26. 校外学習は隠れ簑
「校外学習………」
手にした紙を見つめてココノアは目を瞬く。今まで年の近い知り合いなどおらず、外に出るのは仕事ぐらい。
「お嬢様」
「ええ……」
サリアが目を輝かせるのにココノアも胸を高鳴らせる。
「初めてだわ……仕事以外で街に出るなんて」
そう呟いて、ココノアは紙を握りしめる。
「そうよ……私はこんなイベントを心待ちにしていたのよ」
学園に通い出して早、数ヶ月。学園に通えば友達という名の令嬢とのお茶会に買い物など毎日のように楽しい日々が押し寄せると思っていた。なのに、毎日代わり映えしない授業にお喋り。屋敷の中しか知らないココノアにとっては楽しい事ではあったが少し物足りなさを感じてていた。だからこそ、これこそがココノアが知る恋愛小説で描かれる学園像だ。
「皆さんの手元に行き渡りましたか?」
そんな少し歪んだ学園像を抱くココノアの前でクラス担任は配った紙を手に教室内を見回す。まだ30代半ばと思われる女性がココノア達の担任なのだ。今までは男性しかいなかった学園において女性の教師が増えた理由としては婦女子への教育の解禁。26年前からクーラ国でも“子供の教育を受ける権利”が保証されるようになった。まだ農村では子供も労働力としてみなされるため、教育が普及しているとは言い難いが貴族社会では子供を学園に通わせるのは普通になりつつある。その為、女性の教師も受容が増えた。そんな女性教師の一人であるミセスグリーンは教え子達が自分を見ているのを確認して口を開く。
「皆さんもご存知のように学園にも慣れてきた今日この頃。校外学習を催すことになりました」
その言葉を聞き逃さないようにとココノアは耳をすませる。
「2週間後、このクラスは街の散策に出掛けます」
教師の言葉に貴族の子女から歓声が上がる。その例に漏れずココノアも目を輝かせる。
“素敵だわ”
着飾った子女達とともに人気の店でお茶をし、可愛い小物に選ぶ姿に思いを馳せ、ココノアは感嘆の息を漏らす。
「幸せだわ……」
想像するだけでも楽しい思いにココノアの胸ははち切れそうだ。“きゃあきゃあ”と騒ぐ女子とは裏腹にあまり代わり映えしない遠出に男子は苦笑しているが将来は家を継ぐことを想定に育てられているので視察という名目で外に出ることはよくある。その為、街に出ることは少女達のようには特別な出来事ではない。
「……上手く行きそうだな」
2週間後に控えた校外学習の計画を聞きながらリオンはぼそりと呟く。
「まぁね………」
その隣に座ったヨーゼルも苦笑混じりに頷く。
この校外学習の機会に二人には胸に秘めた計画があった。
事の発端はリオンの提案だった。
「原因は分かったとしてどうするつもりなんだい?」
数日前、会議を覗き見して弱小領主が国に税を払うための金を得るために羊毛に転向してることに気づいたリオンの推測を聞いたヨーゼルはそう問いかけた。
「そうだな………」
ヨーゼルに自分の気づいた事を一気にまくし立てていたリオンもその問いにソファーに背を埋めて“ふむ”と唸る。
「まずは……どれだけの貧民が王都に流れ込んでいるのかを知るか……」
そう呟いてては見たものの、その情報を得るためにどうすればいいのかすぐには浮かばない。唸るリオンを前にヨーゼルは嘆息する。
「別に実際に貧民の数を数える訳じゃなくていいんだから、王都や街に入った人間の数とを照らし合わせるのが賢いかな」
農閑期を外して、データを取り寄せればそれなりに流入の数は推測出来る筈だ。そう算段し、ヨーゼルは机の上に広げていた資料を片付け始める。その姿を思案に耽りながら考えたリオンは“いや”と首を振る。
「ヨーゼル、資料だけではなくて実際に見ることは出来ないだろうか」
「は?」
資料を片付けていたヨーゼルはリオンのその言葉に顔をあげる。真っ直ぐに見つめればリオンの真剣な眼差しとかち合う。
「資料は資料でしかない。実際に俺は農地を追い出された農民達がどんな風な生活を強いられているのか見てみたい」
今までは自分にとっては現実感のない世界に色がついたのはとある少女の進めてくれた本を手にしたから。
“王子、知るだけでは不十分ですわ”
いつも素晴らしい本を薦めてくれる少女がその度にそう言うのだ。
“確かに本は大事です。ですが目にしたもの以上に大事なものありませんもの”
そう柔らかく笑う少女の顔を見る度に自分の今までを振り返った。リオンの言葉に“うーん”と唸ったヨーゼルはため息を吐く。
「街までは行けても貧民街の視察は無理だろうね」
リオンよりも日々、騎士として暮らす父や兄から聞かされる話で世間を知るヨーゼルはその願いに肩を竦めてみせる。
「そうか………」
ヨーゼルの言葉にそう自身の考えに肩を落としたリオンはため息を吐きながら顔をあげる。
「分かった……我が儘を言ってすまなかった」
「別に。僕としては君が国政に目を向けてくれる事はありがたいけどね」
リオンの言葉にヨーゼルは苦笑して首を振る。
「君が王になるかならないかは僕にとってはそこまで大きな問題じゃない。ただ、君が王族の一人であるから他の人よりも恵まれた生活をしている意味さえ、分かってくれたらそれでいい」
別に国政に手を出せばいいとは思わないが自身の立場が何により支えられている事を知り、与えられた恩恵に値する役割を果たす事がヨーゼルの考える王族の役目だ。
「心がけよう」
「頼むよ」
リオンの苦笑混じりの言葉にヨーゼルは再び机の上を片付けるのに精を出す。それを眺めていたリオンは思い出したことにニヤリと笑いながらヨーゼルに再び声をかける。
「ヨーゼル」
「何?」
今度は視線も向けずに机の上を片付けていたヨーゼルは生返事を返す。だからリオンの発言を予想することが出来なかった。
「学習の校外学習場所は例年通りなら自由時間はあるよな?」
「……まさか……」
そう問いかけられて改めて顔を上げたヨーゼルにリオンは笑う。
「それを隠れ簑に出来ないか?」
その言葉を理解するとヨーゼルは深いため息を吐いて天井を見上げたのだった。
「リオン……くれぐれも……」
回想から戻ってきたヨーゼルは目の前で教師の告げる注意事項を聞き流しながらリオンに呼び掛ける
「分かっている」
周りのざわめきに隠されたヨーゼルの言葉にリオンも深く頷く。
「無理はしないさ」
校外学習の時間を使って貧民街に行くことを決めたリオンは小さく頷いた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




