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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
32/66

32. それぞれの正義

「これぐらいだな」


男の背後から一突きで心臓を刺したマルクスは何の感慨も抱かずに剣を抜く。その途端に男の背から血が噴き出して、天井を赤く染めた。キースの指示に従って、命令を下せば自分の役割を理解した面々は無関係の人間には手を出さずに任務を遂行するのがクロエ家の“影”である自分の役目。目に見える範囲、また隠れていた男達も全て殺し尽くした。


「長」


油断なく周りを警戒しながら、歩いていたマルクスに自分と同じように潜入していた男の一人が駆け寄って来て膝をつく。


「どうした?」


そう問いかければ、駆け寄ってきた男は心得たように口を開く。


「ご命令通り、“我らが主”の姿を目にしたならず者達は全て処分致しました」


「ご苦労」


「貧民達も闇に隠して馬車に乗せ、近くの森に隠しております。夜半に出発致します」


「分かった。その通りに。ああ、他のメンバーは仕事が終わったなら自分の痕跡を消していつも通りに帰還しろ」


「はい」


自分の指示に報告を終えた“影”が自分の言葉を伝えるために音もなく下がって行く姿を見送り、マルクスはキースが先ほど単身で姿を消した隠し通路に足を向ける。キースに限って仕損じることはないだろうがそれでも助けはあった方が楽だろう。そう結論づけて歩を向けると開け放たれた隠し通路に近づいたマルクスはその入り口に立つ部下の姿に頷く。それを確認して、その男もまた闇に姿を消してゆく。それを見送り、耳を済ませば階下から会話が漏れ伝わってくるので大丈夫かと結論づけて剣を拭ってから鞘にしまう。血に濡れた剣はすぐに錆びる。そのまま、階下の騒ぎが上がってくるのを待っているとそう時間がかかる事なく、主の足が地下牢に続いていた隠し扉に近づいてくる。それに微笑してマルクスは膝をついて頭を下げる。


「お嬢様、無事で安心致しました」


「ただいま。心配かけてごめんなさい」


隠し扉から出るなりの言葉に目を瞬かせたココノアは穏やかに微笑む。その微笑みに頷いたマルクスは少女の後から上がってくるキースとサリアのために扉から脇にずれながら更に報告を重ねてゆく。


「いえ、お嬢様の御身が無事なら私は安心です。早速ですが、掃除は終わっております。首謀者は部屋に」


「そう。ありがとう。後は私の仕事ね」


マルクスの報告にゆっくりと頷いたココノアは後をついてきたキースとサリアに視線を移す。


「キース、最後の仕上げね」


「はい」


「サリアは二人についていて貰える?」


「はい。お嬢様」


「お願いね」


ココノアの指示にキースは頷き、サリアも一礼する。二人に頷くとココノアは硬い表情をするリオンと緊張を漂わせるヨーゼルに視線を移す。


「本来なら、仕事の場面を王族の方に見せることはありません。牢を出る時にお約束頂いたことを約束して頂けなければ命はないと思ってください」


「ああ……」


ココノアの再度の念押しにリオンは硬い表情で頷く。今から何が行われるかも分からないが、ココノアが何かの決意を固めた姿にこんな事態を引き起こすだけ引き起こしていながら何も出来ない自分が悔しくて土下座したリオンは彼女が去って行く姿を見送ることしか出来ずにいた。それが悔して心に浮かんだ言葉を叫んだら牢の鍵を携えた去った筈の少女が牢の前に立った。その姿にノロノロと顔をあげれば少女が自分を見つめた。


『何を見ても何を聞いてもそれを胸の奥深くに秘めることは出来ますか?』


その言葉が何を意味するのか分からずに目を瞬く。


『貴方が望む真実がここにあるとは限らない。それでも貴方は口を閉ざし、心の奥深くに沈めることが出来ますか?』


淡々としていながらも揺るぎない強さをもった問いかけにリオンは喉を鳴らす。ココノアの静かでいて強さのある眼差しにリオンは深呼吸してから頷く。


『ああ……』


そう言葉を絞り出せば目の前の少女が“分かりました”と頷く。


『その言葉を違えれば、対価は貴方の命です。それをお忘れなきようお願いします』


そう言って、牢の鍵を開けた少女の瞳にリオンは自分の行為を初めて恥じた。


「約束は必ず守る」


「よろしくお願いします」


リオンの言葉にココノアは頷いて、ヨーゼルにも問いかける。


「貴方も分かっていますね?」


「僕はヨーゼルに従うよ」


ココノアの再確認にヨーゼルも小さく頷く。そして、苦笑する。


「ここまで濃い血臭がしているのに自分の命が保証されるとは思っていませんよ」


「なら、どうぞ」


二人の意志が硬いのを確認した上でココノアはため息を吐くと肩を竦める。


「さ、行きましょう」


そう言うと先陣を切って歩きだした。





「どういう事だ…………」


執務室の扉を開けたスミスは目の前の光景に言葉を失う。目の前には腕自慢としてやとったならず者達が廊下に倒れているではないか……。暫くの間、その光景を呆然と眺めていたスミスは我に返ると倒れている男の一人に駆け寄る。


「大丈夫か?」


体を抱き起こし、揺するも首から出血した男は微動だにしない。そのことに体を震わせながらも男性を横たえ、別の男に駆け寄るもその男は背後から心臓を一突きされたのか事切れている。運ばれてきた貧民達を確認して、領地に戻すだけの筈なのにこれはどういう事だろう。血臭が漂う世界にスミスはただ呆然と佇む。屋敷を離れていてもやる仕事が減る訳でもないため、ベルナルド家が郊外に買った屋敷にも仕事を持ち込んでいた。そのため仕事が一段落し、この屋敷を維持するために最低限置いているハウスキーパーにお茶を頼もうとして部屋を出たら凄惨な光景が広がっていたのだ。いくら防音に優れていたとしても自分の部屋に物音一つしなかったことから屋敷に侵入した者達がかなり手慣れていることは想像出来る。抱えていた男を床に寝かせ、スミスはふらりと立ち上がる。


「ああ…………」


この悪事に手を染める時に自分は天国に行くことを諦めた。だが、屋敷の物達は何も知らない人間もいたのだ。その全てが殺されていたら自分は彼らの家族になんと詫びればいいのかと後悔する。震える足を叱咤し、階下に繋がる階段を降りようとすればその階段でも息絶えた男達の死体が放置されている。屋敷の至るところを染める緋にスミスは自分の行為を後悔する。また一歩、また一歩と階段をゆっくりと降りてきたスミスは最後の一段を降りると視線を感じて顔をあげる。スミスの視線の先には大小2つの影が立つ。


「あなたは……」


この凄惨な光景の中でも揺るぎなく立つ姿に問いかければ先に口を開いたのは小さな影。黒いベールを被った小さな影はスカートを履いており、少女だと分かる。その影は自分に向き直ると穏やかに淑女の礼をする。


そして………


「私は“王の処刑人” 私の王に代わり、貴方を裁きに来ました」


顔をあげた少女はそうスミスに告げた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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