3.お嬢様の願い事
只今、改稿中です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません
カタカタと揺れる馬車の中、ココノアは息を吐いた。
「お疲れですか?」
極限光が絞られた中でも自分の微かな変化に気がついて声をかけてくるのはいつも自分の傍にいるキースだ。自分と同じように夜目がきく相手の心配気な視線を受けてココノアは首を振る。
「大丈夫よ。少し疲れただけだから」
国を支えるクロエ家の仕事は多岐に渡る。机の上だけで終わる仕事もあれば、こうして外に出かけることもある。再び、視線を窓の外に移したココノアは今日の仕事を思い出す。今日の仕事は国の体勢に不満を抱く地下組織の排除。
「これで暫く静かになればいいんだけど………」
「そうですね」
少女の呟きにキースは嘆息して布で遮られた窓をみやる。いくら身ばれを防ぐためだとはいえ、外も見れないのは憂鬱だ。少女が抱える憂鬱を少しでも軽くしたいとキースは明るく肩を竦める。
「とにかく、屋敷に戻ったら温かいお茶でもおいれします」
「そうね。お願いするわ」
キースの反応にココノアはクスリと笑う。その後も互いにポツポツと言葉を交わすうちにゆっくりと馬車が減速する。そして……秋も深まったこの季節。夜もふけた深夜、クロエ家の裏口に漆黒の馬車がひっそりとつけられた。
「お疲れ様でした。お嬢様」
その馬車から先に降りたキースは労いの言葉をかけながら振り返って手を差し出す。
「ありがとう」
その手を借りて降りてきたココノアの出で立ちは漆黒のドレス。 特徴的なのは顔を隠すためのベール。キースの手を借りて馬車から降りたココノアは寒さを感じて身を震わせる。
「うー、やっぱり寒いわね」
少し前まではまだ上掛けも必要ではない寒さだったのに数日の違いで寒さは深まっていく。身を震わせたココノアにクスッと笑い、キースはココノアを促す。
「さ、早く屋敷にお入り下さい。風邪をひいたら大変です」
「本当よ。それに少し疲れたわ。お茶が飲みたいわ」
今日の仕事を終えたココノアはキースの促しに頷くと足早に屋敷の中に入る。それに続いたキースも心得たように微笑む。
「畏まりました。すぐにお茶を準備致しますね」
「お願いね」
キースの言葉にそう返すと裏口で主の出迎えのために控えていたクロエ家の老執事が頭を下げてくる。
「お嬢様、お帰りなさいませ。無事のお戻りをお待ちしておりました」
「遅くまで起きててくれたのね。ありがとう」
「もちろんです。お嬢様がお仕事をされているのに先に休むなど出来ませんから」
「ふふふ」
自分が生まれる前からクロエ家に仕えてくれる老執事ファイル・クロエからの言葉にココノアは嬉しげに微笑む。その笑顔に穏やかに頷くとファイルはココノアの願いを叶えるべく、近くに控えていた相手に視線を移す。
「さ、お茶の準備を」
「かしこまりました」
執事の命を受けて身を翻すのは侍女だ。それを見送って執事はココノアに視線を戻す。
「すぐにお持ち致しますので部屋でお待ちください」
「分かったわ」
執事の言葉に頷いてココノアは部屋に向かって歩き出す。
「失礼します」
ココノアの一歩後ろにいたキースも執事に軽く頭を下げて後に続く。
だが……
「ああ……そうだ。キース、少しいいか?」
キースがココノアの後についていくのを執事が呼び止める。それに立ち止まったキースにココノアも足を止める。
「お嬢様」
「私は大丈夫よ。先に部屋に戻っているわ。何かあったら教えて頂戴」
「かしこまりました」
ココノアの言葉に頷くとキースが足早にファイルの元に戻り、話を始める。それを横目にココノアは自分の部屋に向かって歩き出す。いつものことながら深夜の屋敷は昼間と違って静まり返っている。
「ふう……疲れた」
部屋に入るとココノアはポスンとソファーに腰を下ろした。クロエ家の当主として幾度仕事をこなすようになっても人の命を刈り取るのは疲れる。ソファーの背に体を預けて休んでいると部屋の扉がノックされる。
「入って」
「失礼致します」
自分の声に応じて入って来たのは自分付きの侍女の一人だ。
「お疲れ様でした。お嬢様」
「ホント!スッゴク疲れたわ」
