16.初めて知った新たな一面と陰謀論?
「資料が多すぎる……」
ざわざわと騒がしい教室内の様子など気にもせず、ここ2週間ほど、活字を追っていたリオンは憂鬱げな表情で机の上に突っ伏す。その言葉に自身も改めて資料を読み直していたヨーゼルは呆れたと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
「資料に文句を言う前に、君は自分の勉強不足を責めなよ」
「お前に言われなくても重々、分かってるよ」
ヨーゼルの情け容赦ない言葉に“はぁ……”とため息を吐いてリオンは体を起こす。再びパラパラと資料に目を通し出す。学園外だけの時間では足らず、こうして持ち出せる資料は学園に居る間に目を通すようにしているが……それにしても量は多い。
“そもそも……エンクロージャ国に対してあまり注意を払うことがなかったからな”
エンクロージャ国の成り立ちを追いかけながらリオンは嘆息する。エンクロージャ国は自国よりも少し東にある隣国の小国。歴史も浅く、幾度か王家が変わって来たという歴史がある。
“だが、その歴史は一度途絶えた”
周りの国を震撼させた事件は王家を断絶し、民が自らの政治を行い出したこと。またぺろりと一枚、音をたててページをめぐる。
“最初は上手くいくはずなんかないと思ってはいたんだけどな……”
その予想通り、エンクロージャ国は最初の何年かは国内は内乱続きで国は疲弊した。今まで、国王が担っていた政治を民が行うからだとその行為を呆れた様子で見守っていた面々が次に驚愕したのは次に国主としてたった若い青年の手腕。
“確か……数年前にあった時はまだ20代後半だったか……”
そう記憶を回顧して嘆息する。まだ10歳だった自分が自国に来た時に見た面影は若いままだ。それ以来、国に訪れてはいないので今がどんな風になっているのだろうか。そこまで考えていたリオンの耳に歓声に近い声が入る。
「クロエさん、ご機嫌よう」
その言葉に顔を上げれば2週間ぶりに姿を表した少女が教室に入ってくる所だった。
「来たのか……」
「そうみたいだね。クロエさん、おはよう~!元気?」
「ちょっ!」
自分の言葉を聞きつけた横の席でヨーゼルが声を上げるのに慌てるもその声を聞きつけた少女がこちらを向く。紫色の瞳が自分を見据えるのにリオンは自分の鼓動が早くなるのに顔を赤くする。
「おはようございます。ヨーゼルさん。ご心配おかけしました」
しかし、自分ではなく声を上げたヨーゼルにかけられる柔らかな笑顔と言葉にリオンの頭の中が真っ白になる。
ーそしてー
「貴様、2週間ぶりに来るとは余裕だな」
なぜかココノアを見るといつも心とは裏腹な言葉を口にしてしまうリオンは高威圧的に今日も言い放った。
「ふふふ……」
派手ではないが作りがしっかりとした椅子に座った男性は手にした紙を前に口許を緩める。落ち着いた色合いの執務室の主は年の頃30代ぐらいの男だった。ダークブラウンの髪に瞳はエンクロージャ国民特有の特徴だった。
「ギルバード様」
一人納得した相手に声をかけるのは同じ色合いの髪と瞳をした男性。椅子に座る男性よりはほっそりとしているが、纏う空気はピンと張りつめている。その言葉に笑みを深くしたギルバードは男を見上げて口を開く。
「いや、笑わずにはいられなくてな。各国には国の暗部を引き受ける家があるものだが、クーラ国の影はどこよりも優秀のようだ」
男の前に広げられた紙に書かれているのはエンクロージャ国が広げた羊毛政策への各国の対応だ。その中でもこちらが動けば即座に反応を示すクーラ国の情報収集力には感嘆する。
「“彼”がうちの国の発展の目障りになると思って一番に消したのにまだクーラ国には優秀な影がいるんだから困るよ」
そう呟きながら、紙を摘まむ。
「クーラ国は我が国に対して、羊毛の輸入に対して関税処置をとるようです」
「だね……その決断の速さは誉めてもいいよ」
10年ほど前に絶対王政から議会制民主主義に舵をきったエンクロージャ国は自国の産業を発展させることに心血を注いできた。
「他国はまだ様子見だからね……なぜうちの国が他国にから羊毛を買うのは必要だからな訳じゃないって思わないのが怖い所だよ」
そう言って肩を竦めれば、自分の独り言に近い独白を聞いていた男。リチャード・ギアが嘆息する。
「我が国をいまだ内乱状態にあると誤解しているのでしょう」
「はは、笑っちゃうね」
リチャードの言葉にギルバードはくくっと笑うと笑みを消す。
「我が国が内乱状態だったのなんてもう3年前の話だ。我が国は王政から議会制度に切り替えた。その弊害もまだあるが、我々は自分の意志で国の方針を決めることが出来るようになった。他国は我が国を侮っていればいい……」
そこまで呟いてギルバードは瞳を細める。
「気づいた時には革命の火は燃え上がる。きっと我が国のように」
そう呟き、ギルバードは机に肘をついてため息を吐く。
「まぁ、他国などどうでもいい。クーラ国との取引は切れ、高い関税をかけられてまで買ってやる必要はない」
「分かりました」
「だが、クーラ国には注意は払うように」
「そちらも追加で指示を出しています」
「ならいい。もう下がっていいぞ」
「失礼致します」
自分の言葉にリチャードは一礼して去っていく。その後ろ姿に隙はない。音を立てない歩き方が癖になっている側近を見送るとギルバードは再び紙に目を落とす。
「クーラ国の影の王家はまだ国を守るか……」
クーラ国民達が自分達の存在を忘れようとも影からひっそりと国を支えるその姿は国の影を一心に背負う家としての覚悟と信念を感じる。自分の言葉に嘆息し、リチャードはため息を吐く。
「だが、国は我々の苦労など知りはしないよ。クーラ国の影の王家さん」
自分もかつては王家を守ることが国を守ることなのだと思っていた時があった。しかし、王家のために気づいた屍の上に立って初めて自分のしたことを振り返った。王家を守れば民を守ることになると思った自分が築いた屍の山はその守るべき国民だった。
「だから、私は決めたんだ。私が国を守ると」
かつてエンクロージャ国の影を担っていた影の王家の後継者であり、国を守るために王家を壊した張本人は深いため息を吐いた。
その頃、クーラ国でも正反対の道を歩む二人の運命が今、交わろとしていた…
『あっ……』
同じ本に伸びた手が重なり合う。弾かれたように手が離れ、互いに自分の手にした本に手を伸ばした相手をマジマジと見つめ合う。
「王子様……」
「ココノア・クロエ……」
後にこのやり取りが国を変えることになると知らない二人は互いに向き合っていた。
大変長らく、更新が途絶えまして申し訳ありませんでした。いつもお読み頂きましてありがとうございます。
久しぶりに長くスランプに陥ったことと改稿を繰り返しておりました。この場を借りてお詫び申し上げます。
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。