11.夜のお茶会
“それ”が届いたのはキースに指示を出してから3日後の朝。
「お嬢様、お食事中失礼します」
その呼びかけにココノアは今日の料理人のオススメスープを飲み込んでから顔を上げる。顔を上げれば、いつもより早く打ち合わせが終わったのかキースが自分の傍らにやってくる。
「何?」
軽く小首を傾げながら問いかけるとキースが口を開く。
「お返事が届きました」
その言葉にココノアは目を瞬かせる。そしてキースが執事から受けったのとおぼしき小箱に視線を移す。そしてその示された小箱が見慣れたものである事に唇を緩めた。キースが無言で蓋を開ければビロードが敷かれた中に封筒が鎮座している。
それはココノアが待っていた“差出人のない手紙”に違いない。
「ありがとう」
そう御礼を述べてからココノアは目だけで白い封筒に宛名が書かれてないのを確認し、銀のカトラリーを置く。そして小箱の中身に向かって白い手を伸ばす。手で触れれば宛名も差出人も書かれていない封筒は質が良いのもが使われている。手に取っていつも通りに裏を見れば見知った印により、封がされている。そのことに微笑むとココノアは無造作に封のされた印を外す。中身は小さなカード1枚。そのカードを取りだして中身を確認すれば書かれていたのはたった一言。
“待っているよ”
たったそれだけの簡素な言葉だが、見慣れた筆跡と封筒に押された印からこれを誰が書いたのか分かる。その返事をまた封筒の中に戻し、箱の中に戻したココノアはキースに優雅に微笑む。
「お返事を頂けたわ。今日の夜お伺いするから“夜のお茶会”の準備をお願い出来る?」
「かしこまりました。お嬢様」
ココノアの言葉にキースが一礼する。
「お願いね」
それだけを返すとココノアは再び朝食を再開する。一方、少女の言葉を受けたキースは一礼し、小箱を抱えて食堂を出ていく。“夜のお茶会“に向けての指示を出すために食堂を出ていくその姿を朝食を再開しながら眺めたココノアは唇に笑みを浮かべた。
ーそれは夜も更けた深夜ー
蝋燭の灯りを元に一人の男性が小さな部屋でお茶を飲みながら本を読んでいた。この部屋は小さいながらに最高級の家具が置かれ、落ち着いた色調で調えられている。悲しいことに宰相や大臣といった多くの人間から常に纏まりつかれている男性にとっては一人に慣れる唯一の部屋であった。この部屋は王宮内にありながらその存在を知るのは時の王とクロエ家のものしか知らないのだ。
「ふむ……」
今、髭を撫でながら本を捲り、用意された最高級のお茶で喉を潤すこの男こそが時の王レオード・クーラ。40代手前の男性は久しぶりに持てた1人の時間に満足気に唇を緩める。今は深夜のため、暗闇に覆われているがここは昼間なら庭園が望める場所にある。そんな部屋でありながらこの部屋が他の部屋が違うのは扉がないことに他ならない。庭に向かって大きく開かれた窓により圧迫感はないが、他は全て壁に囲まれているのだ。
“コンコンコン”
そんな部屋の壁を叩く音に男性は本から視線を上げる。本から視線を上げて暫く待つと壁が動いて漆黒のベールとドレスを身に纏った女性が姿を表す。
「……久しぶりだな」
その姿にレオードは相互を崩す。
「お久しぶりでございます。陛下」
その言葉に恭しく淑女の礼をしてみせた少女の姿にレオードは感慨深げに嘆息する。いつも思い出すのはあの日の事。
“初めましてお目にかかります”
初めて少女の姿を見たのは少女の父が亡くなって1ヶ月後。今のように黒いドレスに身を包んでこの場に現れた姿にレオードはため息しか漏れなかった。まだこんなに幼い少女が自分の“処刑人”なのかと。ベールで顔を隠していてもその幼さにレオードは胸が痛んだ。しかし、あれから5年。少女は見事に歴代の処刑人達と同じように自身の治世を助けている。自分の息子と同じ年の少女の背負うものの重さにいつもながらに胸が痛むのを感じながらレオードはいつものようにココノアに声をかける。
「うむ。元気そうで何よりだ。ココの傍付きから学園に通うと聞いているがどうだ?」
「まぁ、キースったら陛下にまで愚痴を言ってるの?」
その言葉に心外と言わんばかりにココノアが肩を竦めるのにレオードが笑う。自分の王の反応に微笑しながらココノアは“失礼します”と小さく断って向かいの席に腰を下ろす。一国の王に対しての少女の態度から2人の間柄からが親しいものだと分かる。
「何を言う。お前の傍付きの言葉も分からんでもないんだぞ。ココに悪い虫でも付いたらコラードに顔向け出来んからな」
「あら、陛下まで」
レオードの言葉に楽しげに笑い声を上げたココノアにすっと音もなく、メイドが近づいてお茶を出す。
「ありがとう」
お茶を準備してくれたメイドにそう声をかけたらすっと頭を下げて去っていく。その影が暗闇に消えたのを見送って、ココノアはレオードに視線を戻す。
「陛下、お忙しい中お時間を頂きましてありがとうございます」
「気にするではない」
さっそくと言わんばかりに頭を下げるココノアにレオードは手を振る。
「ココは不必要な事で私に“お茶会”の申し入れなどしない。何かあったんだろ?」
「ありがとうございます」
レオードの言葉に微笑を深くし、ココノアは持って来た本を一冊、レオードの前に置く。途端にレオードの眉がピクリと反応する。
「ココノア」
「はい。この近年、王都への農民の流入が激しくなっております」
レオードの促しに淡々とココノアはこの“お茶会”の議題を口にする。少女の手が置かれた本を前に口元に髭を当てたレオードはその本を模した資料の中にクロエ家が調べた情報が詰まってると悟る。
「わが家でも貧民対策は施しておりますが、このまま増加が止まらなければ治安。また国民の国への不信感は増すかと思われます」
その言葉にレオードは嘆息する。
「隣国の産業の影響か……」
「可能性は高いかと」
レオードの確認にココノアは小さく頷き、実際に集めた情報の一部を報告する
「隣国では羊毛を使った産業が急激に発展しております。材料が足らず我が国に商人がやってきてどうやら高く買い付けているようです」
かなりの金額がそこに提示されているためか安定的な収入を得るために羊を放牧する地の拡大のために今までは小麦を作っていた農民を土地から追い出すという騒ぎも各地方で見られるのだ。
「早急に対策を講じよう」
ココノアの報告を冷静に聞いていたレオードは即座に決断する。まだ大丈夫かと静観していたが目の前の少女が動くなら事態は軽くない。王家が長い間、存続出来たのは長年に渡って国を影から支えて来たクロエ家の存在がある。こちらに向けて押し出された本を手に取る。そして、ソファーに背を預け、天井を見上げる。
「我が国は他の国に比べて歴史が長い。その分、他国の急激な発展には追い付けん」
「長いものが突然、動きだせば頭と尾が分離してしまう可能性もございます」
レオードがこの十数年かけて他国の急激な発展に置いていかれないように苦心しているのら皆が知っている。無駄に領土の大きいクーラ国の最大の弱点は国が出した法律が地方で施行されるようになるまで時間がかかる。国全体の舵取りが非常に難しいのだ。だからあえてココノアは微笑んで王に急がすと伝えるのだ。
「国がゆっくりとあるべきところに進むよう。我が家も尽力いたします」
そう口にして頭を下げた少女に天井から視線を戻したレオードは頷く。
「頼むぞ」
「はい」
その言葉にココノアは力強く頷いた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。