7.キースの悩み事
クロエ家の中枢。執務室で本日も変わらずに仕事に励んでいたキース・クロエは淡々と仕事をしているように見せかけながら実は盛大に落ち込んでいた。その証に仕事を少し進めてはため息を吐くを一人で繰り返していた。
「はぁぁぁ………」
今もまた肺の中の空気を全て出しきる勢いでキースは盛大にため息を吐くとそのまま自分の机に突っ伏す。ここはクロエ家の中枢で誰も来ないと分かっているからの行動だが、ココノアに対して普段は堅苦しい態度を崩さないキースにしたら珍しいの一言に尽きる。
「俺が悪いのは分かってんだけどな………」
そう呟いて上体を起こしたキースはまたため息を追加する。婚約者として王の処刑人としての役目を背負うココノアの右腕としてその背を支えている自負はある。だが、ココノアよりも6歳も年上だという事実をキースは大事な少女が学園に通うようになって痛感するようになった。昨夜もココノアが学園の友達と劇を観に行きたいと言ってきたのに駄目だと拒絶した。少女にとっては学園の女生徒達と遊びに行きたいとの相談だったのにも関わらず。そこで自分が大人の男らしくココノアの行動を余裕をもって受け入れれば問題は起こらなかった筈だ。
なのに………
昨夜、少女の浮かれた声を聞いた途端。
「駄目だ」
認識するよりも前に口からそう零れた。そんな自分を少女は不思議そうに見上げてきた。
「なぜ?」
「劇場なんて警備上危ない。学園の女生徒だけで行って何か起こったらどうするんです?」
そう口にした事も本音だ。だが本当は違う所が怖かった。一夜明けた今なら分かる。自分は少女が自分の知らない所で世界を広げていくのが怖かっただけだ。
『キース』
笑顔で自分をそう呼ぶ少女が世界を知ったら自分は相応しくないのではないかと考えてしまった。
「………浅ましいな」
ため息を追加して、質のいい椅子に全体重をかけて座りながらキースは苦笑する。自分が男性でちょうど年の頃合いも良かったから選ばれたがもしかしたらもっと良い男性が少女にはいたのではないかと考えてしまう。それを自分は彼女が外の世界を知ることで知ってしまうのが怖いだけだ。
「愛しいって感情はやっかいだな」
彼女を好きになればなるだけ、自分の気持ちが止められなくなる。
「俺以外を見ないで欲しいなんて言える訳ないのに」
そう呟くとキースは微苦笑し、仕事の手を一旦止めて立ち上がる。
「とにかく、ノアの好きな菓子でも買ってくるか…」
喧嘩をした時、キースはこうして街にココノア好みのお菓子を買いにでる。その度、周りの使用人仲間からは“馬鹿の一つ覚えだ”と揶揄される事も多いがキースがココノアに対して出来るのは美味しいお菓子を用意することぐらいだ。
“美味しいわ、キース”
喧嘩していた筈なのにそう言って笑う少女を見るとキースはホッとするのだ。執務室を後にし、外出するために部屋に戻ったキースは外出着に着替えた後。屋敷の管理を一手に担って頂いている先輩執事を探す。屋敷内の心当たりを歩いたキースは最後の心当たりに顔を出す。
「お忙しい所にすいません」
屋敷の執事部屋で仕事の采配をしていたファイルを見つけたキースがそう声をかけるとダークグレーの髪をした相手が顔を上げる。
「キースですか。どうかしましたか?」
穏やかに微笑まれたキースはホッとしながらも部屋に入る。
「少し街まで行って来たいと思いますがよろしいですか?」
当主の婚約者という立場ではあるが先輩でありファイルに色々と世話になっているキースが申し出ると相手が目を細める。
「ああ、お菓子ですか?」
「……ええ………まぁ………」
ファイルに指摘され、キースは罰の悪い顔で頷く。それにファイルはクスクスと笑う。
「それは大変ですね。どうぞ行って来てください。頑張って、お嬢様のご機嫌を取らなくてはいけませんからね」
「………はい。行って来ます」
何もかもお見通しのファイルにキースは肩を落とす。
「お忙しい所に失礼しました」
そう告げるとキースは街に向かうために部屋を後にした。
そして………
「お帰りなさいませ、お嬢様」
世界が黄金色に染まる時刻。キースはこの世で最も愛しい少女に一礼する。
「ただいま、キース」
自分を迎えてくれたキースの手をとって馬車から降りたココノアは自分の傍つきを見上げる。
「そうだわ。キース、相談があるの」
「かしこまりました。部屋でお聞きしますね」
ココノアの帰りを今か今かと待っていたキースはそれに頷く。そのいつもと変わらない態度にココノアは瞳を揺らしながらも微笑む。
「今朝は無視してごめんなさい」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」
少女の謝罪にキースはただ一礼した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




