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王の処刑人  作者: 高月怜
王の処刑人と平和の国の王子様
19/66

19. クロエ家の剣

“ぐしゃり”


そう音が鳴りそうなぐらい見事に眉間の皺を形成したキースは深い深いため息を吐く。


「はぁ………」


そのため息は聞くものが聞いたら何があったのかと心配になりそうなぐらい重たく、憂鬱な音を纏わせている。眉間に皺を刻み、重いため息を吐いたキースはいつもの定位置であるクロエ家の執務室にある自分の席に座りながら、本来なら少女が今までは座っていた席をみやる。本来ならそこに座るべき主は今日も元気に学園に通っている。


「………はぁ……………」


その席を見てため息をもう1つ追加したキースは数日前に見た少女の笑みを思い出す。


「はぁぁぁぁ~」


更に深いため息がキースの口から漏れる。そして苛立しげに頭をかくとココノアの前では見せることのない表情で天井を睨む。そこに見えるのは数日前のココノアの笑顔。その笑顔には何とも言えない嘘偽りない、嬉しさが滲んでいた。それを思い出してはキースの気分は沈んでいく。


“私はなんでお嬢様と同じ年ではないんだ……”


聞くものが聞いたら、“そりゃあお前はお嬢様の盾であり、剣だからな”とカラカラ笑われて終わりなのは分かっていたがそれでもそう思ってしまうほどにはキースはココノアが見せた満面の笑みに打ち負かされていた。


“昔はよく笑っておられたが、あれ以来。年相応の子供として笑うことは減ったノアが笑ったんだぞ”


他の誰がそんなことと言ってもキースには大きな衝撃だった。昔から努力家のココノアを時には厳しく、目にいれても痛くないほどに可愛がって育ててきた少女がどこの馬の……違った……自国の王子とはいえ、自分以外の男に笑顔を浮かべて嬉しい訳がない。そのことに更に眉間の皺を深くしてキースはギリギリと拳を握る。昔から側にある口うるさい側付きの自分と所帯を持つのが嫌ならばその座すら他のものに譲って、本来の剣としての役目を担ってもいいと本気で思う可愛い少女についた虫にキースの精神は焼ききれそうなほどに嫉妬に狂っていた。


「お嬢様に指一本でも触れたら殺す」


自分ですら久しぶりに見たあの笑顔を独り占めした男を殺そう。そうだそれが天のお導きに違いない。そう考えて、キースは指示を出すべく席を立って我に返って仕事に戻るをもうここ数日二時間に一回は繰り返していた。


「いけない……いけない……」


あの可愛い笑顔を見た男がまかり間違ってココノアに指一本でも触れたらと考えたらいても立ってもいられなくなる。今すぐ学園に乗り込んでそんな男を一掃したい。そう考えついては毎日、判断して処理することが山のようにあるクロエ家の仕事に精を出す。自分の側付きの思考をココノアが聞いたら、“キースったら…”とちょっとひきつった笑みを浮かべそうなことを至極真面目に考えながらキースは本日の業務に励んでいた。


“コンコンコン”


「どうぞ……」


ただでさえも国の暗部を支えるクロエ家が判断して処理をすることが多いのに遅々として進んだ様子のない机の上にため息を吐き出したキースが入室を許可すると扉が開く。


「お、お疲れ。なんだ、なんだ辛気臭い顔をしてるな~」


そう言いながら部屋の中に足音もなく入って来た年の頃、25、6歳の青年はキースが書類に囲まれている姿にニヤリと笑う。中肉、中背で特徴のない容姿をした姿は一目みただけでは相手の職は分からない。


「うるさいぞ、ビート」


ニヤニヤと笑いながら顔を覗かせた相手にキースがため息混じりに睨み付けるもこの相手にそんな言葉が意味をなさないのは分かりきっている。


「なんだ、お嬢様がいないのがそんなに寂しいか?そう怒んなよ、大人げないぞ」


「ノアのことに関して余裕なんかあるかよ」


今もまた積まれた書類の量と自分の表情から何に苛立っているのかを正確に言い当てた相手にキースは言い放つ。そんなキースとは裏腹にどこかとらえどころのない笑顔を浮かべたビートはその余裕のない言葉にカラカラと笑う。キースよりも3つほど年上のビートこそ、クロエ家の情報の要“諜報”の長だ。


「クロエ家の“剣”と呼ばれるお前がココノア様にだけは余裕がないのが笑えるな」


少女に敵意を向けるものがあれば敵味方を問わずに、その力を振るうキースについた異名を盾にからかえばジロリと睨まれる。


「ビート」


「はいはい、そんなに怖い顔をすんなって」


いつも少女の前では余裕のある態度を崩さないがキースもまだ22歳の青年だ。こちらに向ける殺気の籠った瞳にその青さを感じずにはいられない。そう思う自分もまだ若造の範囲を出ないビートは笑いながらも携えて来た資料をキースに突きつける。


「ほいよ。頼まれてた例の追加資料」


「……ああ」


ビートのこちらを見る訳知り顔に苛立ちを隠せないままに資料を受け取ったキースは封筒から資料を取り出す。


「かなり量が多いな」


厚みもあるがしっかりとした重量がある資料の中身にパラパラと目を通しながら問いかけるとビートが肩をすくめてくる。


「まぁな。うちはお嬢様とコーリア様が目を光らせてるから領地で貧民が増えてるなんてことはない。だけど、他は地味に農地が縮小されていたみたいで今年、あそこまで貧民が急に膨れ上がったみたいだな」


キースの言葉に行儀悪く、机に腰かけたビートは腕を組んでため息を吐き出す。その言葉にキースは“そうか”と息を吐く。


「クロエ家の領地外では年々、微々たる量だが毎年住居も仕事もない貧民達が貧民窟には流れ込んでいたようだしな」


「あれだけあからさまに増えたらおかしいの分かるだろうにって思うわ~。つーか、鈍すぎるだろ?うちの王族」


「そう言うなって。今は落ち着いてはいるが去年までは別の国境がきな臭くてそっちに注意が向いていたからな。大変だろうが、これぐらいなら許容範囲だ」


ココノアの右腕としてその手腕を振るうキースはビートの言葉に苦笑する。その笑顔に滲む疲労にビートは“まぁな”とぼやく。


「国内の火消しはうちの仕事だから仕方ないか」


「そのために我が家があるからな」


ビートの言葉にもたらされる情報からあまり状況が好転していない現状を把握したキースは資料を閉じて顔を上げる。


「忙しい所に悪かった。ありがとう」


「気にすんな。お嬢様の為なら火の中、水の中ってね」


キースの労いにビートは肩をすくめて立ち上がる。


「よし、それで一段落ついたから帰って寝るわ」


その言葉とともにヒラヒラと手を振ったビートは欠伸をしながら部屋の扉に向かって歩いていく。


「ゆっくり休んでくれ」


その背中に言葉を投げたキースも気を取り直して仕事に向き直ろうとした……が。


「あ、そう言えばいい忘れてた」


扉の前で立ち止まったビートは何気なく振り返る。その言葉に顔を上げたことをキースは後に後悔する。キースが顔を上げたのを確認したビートはニヤリと笑って爆弾を落としたのだ。


「ノアなんて、お嬢様がお前にだけ許した愛称をつい口にするなんてお前にも可愛い所があるじゃん!」


そう言ってビートが素早く扉の向こうに姿を消したと同時にキースの投げたナイフが執務室の扉に深々と突き刺さって投げた本人の心と同じように微妙に揺れた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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