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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
33/66

33.私の仕事は“王の憂い”を払うこと

「………王の……処刑人」


自分に向かって、美しい礼を見せた少女らしい人影にスミスは目を見開く。自分に届く声と水色のワンピースから覗く、腕や足。華奢な体格も含めてまだ少女だとスミスは検討をつけたのだ。スミスの視線を受けたココノアはベールの内側で柔らかく微笑む。


「はい。申し訳ありませんが、ベルナルド家の貧民の徴収の仕方はあまりに劣悪。これを見過ごせばいつかこの国に災いが及ぶと判断しました」


そう口に出せば、目の前の初老の男性は足から力が抜けたのかストンと床に崩れ落ちる。暫く、そのまま顔を青ざめさせていた男は突きつけられた言葉に顔を覆って身を丸める。


「王が……王がそう言われたのか………」


踞り、そう問いかける言葉にココノアは何も応えず、男性の前に近づいた。男性に近づいていくココノアの後ろに控えていたキースも一緒に近づく。そうして、男との距離が残り30センチをきった所で立ち止まると踞る男を上から見下ろす。


「あえて言わせて頂くなら……私の王は何も言わないわ」


そう告げられたスミスは顔をあげる。


「なら、どうか………どうかベルナルド家には何も……」


そう言いながらスミスは少女の足先に額を擦り付ける。その姿を見ながらココノアは嘆息する。


「ごめんなさい。それは約束出来ない約束だわ。私の役目は“王の憂い”を払うこと………だから、いつか国を脅かすかもしれないあなた達を見逃すことは出来ないの」


少女の言葉に弾かれたように顔を上げたスミスは興奮したように捲し立てる。


「なぜだ!なぜだ!なぜだ!まだ害は出ていない。なら、私が死ねばベルナルド家には何ら被害はない筈だ!」


スミスの訴えにココノアは表情をなくした顔で小首を傾げる。


「そうね………まだ被害は表に出ていない。貴方の言い分も確かに一理あるわ。それにそう私はベルナルド家の内情も知っているからあなた達の行動が間違いであるとは言わないし、言えないわ」


「ならば!」


「でも、長い目で見たらいつかこの種が芽吹くかもしれないの。あなた達がこの国を脅かす種を蒔いた。それは変わらない。そして………あなた達がこれ以上、種を蒔くことがなくても種が置かれた環境が変わらなくてはいずれそこに国を脅かす不満の花が咲く。あなた方は自らの状況を変えるために民を害してはならないという不文律を踏み越えた。“王の処刑人”たる私はあなた方の蒔いた種が芽吹く前に摘み取るのが仕事なの」


“ごめんなさい”と告げるココノアにスミスの床についた拳が力の限りに握りしめられる。


「………それがあなたの答えか」


「ええ」


スミスの言葉に頷くとココノアは手をキースに向ける。その掌にキースは剣を手渡す。


「貴方が自分の領地のために尽くしたことには敬意を表します」


そう言いながら、ココノアは手にした剣をスラリと抜いてスミスに近づいて行く。


「次の人生に幸あらんことを」


そう呟くと手にした剣を男の心臓に突き刺す。鈍い音と手に伝わる感触にココノアはそっと目を伏せた。





“なっ…………”


物陰に隠れて少女と男のやり取りをみていたリオンは目を見開く。“仕事”と言うから、警備のような役割かと勝手に誤解していた自分の浅はかさが憎らしい。


「あれがうちのお嬢様の仕事だ」


声を出さないようにと厳しく言い聞かされていたリオンは耳元で囁かれた言葉に視線を動かす。そこには自分達を見張るために残っていたサリアと中年男の姿がある。二人に視線を移せば誇らしげに微笑みを返させる。


「国を支えるのは一筋縄ではいかない……んだな」


少女の背中を眺めながらリオンは深く息を吐いた。


「………どうでしたか?」


その問いかけにリオンは夢から覚めたような瞳をココノアに向けた。こちらに近づいてくる少女を頭の先から足の先まで確認してゴクリと喉を鳴らす。少女の言う“仕事”を安易に考えていたリオンは目にした現実に何も言えなかった。


「私を軽蔑されますか?」


そんな自分を誤解したのか、寂しげな声音が耳に届く。その言葉にハッと顔を上げて慌てて首を振る。


「軽蔑しない」


その言葉に表情を隠すためのベールの下で少女が微かに笑ったような気がした。


「お嬢様」


自分と同じ年の少女が担う仕事の重さに二の句が紡げずにいると背後に控えていた男性がココノアに声をかける。それに頷いた少女が自分に視線を戻す。


「分かっているわ。それでは、王子様。ヨーゼル様。私達は先に失礼致します。牢屋に戻って頂きますがよろしいでしょうか?」


その問いかけに今までなら反発していたリオンは真っ直ぐに少女を見つめて頷いた。


「ああ」


そのまま再び地下牢に戻ったリオンとヨーゼルは大人しく牢屋の中に戻りながらも水色のワンピースを身に纏った少女をただ見つめる。ベールの向こうで少女が寂しげに微笑んでいるようにも見えた。


「では」


そう言って少女が鍵をかけ直した傍付きに頷いて去っていく姿にリオンはぐっと拳を握る。そして格子まで駆け寄るとその背に声を放つ。


「ココノア・クロエ!」


そう声をかけると少女の足が止まる。それにリオンは息を吸って口を開く。


「俺の名前はリオン・クーラだ。王子様と呼ぶな」


そう背に声をかけると少女が振り返りながら、口元を緩めた。


「いつかそう呼べるのをお待ちしています」


そう言葉を残すとココノアは今度こそ、地下牢を後にした。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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