10.首席の少女
「リオン、今日の君の態度は誉められたものじゃないよ」
その言葉にリオンは王宮に向かって走る馬車の窓枠に肘をついたまま、視線をヨーゼルに移す。
「何がだ?」
「なにが?暗愚な第2王子ならあんな態度なものじゃないのか?」
リオンの言葉にヨーゼルはため息を吐く。
「別に僕は君が王位を望んでいるかどうかなんて気にしないし、どうでもいいよ。ただ、いくら君が王位を望んでいないとしてもあの態度はないね」
きっぱりとした言葉にリオンは口元を緩める。ヨーゼルとの出会いは10年前。
「悪いが俺は王位に興味はない」
遊び相手として顔を合わせたその日、自分はそう言った。そう言えば自分の権力を目当てにした輩は遊び相手を辞していった。だが、そう言い切ったにも関わらず、ヨーゼルは今も自分の傍にいる。
「なんだ?お前は小言を言いたかったのか?」
そうからかうように言えば、ヨーゼルがため息を深くする。
「君ねぇ……婦女子に対する教育が解放されてもう50年は経つんだ。あの学園は貴族中心とはいえ、優秀な平民も通う学園だ。不用意な発言は控えた方がいい。国民の不満を煽る真似をわざわざしなくてもいいだろう」
ヨーゼルのその言葉にリオンは目を瞬かせ、無言でまた馬車の外に目を向けた。ヨーゼルの言葉はこの国の問題を正確に言い表していると言っても過言ではない。建国から500年を迎えるこの国は今、閉塞感に満ちている。隣国との小競り合いも過去10年を最後に今は平和を保っている状態だ。国が平穏だからこそ、国民は国の体制に不満を抱く。外敵な脅威がないからこその悩みだが、ここ数年その兆しは高まっているのだ。その事を違うことなく指摘され、ため息を吐いたリオンはヨーゼルに向かって肩を竦める。
「分かった。以後、少し気をつけるさ」
「そうして欲しい」
主から自重するという言葉を貰ったヨーゼルは胸を撫で下ろす。出会ってからもう10年になるがこの王子は本当に欲がない。出会ったその日から王位をいらないといい、まかり間違って同じ学園の3学年上に在籍する第1王子を差し置いて王に選ばれたくないと考えからか周りから“暗愚の王子”と呼ばれても彼がその意思を変えることらない。それに疑問を感じて聞いたらリオンはこう答えた。
「安定した治世にわざわざ後継争いを起こさなくてもいいだろう」
今の情勢で考えれば同腹の第1王子、第2王子のどちらが継いでも特に問題が起きる訳ではない。しかし、情勢を分かっていての態度だと思ってもヒヤリとはする。国際的な流れも考えれば少しでも危険を避けるにはこした事がない。リオンの言葉に安堵しながらも、ヨーゼルは肩を竦める。
「まぁ、君の演じる第2王子でなくても彼女の成績を見ればああ反応したくもなるね」
その言葉にリオンは初めて嫌そうに顔を歪める。その反応にヨーゼルはため息を吐く。彼女との出会いは1ヶ月ほどにまで遡る。王位に興味はなくともリオンは王族足るものが馬鹿なのは許せなかったらしい。兄のスペアとして帝王学を治めるリオンが今年の学園の首席入学者だと疑いもしなかった。
だが……
「ココノア・クロエ」
「はい」
王子が入学式の答辞を務めるものだと信じていた式の最中に呼ばれた名前。涼やかな声と共に立ち上がったのは1人の少女。
“女”
校長に名を呼ばれて立ち上がった少女の姿に周りがざわめく。50年前に婦女子に教育が解放されて初めて少女が学園の入学式の首席として答辞としてたったのだ。周りがざわめく中、自分の名前が呼ばれると信じて疑わなかったリオンの拳が握られるのをヨーゼルは見た。目の前の幼馴染は全力で否定するだろうが本人が昼間に起こした騒ぎの一端はにリオンの本音も入っているとヨーゼルは予想している。学園では“愚鈍な王子”を演じてはいるがリオンも自分も学園に通う貴族の子息達とは比べられないほどの知識と教養がある。愚鈍でありながらもまして周りの子息達に侮られないように差をつけるつもりでもいたのだ。しかし、そんな自分達の計画を狂わせたのはただ1人の少女。
ーココノア・クロエー
同い年でありながら自分達と同じかそれ以上の知識と教養を兼ね備えた麗しの少女は自分達の想像を遥かに越えていた。女性として初めて学園の入学者代表として答辞を受けた少女はその能力の高さを遺憾なく発揮している。
「クロエ家と言えば侯爵家には見合わない離れた辺境に領地を持つ田舎貴族の筈だろうに」
馬車の窓から外を眺めたリオンは忌々しいとばかりに吐き捨てる。5年前に当主が亡くなってからは社交界にも滅多に姿を表さない幻の貴族とも噂されていたクロエ家。自分達と同い年の娘が1人残されたとは聞いていたがあの存在は予想外だった。リオンの言葉に記憶に刻まれている貴族名鑑を捲っていたヨーゼルも頷く。
「確かに……彼女は自分を普通だと信じているけど彼女は普通じゃないからね」
その言葉にここ1ヶ月の同級生となった少女の言動の言動を思い出したリオンは“ふう”とため息を吐く。愚鈍な王子を演じる自分を苛立たせる存在にリオンはまた一つため息を追加する。
「本当にあいつは何者なんだろうな……」
ココノアにも問いかけた一言を繰り返し、リオンは再び窓の外に視線を移した。
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