2.賑やかなお茶会
ココノアが年頃の少女としては夢の欠片もない感想を漏らしたその数日後。
“幸せだわ~”
季節の花が整えられたクロエ家自慢の庭に設えられた一席で上品に紅茶を飲みながらココノアは幸せを噛みしめていた。可愛い服に身を包んだ学園の同級生達と甘いケーキに様々なお菓子が並んだテーブルを囲む楽しみについつい笑顔が自然に浮かんでしまう
“これがお茶会なのね………”
周りから聞こえる話に耳を傾け、時には話題に乗りながらいつもとは違う空間にココノアの心はさっきからドキドキしている。そんな楽しい時間を過ごしていたココノアに傍らの少女が話しかけてくる。
「そう言えば、ココノア様はもうお読みになられまして?」
その問いかけに飲んでいた紅茶のカップをソーサに戻しながら微笑む。
「もちろんですわ。オススメだと貸して頂きましたから早速読んだの。本当に主人公のアマーリアがいじらしくてドキドキしましたわ」
本当は数日前、就寝前に読んだ瞬間。“意味が分からないわ”とトキメキを一切、感じさせない口調で王子をけなしたとは言えないココノアは当たり障りのない感想を周りの少女達に伝える。ココノアのその感想に周りのクラスメイトの少女達は“きゃっ”と口を抑えながらも嘆息する。遠くで真実を知るサリアが遠い目をしているのは無視だ。そんなココノアに周りの少女達は頬を染め、胸の前で手を握る。
「ですよね!私もアマーリアのいじらしさが本当に可哀想で。でも、でも!剣の王子ジオス様がそんなアマーリア様を守るんですの。私もアマーリアみたいな恋に憧れますわ!」
そんな中、頬を染めてうっとりと呟いたのはいつも周りの令嬢達に比べて大人しい令嬢。そんな少女が顔を輝かせて感想を述べるのに触発されたのか周りの少女達も興奮したように言い募る。
「私もですわ!」
「私も!」
「私にも婚約者はおりますが、あんな風に言われたことありませんの!王子様でなくても構いませんからあんな風に愛を囁かれたいですわ」
「分かりますわ!」
「そ、そうですよね!」
口々に今、巷で有名な恋愛小説の感想を述べる少女達の顔に浮かぶのは憧憬だ。そんな少女達を眺めたココノアは少女達の熱に顔をひきつらせながらもにこやかに同意する。自分があの小説を読んで感じたのとは裏腹な感想を口々に口にしては頬を染める姿にココノアは気をつけようと心に決める。和気あいあいと話題の小説に対して一頻り、少女達が盛り上がるのに相づちを打っていると一人のクラスメイトが“そう言えば”と口を開く。
「この話は我が学園が元になっているそうですわね」
「ん?」
その言葉にココノアは首を傾げる。だが、不思議そうにしているのはココノア1人で周りの少女達は期待を込めた瞳でその言葉に身を乗り出す。
「どういうことですの?」
他に誰もいないのに潜められた言葉に少女達は顔を寄せる。それに遅れないようにココノアも身を乗り出してまるで内緒話のように告げられる言葉に耳を澄ます。
「ここだけの話。学園の描写も学園のことを知っていないと書けないと噂ですの」
そうひっそりとまるで誰かに知られはいけない秘密のように囁いた少女はどこかすました表情で頷く。その言葉に聞いていた少女達も皆、真剣に頷く。
「確かにそうですわね」
「図書館での逢い引きも我が学園の図書館が舞台ではないかと言われてますわ」
周りの少女達の食い付きに話題の中心となった少女は聞かれるがままに答えていく。そんなお茶会の中で交わされる学園の秘密と称したクラスメイト達の話を聞いていたココノアは話が具体化していく中、笑顔がひきつっていく。まるで小鳥の囀りのように囁かれる話に心当たりを覚えたココノアはその話題をどこで聞いたのかを思いだし、口元をひきつらせた。
「キース、こんな馬鹿な話がどこにあるの!どこかで聞いた話だと思ったらあの馬鹿王子の話じゃない!」
無事に王の処刑人代替わり後のクロエ家初お茶会を終えたココノアはクラスメイト達を見送って着替えた後、執務室でキース相手に絶叫していた。
「お嬢様」
口汚く相手を罵る少女にキースは呆れたように注意するもココノアは止まらない。
「色んな女性をとっかえひっかえと……女性として許せないわ!」
顔を怒りに染めたココノアはダンダンと机を叩く。
「どこかで聞いた話だと思ってはいたけど、それがうちの護衛から聞いた話をそのまま聞いたようなものじゃない」
