15.知るべきことはたくさんある
「我が家のお姫様は元気かな?」
そう言ってひょっこりと顔を覗かせたのはコーリア・クロエだ。ココノアとよく似た面差しに黒髪と紫色の瞳をした三十代半ばの男性は亡くなったココノアの父親によく似ていた。
「叔父様!会いたかったわ‼」
扉から顔を見せたのが普段は領地にいる叔父だと気づいたココノアは椅子から立ち上がると一直線に走り寄って抱きつく。その背後ではキースが音もなく立ち上がり、一礼する。
「我が家のお姫様はお転婆だな」
一目散に走ってくるココノアを抱き止めたコーリアは口では嗜めるような言葉を口にするがその顔はだらしなく緩んでいる。自分に抱きついて体を離したココノアの頭をコーリアはゆっくりとなぜた。
「元気そうで何よりだ」
「叔父様も」
ふふふと互いに笑いあった後、コーリアはココノアの目の下を彩る隈を見つけて嘆息する。
「大変だったようだな」
そう言葉をかけるとココノアはふふふと笑う。
「それがクロエ家の役目ですわ。叔父様こそ、会議と夜会お疲れ様でした」
「気にするな。それぐらいしか私はお前を支えることが出来んからな」
「あら、そんな事ないわ。叔父様が表を支えて下さるから私は安心して裏に専念できるのですもの」
父が亡くなり、表向きにはクロエ家の家督を継いだのは叔父。なので会議などに出られないココノアに代わってコーリアは会議がある度に領地から出て来てくれるのだ。そうやって笑う姪の頭を切なげに撫で、それからキースに目を移す。
「キースもありがとう。よくココノアを支えてくれているようだ」
「身に余るお言葉です」
代理当主という役目を担ってクロエ家を支えるコーリアの言葉にキースは一礼した。それに頷き、コーリアは再びココノアに視線を移す。
「ココノアもこの1ヶ月、大変だったな。今日の発表で多少の混乱は各地で起こるだろうがひとまずは落ち着くだろう」
「それでしたら頑張ったかいがありましたわ」
叔父の言葉にココノアは嬉しげに頷く。その様子にコーリアは今日の会議を思い出す。王からの方針転換に集まった貴族達は驚いてはいたがそんなに紛糾はしなかったのだ。
むしろ……
「やはり地方の方が農民の都市への流れ込みが深刻化していたようでな」
「ありがとう、叔父様。それが聞けて嬉しいわ。地方はかなり厳しいだろうと思っていたから。王都でもかなりの量の流入で貧民街がパンク寸前だったの」
コーリアの言葉にココノアは深く息を吐いて安心する。自然と口許に笑みが浮かぶ。その様子にコーリアも微笑する。
「まだ安心は出来ないが、ひとまずは今日からココがゆっくり休める時間は出来そうだな」
「それは嬉しいわ。だって、ここ数日ずっと執務室に缶詰めだったんだもの」
肩を竦めて、うんざりという表情を浮かべるココノアにコーリアはついに声を上げて笑い出す。
「そうか、そうか。詳しい話しは夕食後に聞かせておくれ。学園での感想も聞きたいしな」
「勿論よ。叔父様。キース、食事の変更お願い出来るかしら?」
「すぐに手配致します」
キースを振り返った自分に頷いて、執務室を出ていくのを見送ったココノアが叔父に視線を戻す。
「叔母様もご一緒ですか?」
「ああ、今はサロンでくつろいでいるよ」
「本当ですか?すぐに向かいますわ。片付けたらすぐに行くから叔父様も先に行ってて」
「分かった。サロンで待っているよ。急がなくていいからね」
「ありがとう。叔父様」
そういうとココノアは身を翻して自分の机に行くと書類や筆記用具を片付け始める。その姪の姿を眺めていたコーリアはそう言えばと口を開く。
「さっきファイルから聞いたが、第2王子がココにちょっかいをかけているみたいだな」
「ちょっと珍しがられてるだけだと思うわ」
叔父の言葉の意味が分からなくて顔を上げると目の前の人物がいい笑顔を浮かべるのが視界に入る。
「ココ、ちなみに私は私の可愛いココにちょっかいを出すなんて、死んでお詫びした方がいいと思うんだがな。私は」
