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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
22/66

22. 物事には両面ある

何事にも“表”と“裏”が存在する。それは国においても変わりはしない。


「安いよ~、セバルの実が1つ3銅だ」


「こっちに1つくれ」


「あいよ~」


比較的裕福な貴族街や商店街には騎士や警ら隊の目が行き届くが治安のあまりよくない下町の華やかな表通りから一歩裏に入れば、その光景は珍しくない。身寄りもなく、布かボロかも分からない衣服を身に纏った人間がそこらかしこに座り込む。たった一歩裏に入っただけなのに“何ともいえない匂い”が鼻孔を刺激する。痩せこけて目がギラギラとした子供達が大人を見る目は荒んでいた。


そう……


貧民街は行き場や家族をなくした“人間”が最後に行きつく場所だ。そんな貧民街でも奥の奥。甘ったるい匂いとクスリが蔓延した場所にその男の姿はあった。


「今日も規律は乱すなよ」


そう言葉を発したのはそんな王都の貧民街においてならず者達を纏めるセディア・クロエだ。場末と呼ばれる娼館に縄張りを張り、女を侍らせながら寝椅子に座りはセディアはその指先にキスを送りながらならず者達を鋭い眼光で睨み付ける。


「お上に見つからない程度に今日も稼ぎを稼いでこい」


貧民街の面々を前にそう言い放つとニヤリと笑い、まだ年の頃は30を越えたばかりの男は無精髭をガリガリとかく。


『うぃーす』


そんな自分の言葉に筋肉隆々の男達があげる気のない声に満足気に頷いたセディアは今日も元気に宣言する。


「じゃあ今日も元気に貧しきには手を、金持ちからは金を巻き上げろ!」


『うぃーす』


これまた気のない返事が上がるものの返事をした男達は自らの縄張りに繰り出していく。


「フゥ~」


それを見たセディアは自分の縄張りでもある寝椅子に体を埋めながらため息を吐く。


「貧民街のドンも楽じゃねぇなぁ」


カラカラと笑いながらセディアは水タバコに手を伸ばす。


「お疲れ様でした。セディア様」


それに気づいたセディアの近くに居た娼婦が笑いながらしだれかかる。豊満な肉体を持つこの女性も元は貧しい農家の娘だった。税が納められない親が僅かな金銭とともに売り払い、娘は娼婦になった。


「ふん、疲れるようなことではないさ」


水タバコをふかしながら媚びてくる女にセディアがそう言えばふふふと笑いながら腕に胸を押し付けてくる。


「何を仰っていらっしゃるの?私達のような身を落とした人間には国の法は無力ですもの」


セディアの胸に頬を当てた女性は冷たい瞳で国への想いを口にする。


「税を納めろという癖に国は私達には何ら恩恵を与えてはくれない。国から見捨てられた私達が生きていけるのも身寄りのない子供もセディア様のような方が居て下さるから生きていけるのですわ」


国の裏と言ってもそこは無法地帯ではいられない。力のある人間が国の代わりに目を光らせることでその秩序は保たれる。だから、セディアの目が光る場所での裏の人間同士の殺人は少ない。“クスリ”という違法薬物に手を出す人間もいない。皆、“クスリ”を使ったものの末路を知るがゆえに手を出さない。出すのは表の世界から弾き出されたばかりの人間達。子供に至っては組織の構成員となれば、衣食は保証されるのだ。国の裏側にある闇を忌避する人間は多いが、そう言った組織があることで国に不満を抱く人間が暴徒化しない利点もあるのだ。女の呟きにセディアは“クックック”と喉の奥で笑い声をあげる。


「そりゃあ、頑張らねぇといけねぇな」


「はい」


セディアの言葉に女性は頬に手を伸ばしながら妖艶に笑う。


「私、セディア様が欲しいわ」


「そりゃあ、期待に答えるしかねぇな」


その言葉にニヤリと笑ったセディアは水タバコを片手に女の唇を奪うとソファーに押し倒した。




夜も更けた深夜こそ、この街が一際賑わう。


「じゃあ、後は頼むぞ」


普段はずっと縄張りとする娼館に居座ったままのセディアは夜も更けた深夜に時たま店を出る。今日がたまたまその日にあたっていたセディアが店先でそう声をかけると見送りに来ていた女主人が頭を下げる。


「行ってらっしゃいませ」


「おう」


女の言葉に軽く手を上げて、セディアは歩き出す。普段から女と娼館の一室にこもって、水タバコをふかしてばかりの男としては信じられないほどしっかりとした足取りで街を歩き出す。見るものが見れば、普段の不摂生な生活が嘘のように体は引き締まっている。腰に剣はさしているがただの牽制で、自分の地位を狙う男達に襲われても素手で返り討ちにする自信があった。今も暇つぶしに気ままに歩きまわっている風にみせながらも街の様子を観察するのも忘れない。時たま、自分の顔をみた人間が頭を下げるのに手を軽くふって応える。


“あれ以来、比較的うまく食料は回るようになったみたいだな”


ここ数年、春先になると王都やそれ以外の貧民街に押し寄せていた農民の数が今年は多く。僅かな食料がうまく行き渡らず、そこらかしこで殺人や強盗が頻発していたのだ。暫くは事態を静観していたがこれ以上は表に影響を及ぼすと判断して、主に指示を仰いだのだ。その後、早急に食料と世話人が増やされたお陰で何とか今年は事なきを得た。自分の仕事はこの街を本当の意味で牛耳るとセディアの主人に報告すること。


“あなたが私のセディアね”


セディアがこの街での役目を拝命した時、そう言ったまだ幼さを感じさせていた少女もあれから6年。


“お嬢様もあれから随分と大きくなられたからな”


頬をだらしなく緩ませながらもセディアはボリボリと無精髭をかく。のっそりと歩いて、また馴染みの娼館に足を踏み入れれば頭を下げた従業員に案内されるがまま部屋に入る。


「お待ちしておりました」


そう応える娼婦に頷くとそこで湯を使い、身なりを整えると普段来ている服ではなくこの娼館の小間使いの服に着替える。無精髭を剃れば、セディアの印象は一気に若いものになる。そこで身なりを変えると今度は裏口から店の外に出る。そんな風に幾度も店への出入りを繰り返し、その度に外見を変えては裏口や外口を使い分けて貧民街の頭である“セディア”の足跡を消す。


そして……


「セディア、お疲れ様」


最後にセディアがとある商店の小間使いとして入った店に用意された部屋に入った時、柔らかな声が黒いベールの向こうからかけられた。


「お久しぶりでございます。お嬢様」


その声に心からセディアは自分の主に頭を下げる。自分が頭を下げれば窓のない部屋の椅子に座った少女が微笑むのが分かる。その傍らに立ち、ひっそりと気配を消した男がこちらに無言で頭を下げる。それに“セディア・クロエ”ことガルシア・クロエは口元を緩まる。


「お元気そうで安心致しました」


その言葉に黒い喪服のようなドレスと黒いベールを被った少女が口元を緩める。


「あなたこそ、元気そうで安心したわ。ガルシア」


そう言って男の“本当の名前”を呼んだ少女。ココノア・クロエは楽しげに微笑んだ。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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