周りの少女達がお茶会で話題に出した話と昨夜読んだ小説の話に類似性がありすぎると思っていたが自国の第1王子の影の護衛から聞いた話がそのまま小説にされているなんて自国の情報統制に頭を抱えたくなる。
「も、もちろん全てではないわよ!うちの影が隠してたり、揉み消したりしてるけど………」
頭を抱えて、ココノアは唸る。少女達は身分違いの恋と純粋な恋愛と憧れていたが実際にはもっと危ういものだ。ココノアの耳にも影から問題児の素行は入っている。
「自分の身分を傘にきて婚約者がいながら、身分の低い少女達を弄ぶような行為をするなんて男の片隅に置けないわ」
対外的には紳士だと評されるクーラ国第1王子レオン・クーラはその実。女癖が悪いというのが裏の人間の常識である。今までも王子の毒牙にかかった少女を救いだし、十分なお金と結婚先を用意した。そんな中、また新たな少女に手を出しているのかと思うと膓が煮え繰り返る。何より、男性が遊びで手を出しも傷つくのは女性の方なのだ。そんな女性のことを考えず、自分の欲望に任せて女性に手を出す第1王子をココノアは心の底から軽蔑している。
「それに今日のお茶会でまた新たな少女に手を出してるとも聞いたわ。本当にあの馬鹿王子!人目ぐらい気にしなさいよね!どこかで聞いた話だわと思ってたけど、実話なんて質が悪いわ!」
その言葉にキースは肩を竦める。そんな王子の毒牙にかかった少女達を救いだしているのはクロエ家。
「ああ!本当にうちの国にマトモな王子は誰もいないのかしら!」
リオンが聞けば“すまない”と即座に謝りそうなことを叫ぶココノアにキースはそれはさておきと微笑みかける。
「お嬢様、ここで叫んだって下衆な男は1度殺さないと治らないですよ。それよりも聞きたいことがあるのですか?」
「それよりも何よ?」
ぷりぷりと怒っていたココノアは自分の主張を遮るキースに唇を尖らせる。そのココノアの仕草にキースは笑みを深くしながらもずっと聞きたいと思っていた事を口にする。
「今日のお茶会はいかがでしたか?」
「え?」
主が学園に通い出して初めてのお茶会を自家で開いた感想を問いかければ怒りに頭を染め上げていたココノアがきょとんと目を瞬いた後にパッと笑顔を浮かべる。
「凄く楽しかったわ」
「それは良かったです」
その返事にキースは穏やかに微笑む。いくら王子の話題が中心だったとしても少女にとっては初めてのお茶会だったのだ。クロエ家の使用人達は少女を楽しませるために力を尽くしたのだ。ココノアの感想を聞いたら、腕によりをかけてお菓子を準備した料理人や庭を整えた庭師はもちろん。ココノアが心安らかに過ごすことを望んでいる使用人達は喜ぶだろう。そう思うキースにココノアは“ふふふ”と笑った後、ため息を吐く。
「でも、良い勉強にもなったわ。今日はうちで開いたけど色々なお茶会にも誘われたから、予定を合わせられるものには出ようと思うわ」
「さようですか」
「ええ。おば様からお茶会は女の戦場とは聞いていたけれども様々な噂話が聞けるのは非常に有意義だわ。そこに私の知らない話もたくさんあるもの」
何より、今日耳にするまで巷で有名な小説とまさか自国の王子の話題が繋がっているとは思わなかったぐらいだ。
「とにかく、今日のお茶会が楽しいもので良かったです」
少女の目がクロエ家当主としての者になっているのに肩を竦めながらもキースは少女らしいと口元を緩めた。
そんな頃………
「君と別れるのが苦しいよ………」
「レオ様」
周りの目を通して逢瀬を重ねていたリリアは相手の言葉に無理やり微笑む。別れの時はいつも辛い。レオ様はレオン様に。私はただの男爵令嬢に戻るから。
でも……そんな我が儘を私が言える訳はない。
「私は今日、レオ様が来て下さっただけで充分です」
「リア」
「私はレオン様の優しさだけで充分です」
そう健気な私をレオン様は抱きしめてくれる。その腕に身を任せてリリアは目を閉じる。
貴方の隣に立てるような人間でないことは自分が分かっている。
この夢が覚めるまで………貴方を一人占め出来たら私はそれで幸せだと思った。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
楽しんで頂ければ幸いです。




