18. 変わりゆく関係
「ふぅ…………」
最後の一枚を捲り終えたリオンは肺の奥から息を吐き出して目頭を揉んだ。昼間ココノアから薦められた本の中身は興味深く、いつもならとうに寝ている時間ではサイドテーブルの灯りを頼りに読み耽ってしまったのだ。
“これは凄い……”
改めて本に目を落としたリオンは考え込む。この本に書かれていることは確かに理想論であると言ってしまえばそこまでかもしれない。しかし、我々王族は民から税を徴収する。それは生まれた時から当たり前のことで気にしたこともなかったが、集められた税には民の希望や願いが込められていると思えば見方も変わる。民が国に税を納めるのは王族が尊いからでもない。そこには国に対して自分達の生活の安寧への願いが込められている。治水、治安、教育など。自分の子や孫が安心して暮らしていけるようにとの願いが自分達の受けとる税には込められている。それを怠ったからエンクロージャ国の王家は民から見放されたのだ。
「私は無責任だったのかもしれない……」
なら第2王子である自分には何が出来るのかと考えるも気分は重い。国のためと言いながら自分は自分の責任から逃げていたにすぎないとこの本を読んで気づいてしまったのだ。苦い気分で本の装丁をなぞりながら思いを馳せる。今までの教育係達は王家は素晴らしい存在だと口を揃えて来たが、それは過去の王族達が自分達の役目を理解してその務めを果たしてきたから今があるのだ。まだ何もなしていない自分が王族として何が出来るのかと考えてみた時、自分が国について何も知らない事を知った。
「今の私に出来ることはただひとつだな……」
自分は年にしては頭の回るほうだと思っていたリオンはため息を吐いて本をサイドテーブルに置くと灯りを消した。
ーそしてー
「ココノア・クロエ」
自分の行動に周りがざわめくのが分かるがリオンは恐れずに登校してきたココノアに自分から歩み寄る。普段、上から目線の発言を繰り返す自分を知っているクラスメイト達の間に緊張が走るも名前を呼ばれた本人は至って平素に自分の姿を真っ直ぐに見つめてくる。その背後でなぜか冷たい空気を発するココノアと一際仲の良い女生徒の笑顔の方が恐ろしい。そんな対照的な二人の表情を司会にいれながらもリオンは心を落ち着けて口を開く。
「昨日の本は非常に参考になった。お勧めの本があれば他にも教えて欲しいのだが……」
今までの自分の仕打ちを考えると少女が自分の申し出を受けてくれるかは分からないがそう告げれば、ココノアが驚いた顔をした後、笑みの形に表情を変える。
「もちろんですわ。殿下。私にもお勧めの本がありましたら教えてくださいな」
「……ああ。ありがとう」
周りがどうなるかと息を呑んでいた杞憂をよそにした返事にリオンがほっと息を吐くとココノアがクスクスと笑う声が耳に届く。その笑い声に目を移すも今までのような苛立ちを感じない。
「よろしく」
「はい」
犬猿の仲と噂されていた二人は互いに口元に笑みを浮かべて友好を結ぶ。
「一体、何が起きてるんだが……」
そんな目の前の状況を理解していないのは一人蚊帳の外に置かれたヨーゼルのみ。今日は朝から珍しく相手が真剣な表情をしていた。それを不審に思って何かあったのか?と問いかけたが言葉少なく上の空の反応だった。そうして学園にやってくれば予想外の光景。今も自分が目にした状況に目を溢れんばかりに見開いて口をポカンと開けていた。いつもなら照れ隠しに相手にキツイことを言い放つ自分の主が自ら目の敵と言わんばかりの少女の元に行くとは何があったのだろうかとそればかりが頭を過る。
「天変地異が起きなくちゃいいけど」
思わず、不吉なことを口にするぐらいには動揺していた。
「お嬢様、ご機嫌ですね。何かいいことありましたか?」
キースは学園から帰って来てから今までにないぐらいご機嫌なココノアに目を向ける。
「そうかしら?」
いつも通り、学園から帰ってきて家の仕事を片付けるために執務室にこもっていたココノアはその言葉に顔を上げる。そして小首を傾げる。
「特に変わったことは……なかった気がするんだけど……」
そう今日1日を思い返していたココノアは“あ”と小さく声を上げる。
「そう言えば、キースがエンクロージャ国の勉強の時に薦めてくれた本があったじゃない。覚えてる?」
「覚えてますよ。お嬢様がいたく興奮されていた記憶がありますが……」
ココノアの言葉に記憶を振り返ったキースはそう言いながら少女に目を戻す。するとそこには嬉しげに笑う姿がある。
「その本が何か?」
少女が笑顔を浮かべる理由が分からなくてそう問いかければココノアが弾んだ声音で話し始める。
「実は昨日、図書館で第2王子にあったの」
「ほぅ……」
ココノアから聞かされた内容にキースは相づちを打つ。もちろんその状況はサリアとは別の護衛から入っているがそれが笑顔に繋がる理由は理解出来ない。そんなキースの心のうちも知らず、ココノアはふふふと笑う。
「あの本は色々な観点から物事を見た方がいいみたいな事が書かれてるでしょ?」
「ええ……」
ココノアには知識と同時に自分で考えて判断出来る力をつけて欲しくて、自分が読んでみて面白いと思った本は他国のものであろうが気にせずに薦めていた。
「あの本を昨日薦めてみたら読んだみたいで、今日は今までの態度が嘘みたいだったわ」
学園に通いはじめて2ヶ月ほど経つが常に敵対心を込めた視線と言葉を向けられて辟易していたのが嘘のような態度に変わったのには驚いた。今までは何を発言しても横槍を入れられていたが、自分の発言に耳を傾けてもらえることがあんなに嬉しいとは思わなかった。
「学園って面白い所ね」
「そうですか……」
ココノアがそう口にするのにキースは複雑な表情を浮かべた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。