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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
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28. 飛び出した少女

「ココノア・クロエ……」


自分の腕を掴んだ少女の名前をリオンは呼ぶ。今までに見た事がない凜とした表情に言葉を失っているとココノアはリオンの横をすり抜けて前に出た。


「領域を荒らしてごめんなさい。この方達は領域があるのを知らずに迷い込んでしまったみたいなの。だからこれ以上はあなた達の行いには口を出さないと誓うわ。だから今回は見逃してくれない?」


「ちょっ……」


「お願い」


いきなり乱入してきた相手の言葉に我に返ったリオンが口を挟もうとするもチラッこちらを見たココノアが遮る。自分を見据える冷たい殺気さえ感じさせる瞳にリオンが押し黙るのに“ホッ”としながらもココノアは冷静に状況を把握する。


“今は分が悪いわね”


馬車の周りには屈強な男達が10人。こちらをその全てが怒りに満ちた表情を向けている。その中の一人をリオンは殴ったが、荒事になれている男にはダメージなとないに等しい。そう結論づけるとココノアは嘆息する。もちろん自分の視線の先にも無理やり馬車に乗せられそうになっている貧民達は入る。それを意識から切り離し、ココノアは表情を変えずに頭だとおぼしき40代ほどの男と対峙する。仲間への暴力に興奮して頭に血がのぼったのか顔を赤く染めた男性の体格は荒事に慣れているのかガッシリしており、ココノアと比べると横幅は3倍ぐらい違う。しかし、男を見上げるココノアも一歩も引く訳にはいかない。自分よりもはるかに華奢な少女を前に男性はワナワナと体を震わせる。


「それは出来ない話だ。仲間がやられているんだ!そっちの坊っちゃんだけでも置いていけ」


顎をしゃくって告げられた先にいたのはリオンだ。その言葉にココノアは嘆息し、馬車の近くで顎を押さえる男の様子を確認しながら交渉を再開する。


「それは出来ないわ。本当にごめんなさい。こちらが悪いんだから、その方の治療費はもちろんこちらが持つわ。だから見逃してくれない?」


そう小首を傾げながらもこの交渉が聞き届けられない可能性にココノアはため息を吐く。悲鳴を聞いて駆けつけ、目の前で人が無理やり馬車に乗せられるのを目撃したリオンが迷うことなく馬車の中に貧民を押し込んでいた男を殴ったのをココノアも見ていた。今も明らかな違法行為を見逃し、あまつさえお金を払おうとする自分にリオンが表情を変えるのを視界に捉え、前に出ようとするもその行動を手を上げて遮る。


「お願い」


「それは出来ねぇ」


一歩も譲らずに男を見上げれば首を振られる。それにココノアはため息を吐く。そして譲歩する。


「なら、連れて行くのは私とサリアにして貰えないかしら?あの二人は見逃して」


語気を強めて言えば男が怒りから警戒に目を鋭くする。


「貴様は何者だ」


その言葉にココノアは“ふふふ”と楽しげに笑う。


「ただのしがない少女よ。お兄さん」


その笑みから漂うのは黒いオーラだった。





「乗れ!」


やはり“見逃して”もらうことは出来ず、リオンを筆頭にココノア、ヨーゼルにサリアは貧民達と一緒に馬車に押し込まれた。疲れた表情を晒す貧民達は貧民街には似合わない服装の少年達を恐る恐る眺めている。馬車の最後尾で床に座り、疲れた表情で自分と男達の間に入った少女が動き出した馬車から流れ行く景色を眺めているのに痺れを切らしたリオンは詰め寄る。


「お前は一体、何を考えている!」


あの後、“抵抗しないで”と自分とヨーゼルに釘をさしたココノアの表情が反論を許さなかったため、携帯していた武器を男達に渡し大人しく場所に乗ったのだ。リオンの言葉にココノアは今まで彼らには向けたことない表情を向ける。


「あえて言うなら、あなた方の命でしょうか?」


口から零れたのは冷たい声音。


「表通りと違って、裏通りに国の法は無力。私が割り入らなければあなた方は殺されていたのがオチよ」


ココノアの表情は冷めており、嘘を言っているようには聞こえない。ココノアの横に座るサリアも今の状況に怖がることもないが表情はない。


「貴様が邪魔をしなければ彼らも拐われることはなかった!」


そう言って貧民達を示す、リオンにココノアはため息を吐く。


「なぜそう思われるのですか?」


「え……」


「あの状況で武器を持っているのはあなた達だけ。それでどうやって彼らを連れて逃げられると?」


反対に問い返され、リオンは口ごもる。あの男がまだ幼く、泣き叫ぶ子供の腕を掴んでいたのに何も考えずに飛び出した。冷静に問い返されて状況を思い出せば自分とヨーゼルだけでは無力だった。


「あなた達が割り込むことで逃げた彼らをあの男達は簡単に切り捨てる。あなたは何も分かっていないの。だったら、何もしないで。そもそも校外学習の一貫の外出では下町に行かないようにと言われていた筈。それを破ったのはなぜなの?」


いつもは穏やかな少女の冷たい声音が浅はかな考えで動いた自分を責め立てる。


“俺は……”


そう考えてリオンは唇を噛み締める。民の実情を見たいと思って王子という立場では護衛が多いので外れるのは学園のみ。だから今日を選んだだけ。口ごもるリオンの横で黙っていたヨーゼルがココノアに視線を移す。


「クロエさん、それぐらいにしてくれない?こう見えてリオンは打たれ弱いから」


「なっ!」


「ね、リオン?」


自分との約束を守らずに飛び出した親友をヨーゼルも怒りを顔にのせながら微笑む。その笑顔にリオンが押し黙るのを眺めて、ココノアは外の景色に目を移し、“ガタガタ”と揺れる馬車に嘆息する。


“キースに心配をかけてしまうわね”


男が自分の要求を受け付けなかった時に脳裏に一番によぎったのはその言葉だった。自分の横に座るサリアも何も言っては来ないが怒っているだろう……自分に王子達が道を逸れる事を教えたことを。


“お嬢様”


広場で教師の校外学習の注意を聞き流していたココノアに王子達が集団から少しづつ離れていくのに気づいたサリアが自分に囁かなければ気づきもしなかっただろう。


“馬鹿なのは私ね”


友人達の誘いに断りを入れ、こっそり王子達を尾行したのは何故なのか。今までなら、仕事に必要なければみないふりも出来たのに王子が前に飛び出したのを見た時にココノアは自分も飛び出した。


「はぁ…………」


事態を知った自分の側近が怒りに狂った表情を浮かべるのを想像し、ココノアは深いため息を吐いた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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