「………なんでみんなそんなに物騒なの」
まるで息をするように第2王子の暗殺を進めてくる叔父にココノアは頬をひきつらせた。
そんな軽い調子で日々、クロエ家で自身の暗殺が進言されているとは知らないリオンは目の前に積み上げられていく資料に深いため息を溢していた。
「こんなにあるのか?」
集めた資料をソファーで読んでいたリオンは新たに追加された資料を運んできたヨーゼルに目を瞬かせる。色々と知りたいと口にした数日で部屋でくつろぐためのソファーと机の前にはどんどんと資料が積まれていた。
「君が望んだ資料はね……」
最後の資料をその上に積み上げたヨーゼルは“ふぅ”と息を吐く。二人の目の前には山となった資料がある。それを確認して、ヨーゼルは自分も同じように向かいの席に腰をおろすと資料に手を伸ばしながら口を開く。
「そもそも、君が希望したのを集めたからこれだけの資料になってるんだけど?」
その言葉にここ2週間は学園から帰ると部屋にこもっていたリオンはヨーゼルの容赦ない言葉に苦笑する。
「仕方ないだろ。俺は第2王子なんだからな」
リオンの生まれは正妃の第2王子であり、兄であるレオンとは血の繋がった兄弟である。リオンの言葉にヨーゼルは嘆息する。
「第2王子だからあまり国政に手を出して、国を荒らしたくないという君の言葉も分からなくはないけど、民にとっては王族は王族だよ」
容赦ない幼馴染の言葉にリオンは苦虫を噛み締めた表情を浮かべる。
「お前は本当に容赦ないな……」
「こんな僕でいいと言ったのは君だろう?」
「確かにな……」
そう言って、リオンは再びヨーゼルが集めた資料に目を通していく。読み進めて行けば、行くほど眉間に皺が寄る。
“こんなに羊毛が高値で取引されたら誰だって羊毛を生産する方が利益が高いと思うだろう”
ここ数年間の羊毛の値段を追っていくが正直、そのほとんどがエンクロージャ国に流れている。税収として納めるのは金だ。麦を打った金で国に税を納めるのであればそれが羊毛であろうと国が口を出すことは出来ない。だが、それは民が生活出来ていることが前提になる。
“羊の養育には広大な土地が必要になるからな……”
かなりの数の羊を養育しようと思うと広大な土地が必要となる。羊は牧草が餌となるため、一ヵ所で長い間養育が出来ない。草がなくなれば新たに土地を解放しなくてはいけなくなる。そうなると必然的に農地を潰し、農民達の生活の場が奪われることになる。そうして溢れた農民達は行き場を失って都市や王都に流れ込む。
「………………………………」
その行き着く先を改めて、事実として突きつけられたリオンは深いため息を吐く。余計な混乱を避けるために国政に手を出していないがこれは見過ごせない。これを見過ごせばいずれ大きな問題となって王家を揺るがすだろう。
「ヨーゼル」
「なんだい?」
自分が呼べば当たり前のように応えてくれる姿にリオンは苦笑する。彼と出会うまで穏やかな家族に囲まれて、兄が王位を継ぐのが当たり前だと王族の義務なんて考えずに居た自分を嗜めたのは目の前のヨーゼルだ。
「この件について父上……いや、陛下と話をしたい」
そう告げればヨーゼルが苦笑する。
「それは僕に言うんじゃなくて君のお父上にお願いするのが一番だと思うけど?」
そう言って肩を竦める相手にリオンも“確かに”と肩を竦めると新たな資料に手を伸ばす。
「なら、せめて返り討ちにならない程度に武装してからにするさ」
賢王と言われる父親に“だから?”と言われない程度には知識を叩き込むかとリオンは大人しく資料に目を落とした。
大変長らく更新を停止致しまして申し訳ありませんでした。試験勉強に就職活動と励んでおりましたらいつの間にか1ヶ月近くたっておりました。申し訳ございません。
いつもお読み頂きしてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。