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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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10.気になる彼女

「………はぁ…」


自分の主であるレオンを王宮に送り届け、屋敷の自分の部屋に帰ってきたアルフはソファーに座ると深いため息を吐いた。そのまま視線を窓の外に移すと彼女の事が脳裏に浮かぶ。


“今日も何事もなかっただろうか”


今は陽が長い季節だとはいえ、もう陽はすっかり落ちた。窓の外の景色を眺めながらアルフは彼女を想う。誰かに不当に傷つけられていないだろうか。体調を崩してはいないだろうか。そんな些細なことが彼女だけは気になる。


そして、今日もあの席で1人本を読んでいたのだろうか。彼女に会えない日はいつもそう考えるのだ。


リリアとの出会いは1年前にまで遡る。


「ああ、彼女だ………」


廊下でぶつかって本を落とした少女をわざわざ探しだし、図書館に足を運んだレオンに呆れながらも後をついていった自分は顔を上げて息を呑んだ。


“綺麗な人だ………”


それ以外の言葉が浮かばないぐらい彼女が本を読みながら、優しく微笑む姿に自分は見とれた。何より窓から差し込む黄金色の光が彼女の茶色の髪を金に近い色に染めていた。その姿に自分の鼓動は高鳴った。


なのに………


「はぁ………」


ため息を追加してアルフは窓から視線を外す。そして、天井を仰ぐ。


「どうして彼女に対しては上手く言葉に出来ないのか……」


本当に伝えたかったのはあんな言葉ではない。王子に付きまとうなと釘を刺すという建前の元に自分は彼女を傷つけたのだ。光を背にしたアルフにはリリアの表情がよく見えた。寂しげに笑う彼女に向かって自分は厳しい言葉で切りつけた。


「いい加減諦めたらどうだ?」


そう言葉にすれば彼女がレオンから逃げてくれるのではないかと思ったから。しかし、彼女は寂しげに微笑んだだけ。それに対して沸き上がる不快と困惑といった苛立つ気持ち。荒れ狂う感情を抑えつけ、アルフは少女を見つめた。


「いくら待ってもあの方は来ないぞ」


「………アルフ様」


傷つける言葉を投げつけておきながら耳に届いた声にアルフは泣きたくなった。リリアが初めて口にした自分の名前。その甘く優しい声音にアルフの胸は引き裂かれそうだった。


“なんで!アイツなんだ………”


レオンと自分にはそんなに違いはない。むしろ自分の方が彼女を大切に出来るのに。なのに……。


「そんな風にすがってもあの方はお前を見やしないぞ」


彼女を傷つけたくないと思っていながらも口から零れるのは鋭い言葉。自分の言葉にリリアが寂しげに微笑むと口を開く。


「ありがとうございます。アルフ様。分かっております。男爵の娘である私があの方の傍にはずっといられない事は」


彼女は今までレオンが手をかけた女性とは全てが違う。自分の立場を弁えて、レオンの側にいる。


「なら!」


彼女から離れてくれれば自分は彼女を傷つけずにすむ。そう思う自分の前で彼女は優しく笑う。差し込んだ光が彼女を神々しく見せた。


「ずっと傍にはいられなくても私はあの方の心に寄り添いたいのです」


その姿に自分は心を掻き乱される。そんな表情で他の男を見て笑わないで欲しい。そう思う前で彼女は……リリアは別の男への想いを語る。


「アルフ様、あの方は知らないのです。人に無条件で思われ、愛されることがどんなに幸せで………代えがたいものなのか」


その言葉を聞いた途端。アルフは胸が引き裂かれた。


「好きにしろ!」


そう言い放ち、アルフはリリアの前から身を翻した。最後に目にしたのは彼女の寂しげに笑う顔。


「…………俺は何をしたいんだろうか………」


彼女の寂しげな表情を思い出してはこの2週間自問自答を繰り返している。ため息が目に見えるのなら、部屋の中を埋め尽くしているに違いない。そう思って、アルフがまたため息を溢そうとした時、耳に“トントントン”と軽いノック音が耳に入る。


「入れ」


そう答えると、扉を開けて自分の乳兄弟のクリスが姿を見せる。


「お疲れ、アルフ」


「ああ」


そう言いながら入って来たクリスは頭はまるで黄色と言えそうな金髪に緑色の青年だ。顔にそばかすを残し、屋敷で執事見習いとして働く傍ら自分の身の回りの世話も受け負ってくれる。


「別の用事をこなしてたからすぐに来れなくてごめんね。お茶でも淹れようか?」


申し訳なさそうに謝るクリスの言葉にアルフは首を振る。


「別に気にしていない。それよりも茶を頼めるか?」


「もちろんだよ。すぐに準備するよ」


屋敷に帰るといつも疲れを癒すために茶を飲むアルフを知るクリスはそのつもりで用意してきた茶器の載ったお盆を机に置いてお茶の準備を始めた。カチャカチャと鳴る音を聞きながらクリスがお茶の準備をするのを眺めながらアルフはため息を吐いた。


「だいぶ、疲れてるようだね」


そのまま暫くぼんやりしながら待っているとクリスが心配気にこちらを伺いながらカップを机に置く。


「そうだな」


クリスの言葉に同意したアルフはカップを手に肩を竦める。


「毎日、毎日。あの馬鹿王子の尻拭いばっかりだ。嫌気もさすさ」


そう言いながら、カップを口に運んで喉を潤す。アルフの言葉にクリスは苦笑する。


「お疲れ様」


「本当に少しはこちらの苦労も考えて欲しいものだ」


あっちこっちと手を出しては自分が尻拭い。それに嫌気が差しているのは事実だ。そんなアルフに嘆息し、クリスはそう言えばと話題を変える。


「王子の愚痴は後でたっぷり聞くとして、旦那様からそろそろ婚約者を選ばせろとせっつかれてるんだけど」


「………またその話題か」


クリスから事ある事に話題に出るようになった“婚約者”のワードにアルフはカップをソーサに戻して首を振る。


「今はあの王子の尻拭いだけで精一杯だ。それに父上もまだ壮健だ。卒業後は騎士団で働くか官吏として働くつもりだから急ぐこともないだろう」


貴族の義務として政略結婚もやむを得ないと考えているアルフはクリスにそう返す。そんな乳兄弟の気のない返事にクリスが今度は顔をしかめる。


「それは僕に言わずに旦那様にそう言えよ。顔を合わせる度に君に気になる女性はいないのかと聞かれるんだぞ?」


「あはは、それはお気の毒様だな」


「笑い事じゃないよ。全く」


学園の最終学年となったアルフに対して、婚約の申し込みはここ1年増加の一途を辿っている。なのに“のらりくらり”とその話を交わすからアルフには心に決めた女性がいるのではと噂にもなっているぐらいだ。


「とにかく、気になる女性がいたらすぐに言えよ」


「はは……そんな女性居るわけ……」


顔をしかめる乳兄弟に笑いながら再び、カップを口に運ぼうとしてアルフの脳裏をリリアの顔が過る。


“アルフ様”


自分を呼ぶリリアの声と表情を思い出しながらもアルフはクリスに肩を竦めて見せた。


「そんな女性居るわけないさ」


改めて言い直しながらアルフはクリスの淹れたお茶と共に苦い想いを飲み込むことにした。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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