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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と野バラの姫
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4.貴方と出会ったその場所

秘密の逢瀬から数日。


「今日は無理みたいね………」


黄金色の光が窓から差し込むのに気づいたリリアは読んでいた本を閉じる。忙しい彼は毎日、来れる訳ではない。読み終えた本を手に抱えて、いくつかは書棚に戻して他はカウンターに持っていく。


「お願いします」


「はい」


カウンターに座る職員が貸出の手続きをしてくれるのを待つ。


“無理していないといいけれど”


そう嘆息して、窓の外に視線をやれば婚約者とおぼしき男性と歩く少女達の姿が見える。それを見つめてリリアはふっと笑う。どれだけ願っても彼と自分があんな風に歩くことは出来ない。


ー秘密の関係が始まったのは1年前ー


あの当時から自分は授業が終わるとこうして様々な本を読んでいた。あの頃は純粋に人目のない場所で様々な本を読むことを楽しんでいたのに……今では彼を待つ言い訳のように本を読む。忙しい彼と会える頻度はさほど多くなく、ここに来て会えるのは週に1回かもしくは会えないか。なのに今日もまた授業が終わって、街に出かけましょうと誘ってくれるエリメールに断りを入れて図書館に来てしまう。


その理由はただ1つ。


“彼に寂しい思いをさせたくない”からだ。


だからこうして馬鹿の一つ覚えのように毎日ここに来る。彼が自分がいないのにがっかりさせたなくないから。様々な理由は上がるがやはりリリアの胸に彼に会いたいと思う気持ちがあるからかもしれない。ボンヤリとそう考えているとカウンターから声がかかる。


「お待たせしました。返却は1週間後になります」


物思いに耽っていたリリアはその声に意識を戻して、“ふわり”と微笑む。


「ありがとうございます」


手続きを終えた職員から本を受け取り、リリアは重たい扉を押し開いて図書館を後にする。


「もう夏ね」


図書館を出れば、夏らしい暑さが身を襲う。その事に嘆息して、1人寂しく寮までの道程を歩き出す。意識しなくてもあるけるぐらい寮までの道程はこの3年間で覚えた。それにリリアのように寮に住む貴族は少ない。伯爵家の上位貴族までは王都のタウンハウスから通う者も少なくないが、爵位も領地も低く貧しい男爵家の出身であるリリアの家は学園の近くの貴族の屋敷街にはなかった。そのため、他の平民出身の学園生達に混じって寮に住んでいるのだ。今もまた目の前から身分の高い貴族の学生が歩いてくるのを目にして顔を伏せると道を譲る。自分よりも遥かに身分が高い学生に何か言いがかりをつけられてはたまらない。学園内は身分が不問とされていても最低限のマナーは要求される。


「はぁ………」


彼らが行ったのを確かめるとリリアはため息を吐いて再び歩き出す。こんな風に身分が低いことを学園に来るまではあんまり意識をしたことはなかった。リリアの故郷では平民、貴族という明確な境目はなかったからだ。男爵様と父は呼ばれていたが皆に混じって、農作物の収穫などに精を出す姿が印象的だった。


“リリア、お前は頭がいい。勉強しておいで”


昔から本が好きで、外で遊ぶことよりも本を読んでいた私に父はそう言ってこの学園からの案内が来た時に進めてくれた。学園の費用は高額で躊躇う私に父は安心しろと笑ってくれた。姉2人は私達は勉強が苦手だったから気にしないでと背中を押してくれた。学園の勉強は領でしていたものよりも格段に難しく、必死で取り組んだ。そのお蔭もあって勉強の成績は悪くない。学園を出た後はまだ数は少ないが女性官吏になるための試験を受けるつもりだ。そして、自分のすぐ下の弟が来年、学園に通う時には学費を援助したい。先生にもそのつもりだと話している。そこまで考えて、リリアは深くため息を吐く。


「私と彼の関係はどうなるかしら……」


まだ卒業までは半年以上もあるのにそう考えてしまう。先生と話す通りの進路を歩むなら彼との関係も考えなくてはいけない。いつまでも子供ではいられないのが彼に課された役目。彼と出会ったのはもう1年も前の話。あの日も私は腕に本を抱えながらこの廊下を寮に向かって歩いていた。学園に来て、今まで以上の本を前にして浮かれていたのもあって大量の本を借りていた。何より高額な費用を出してくれた父と領地の助けになればと農業に関する本を読み漁っては手紙を出していた。


「きゃっ!」


そんなある日、大量の本を抱えるあまりに前が見えなくて誰かにぶつかった私はその相手がこの国の王子だとは思わなかった。


「大丈夫?」


本を周りにばら蒔いて唸る私に差し出された手は剣だこで硬くなっていた。


「すいません……」


そう謝って、手を借りて立ち上がって顔を上げた私は次の瞬間。顔から血の気が引いた。


「殿下!」


自分を心配そうに覗き込む相手がこの国の時期最高権力者だと知って立ち尽くす私に彼は困ったように笑った。


「そんなに怖がらないで。こっちこそ、すまなかった。怪我はないかい?」


「は、はい‼」


目の前の相手の言葉に指先まで冷たくなった私を他所に、本を集めた彼は苦笑しながら渡してくれる。


「怪我がなくて良かったよ。はい」


手渡された本の下で微かに指が触れあった。その時に私の胸は跳ねた。始まりはいつかと聞かれたらあれが恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。


だから……


「また会ったね」


数日後、人目につかない図書館でいつも通りに本を読んでいたリリアに声をかけてくれたのは彼。


「ずいぶん、難しい本を読んでいるんだね。すごいよ」


驚きに言葉が出ないリリアの前で、自分の読む本に視線を落として文字を追っていた彼は顔をあげると自分に向かって優しく微笑んだのだ。


「まるで運命みたいだね」


その言葉はまるで毒のようにリリアの耳を麻痺させた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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