優雅に一礼して入ってきて自分の姿を労ってくれたのは3つ上の侍女サリア・クロエだ。その姿が気心しれたサリアであることにココノアはソファーに身を預けながら唇を尖らせるた。王の処刑人を賜るクロエ家の仕事の一つに王に仇なす者の始末。ここの所、隣国の影響か目先の利益に飛び付く人間が多すぎるため、月に1回は必ず夜のお出掛けだ。少女の愚痴にサリアは微苦笑しながらもお茶を淹れてカップをココノアの前に置く。
「さ、お嬢様」
「ありがとう」
サリアの促しに淹れてくれたお茶を飲むためにココノアは手をカップに伸ばし、口元に運ぶ。
「いい匂い……」
一口、含んでココノアは疲れの滲む顔を緩めた。その様子にサリアもホッと息を吐く。
「新しい茶葉が入りましたので淹れてみました」
「そうなのね……うん、美味しいわ」
サリアの説明に頷きながらココノアは口元を緩める。数時間前までは鉄錆びの匂いとカビの臭いがする地下牢で処刑する人間の話をしていた。もちろん、それに自分の心は優先しない。自分が躊躇えば、自分も同じように足を掬われるからだ。この生活を守るために自分は他人の命を犠牲にする。
“やめましょう……”
思わず、暗い淵に考えが沈みこみそうだったココノアはふるふると首を振るとサリアの淹れてくれたお茶を飲む。どうもここ最近の自分はおかしい。周りの少女達に自分の姿を重ねて、自分の姿を厭う。
「お嬢様、湯あみはどうされますか?」
そんな自分の心のうちを知ってかサリアの問いかけにココノアは少し悩んだ後、首を振る。
「……今日は疲れたからやめておくわ。でも、明日の朝は入りたいかも……」
そう我が儘を口にすればサリアは心得たように微笑む。
「かしこまりました。では明日の朝はお嬢様の大好きな花風呂を用意しますね。では、着替えの用意を致します」
ここ数ヶ月どこか憂鬱な表情を晒すことの多い少女を深く追求はせず、一礼したサリアは寝室にある衣装部屋に向かう。それを見送って深くソファーに身を預けながらココノアがため息を吐いた瞬間。
“コンコンコン”
部屋がノックされる。
「入って」
気だるげに応じれば、ファイルとの話が終わったのかキースが姿を現す。ソファーに沈み込むように座る自分を見つけて物言いたげに目を瞬かせるが嘆息して近づいてくる。
「遅くなって申し訳ありません」
「大丈夫よ。サリアがお茶を淹れてくれたから」
「そうでしたか」
「ええ。それで何かあった?」
執事に呼び止められていた相手にそう問いかければ珍しくキースが渋い顔をする。
「キース?」
その様子にココノアが首を傾げるのと同時に衣装部屋からサリアが戻ってくる。
「あら、キース。お帰りなさい」
部屋にいる自分の姿に目を瞬かせるサリアにキースは苦笑する。
「サリア、お疲れ様です」
「キースもね。お嬢様、キースが戻って来たようなので私はこれで失礼致します。キース、お嬢様のお世話お願いね」
「ええ」
「それでは失礼致します」
「ありがとう。サリア」
ココノアの言葉に微笑んだサリアは一礼すると部屋を後にする。王の処刑人として様々な話をするため、屋敷に仕える使用人達はキースが戻ってくると席を外すことが多い。今もサリアはその慣例に従ったのだ。
「で、何?」
サリアが居た時には口を開かなかったキースに扉から視線を戻す。その視線を受けたキースはココノアの前に預かってきた手紙を差し出す。
「……陛下からお嬢様宛の手紙になります」
「私宛?」
キースの言葉に目を瞬かせてココノアは差し出された手紙を受けとる。いつも通り、封筒を裏返して送り主を確かめ、開けられた封から手紙を取り出す。開いた手紙の上をココノアの目が忙しなく移動していくうちに輝きを取り戻す。
「お嬢様」
「キース……これ……」
キースの脳裏に危険信号が点滅し、口を挟もうとした時にはもう遅く。目の前の紙を握りしめたココノアは頬を興奮に赤く染めていた。彼女が目を輝かせた理由はただ一つ、そこに記された少女が憧れた普通の生活がある。
「私、学園に通えるの?」
手紙に記載された文章はクーラ国立学園から来年16歳を迎える貴族子女に宛られた入学通知書だった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです