27. 予想外の始まり
「ねぇ、キース。これはどうかしら?」
フワリとスカートの裾を浮き上がらせながら一周したココノアは自分の側近に問いかける。それを冷めた瞳で眺めたキースは執務室の自分の席で嘆息した。
「3日前に来たドレスでいいんじゃないですか?」
そう吐き捨てるように感想を伝えて、再び仕事に戻る。その言葉に目を瞬いたココノアは頬を膨らませるとキースの座る机につかつかと近寄る。
「キース!あなた、昨日もそう言ったわ。私は一体、何日前のドレスを着たらいいのよ!」
“ドン”とキースの座る机に両手をつくと捲し立てる。少女の抗議にキースはため息を吐く。
「校外学習が決まってから毎日、毎日。同じ質問をされたら嫌にもなります………それに校外学習とは言っても街の散策ではありませんか?お嬢様は街に行かれるのも珍しくありません。何をそんなに浮わついてらっしゃるんですか?」
そう返せばココノアが“もう!”と腕を組むのが分かる。
「キースの分からずや!いつも全然違うわ。仲のいい友達と和気あいあいとスイーツを選んだり、小物を見たりするのよ。仕事とは全然違うわ」
言いながらも空想したココノアは夢見る少女の表情でため息を吐くと頬に手を当てて悶える。
「いやー、どうしましょう!」
「どうもしませんよ」
2週間前からココノアが事ある毎に繰り返すため、最初は相槌を返していたキースも今ではげんなりだ。
「はしゃぐのは構いませんがくれぐれも節度を持って行動して下さいね」
「分かってるわよ」
2週間前から校外学習に来ていく服をサリアとこうでもない、ああでもないと顔を寄せあって悩んでいたココノアはキースの小言に唇を尖らせる。
「もう!少しぐらいは話に付き合ってくれてもいいじゃない」
「少しとは言わず、毎日感想を求められる私の身にもなって下さい」
2週間前に学園から帰ってくるなり“聞いて頂戴!”と校外学習の話を飽きることなく繰り返すココノアに付き合ったのだ。
「それより、学園から帰って来られてから一度もお仕事が手についていないようですが?」
そう促せば不満気にしていたココノアは“ハッ”と顔色を変える。
「ごめんなさい!すぐに着替えてくるわ!」
校外学習は明日に迫っているが家の仕事を蔑ろにしていい訳ではない。慌てて普段着に着替えに行こうと身を翻すココノアに頬を緩ませながらキースは声をかける。
「お嬢様」
「何?」
着替えに行くために部屋を出ようとしていたココノアはキースの言葉に振り返る。不思議そうな表情をする少女にキースは微笑みかける。
「お嬢様は綺麗なお顔立ちをされておられるので、私は3日前に見た白いレースがついた水色のワンピースがお似合いかと」
キースのその言葉にココノアは顔を輝かせる。
「ありがとう!絶対にそうするわ。キース!」
キースの言葉に満面の笑みを浮かべたココノアはそう返すと着替えるために今度こそ、部屋を後にする。その姿を見送ったキースは扉が閉まるのを確認して嘆息する。
「ノアなら何でも似合うんだけどなぁ……」
それがキースの本音。長年、少女と一緒にいるが親の欲目と言われてもキースは胸を張って言える。
「どこの誰よりもうちのノアは可愛いんだから」
その呟きは誰にも聞かれることなく消えてゆく。そう素直に少女に伝えられないキースは自分に対してため息を吐くと仕事に戻る。
「少しでも進めよう」
少女に言った割には自分の仕事もあまり進んでいなかったキースは自分の今日の分の仕事を終わらせるべく、筆を走らせる。その後、着替えて来たココノアと共に夕食が出来るまで仕事に励んだ。
そして翌日
「お嬢様」
「あら、キース。おはよう」
部屋で身支度をサリアに整えてもらっていたココノアは鏡越しに部屋に入って来たキースに目を移す。
「何かあった?」
キースが身支度を整えている間に部屋を訪れるのはよほどの事。目線を移してきたサリアに頷けば、静かに部屋の端によっていく。それと入れ替わるようにキースはココノアの傍に寄ると紙を手渡す。
「どうぞ」
「ええ」
キースから渡された紙を開けば、ココノアの紫色の瞳が細められた。そして中身を一読して閉じるとキースに紙を返す。
「キース」
「手配します」
「お願いね」
そう返して、ココノアは嘆息する。そこに記されていたのは“ベルナルド家の取引”だ。
「さぁ………宴の始まりね」
一度、目を伏せた後。そう呟いて、ココノアは鏡越しに見えるキースに微笑んだ。
ガタガタと揺れる馬車にヨーゼルとリオン入った向かい合って座っていた。
「いよいよ今日だね」
「ああ」
こちらもまた街に向かうという名目でお忍びスタイルに身を包んでいたヨーゼルとリオンも学園に向かう馬車の中で言葉を交わす。
「くれぐれも無茶だけは」
「しないさ」
護身ように剣を帯剣したリオンはヨーゼルが何度も繰り返す言葉に頷く。
「無茶はしない」
たった二人での視察も含めて二人で交わした取り決めをリオンは口にする。
「何を見ても見てみたいふりをする。トラブルに首を突っ込まないだろ?」
リオンの物わかりのよい言葉にヨーゼルは頷く。
「本当に頼むよ」
「ああ」
そう懇願するようにヨーゼルが呟けばリオンは当たり前だと言わんばかりに頷くがヨーゼルは額に寄ったシワを伸ばすように嘆息する。
「何も起こりませんように」
その願いが儚いものだという事をこの時のヨーゼルは知らずにいた。
だから……
「リオン!」
剣に手をかけて飛び出した主の名前を呼ぶも目の前の光景に冷静さを失った主の手をヨーゼルは掴み損ねた。慌てて自分も飛び出そうとした視界に入った色に目を疑った。
「王子」
そう言って、ヨーゼルが掴み損ねたリオンの腕を掴んだのは白い指。
「無闇に飛び出されるのはバカのなさる事ですわ」
そう冷静に穏やかに告げたのは水色のワンピースに身を包んだ黒髪の少女。ココノア・クロエだった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




