12.私の王
「それにしても……ココ、すまないな」
「何がですか?陛下」
話が一段落ついたのを見計らいココノアは紅茶を口に含んで喉を潤すと目の前の王に目を向ける。様々な心労により、6年前よりも老けた王は天井に目を向けて閉じた。
「まだ若いお前に“処刑人”の役目を背負わせている」
色々なものが含まれた言葉にココノアはクスリと笑う。
「お気になさらないで下さい、陛下」
「しかし…… 」
王の言葉に更にココノアは口元に笑みを追加する。
「私は好きで王の処刑人についております。なので陛下が気に病まれる必要はございません」
微笑んで言うもレナードの顔色は優れない。
「だがな……ココノア。私はまだ若いお前一人の肩に多くの荷を背負わせている事が辛い」
自虐的な言葉にココノアはじっとレオードを見つめる。5年前に初めて出会った時にはなかった白髪も皺もこの5年で確実に増えた。まだ壮健さは失われていないが、目の前の男性が自国を取り巻く状況に苦慮しているのをココノアはその傍らでずっと見つめて来た。この国でも最近、ようやく浸透しつつある国家による保証はレオードが王になる前に取り入れるべきだと声を上げたものだ。周囲を小国に囲まれるクーラ国の周りで多くの国がこの500年で入れ替わった。それに伴い、様々な国で様々な取り組みが行われ消えていった。だが、その中でも一際、他国に激震を走らせたのは26年前のエンクロージャー国における絶対王政の崩壊。それまではずっと続くと思われていた絶対王政が、国王の宗教弾圧から崩壊したのだ。教会によって賄われていた貧民の救済が滞り、多くの貧民が王都に溢れたのだ。それを国が救済していればまだ国民の不満は国を壊すことにはならなかっただろう。だが、エンクロージャー国王はそれを全て国民の怠惰のせいだと決めつけて迫害したのだ。それによる治安の急激な悪化に不況。国民の生活は荒れに荒れた。国民の国に対する不満を抑えることが出来ず、それは反乱となり、エンクロージャー王家は滅びた。そこまでならよくある話だと他国は気にもしなかっただろう。誰もが新たに王に立つのは誰だという事しか考えなかった。
だが……
エンクロージャー国はエンクロージャー国として残り、彼らは新たに王を作らなかった。自分達の代表は自分達で決めると言い出したのだ。一人の代表ではなく、幾人もの代表が集まって国の方針を決めるという方法をとったのだ。その集まりは次々と国民の生活に関する新たな取り組みをどんどんと決めていった。それに慌てたのがクーラ国も含めた周辺諸国。何も手を打たずにいたら、国民達がエンクロージャー国のやり方を真似ようとするかもしれない。それを防ぐために26年前から各国は競いあうように国民の福祉について取り組むようになったのだ。クーラ国もその例に漏れず、国民に対して手厚い保障を保障するようになったのだ。
“でも、上手くはいってない……”
ココノアは深いため息を心の中に押し込める。エンクロージャー国を見習って取組は始めたがクーラ国では風習も歩んできた歴史も違う。上手くいってるからと取り入れても国に合わせて調整しなくては国も国民も幸せにはなれないのだ。いまだエンクロージャー国内は内政重視だが、いつその運動が他国に波及するとも限らないのだ。
“……足掻くしかないわね……”
ココノアが顔を上げて再び、レナードに目を向けると王が苦笑しながら自分を見てくる。
「これから更に我が国は混迷を深めていくだろう」
「陛下でしたら大丈夫ですわ」
迷いなくその言葉をレナードに告げれば、驚いた顔をして王が“ははは”と笑い声を上げる。
「そなたがそういうと本当にそうなりそうだな」
王の目元に笑い皺が刻まれたのにココノアは微笑む。
「はい、陛下は立派に王の務めを果たしておいでです。私がお支えします。クロエ家の全ては陛下のために」
レナードはココノアの言葉に嘆息する。
「恥ずかしいな……息子と同じ年のココノアに励まされるなんな」
「あら、陛下こそ私をいつまでも子供扱いされるじゃないですか?」
そう拗ねたように首を傾げればレナードは笑う。そして、再び真面目な顔をする。
「で、学園に通い始めたココに聞きたいことが他にもあるんだが?」
「なんですか?」
その問いかけに目を瞬かせれば王はニヤリと笑う。
「あの二人はどうだ?」
その言葉にココノアは嘆息する。
「陛下、私は王の処刑人です」
「知っている」
「なら……」
「だが、この国はこれから更に混迷を深めていくだろう」
その言葉の意味と向けられる質問の意図にココノアは目を伏せる。国の情勢を知るココノアだからこそわかる。この国は今、岐路に立たされている。どの道を選んでも荊の道を歩く。次代の王を選ぶ時期に来ている王が悩むのも分かる。
クーラ国の次代の王には混迷を切り裂く強き王がふさわしい
王になった人間は孤独の道を歩く覚悟を必要とされる。選ばれたとしてもその道を歩く覚悟を決めるのは王自身だ。自分はその傍らに寄り添うだけだ。王の言葉に目を伏せたココノアはふわりと微笑むと立ち上がり、一礼する。
「陛下。私はどんな方が王となられたとしてもその傍らで“王の処刑人” として寄り添うだけでございます。そして……」
そこで言葉を切ると迷いなく王を見据える。
「王に相応しくないと思えばその方を王から引きずり下ろす。それが私の仕事です」
そう告げると再度一礼し、ココノアは部屋を後にした。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。