて綺麗だ。


ーそしてー


“はぁ………”


悩ましげにため息を吐いて、寂しげに笑う彼女はもっと綺麗だった。それは恋する少女達だけが持つ透明な綺麗さ。そんな綺麗さは自分にはない。何度も何度も繰り返し窓の外を見てため息を吐くリリアの姿がココノアの脳裏を過る。尖らせた唇が見えないように顔の下半分を隠しながらココノアは独白する。


「私にはあんな綺麗に笑うことは出来ないわ。私にとってキースは運命だけど、キースにとって私が運命かどうかは分からないわ」


自分達は少女達の憧れの『野バラの姫と剣の王子』のような出会いではない。数週間前に読んだ時は分からなかった思いが、恋しい人を思ってため息を吐くリリアの顔を見ていたら自分はキースに思ってもらえるような努力を何一つしていないことに気づいた。


「でも、私はキースが好きなの……」


クッションを抱えてそう呟けばイーリが穏やかに微笑みながらココノアの座るベッドに腰を下ろしてその背を母親がするようになぜながら抱き締める。


「大丈夫ですよ。ココ様」


「イーリ」


イーリの体温にココノアは小さく頷く。


「イーリがそう言ってくれると安心する」


早くに亡くした母親の代わりに自分を存分に甘やかしてくれる存在にそう呟けばイーリは頷く。


「不器用ですから不安になるとは思いますがキースを信じてあげて下さいな。キースは他の女性になんか目をくれませんよ。お嬢様が1番です。イーリが保証します」


「ありがとう」


「いえいえ。それにキースがお嬢様を捨てようものなら、このイーリが息の根を止めて後悔させてやりますよ」


「……一気に物騒になったわね」


自分の背をなぜながら呟くイーリにココノアは苦笑する。ココノアの言葉にイーリは“ふふふ”と笑う。


「何をおっしゃいます。私の大事なお嬢様を泣かせたらキースと言えども生かしてはおけませんわ。それに亡き奥様の第1侍女だった私の手にかかればキースなど一思いですわ」


「それは頼もしい言葉ね」


昔は手練れの侍女として一目をおかれていたイーリの言葉にココノアは肩を竦めて笑う。そんな少女に目を細めたイーリは穏やかに微笑む。


「でもお嬢様。1番大切なのは相手を好きになることではありません。ましてやため息を吐くことでもありません。何よりも大切なのは相手に自分の気持ちを伝えることなんですよ」


それはココノアよりも長く生きたイーリが大切な人との関係を築く時に大事にしていることだった。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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