第四話 新生活始めます 3
8:00
「あらためて、本当にごめんなさいね。」
そう言って謝ってくるのは、先ほど抱き着いてきた女性、沢村 夏姫さん。
あれから人違いに気付いた夏姫さんはお昼も近いということで、俺を伴ってドリーマーシティ内にあるBOMの木という外食チェーン店へ入る。
その道すがらお互いの簡単な自己紹介を済ませている。
ここはオムライスメインのお店で、今までは入ることもなかったのでメニューを見ているだけでも結構たのしい。
ここはオムライスドリアとやらを頼むか。
ちなみにここの払いは沢村さんが持ってくれるそうで、俺は遠慮なく受けることにした。
日本人ならそういうのは断るべきと思う人もいるかもしれないが、もちろん俺もただの好意による物などであったら断ったかもしれない。
しかし今回は謝罪の意味も含まれているのだ。 これを断るということは謝罪は受け付けないと言っているような物である。
向こうとしても奢ることで罪悪感を減らせるはずである。 なので俺はこういう物を拒否することはめったにない。
「それだけでいいの? デザートもあるわよ?」
と沢村さんがデザートのページを見せてくるが、それはお断りしておいた。
この姿になってから前よりも胃が小さくなっている気がするのだ。
「それにしても本当にそっくりね…… 美咲より若く見えるけど、って中学生だったかしらね? 美咲は高校生だから当たり前か。」
そう彼女が俺と間違えたのは彼女の妹、美咲さんだった。
彼女は例の事件があった電車に乗っていたらしい。
そして多分彼女は俺がよく見かけていた美少女の可能性が高いと思っている。
そしてその生死は……
「本当は分かっているつもりだったの。 被害者名簿にも名前が載っていたし、遺体確認も今日してきたのにね。」
むしろ分かりたくなかったのかもね、とそう言って沢村さんは力なく笑った。
彼女は小さな出版社で記者をしているそうで、今まで他県に出張していたそうだ。
出頭からやっと自宅に帰り着いたら警察から留守番電話が入っていて驚いたそうだ。
その後に電車事故のことを知り、どうもなぜかほとんど情報が入ってこなかったらしい。
そこらへんは推測だが、同僚が気を使ってしまいその事を告げにくかったせいではないだろうか?
そして、つい先ほど遺体確認してきたらしいが。
「遺体は、よくわからなかったわ。 損傷が激しくて、そのせいかこれは美咲じゃないんじゃないかって。」
彼女は頼んだコーヒーに口を付けた後そう言った。
その後、ふらりと立ちよったショッピングモールで俺を見たときはやはり生きていたのだとそう思ってしまったそうだ。
「凛ちゃんにはまだわからないかもしれないわね。 家族を亡くす気持ちって。」
その沢村さんの今にも消えそうな表情を見た瞬間、俺は無意識に口を開いていた。
「わかります。 お、私もその事故で兄を。」
ってなに口走ってるんだ。
たしかにそういう設定だったが……
恐る恐る沢村さんの顔を見て見ると、驚愕に目を見開いていた。
美人はそんな表情でも美人なんだなと変な発見をしていると、突然テーブルの上に置いていた両手を掴まれていた。
「凛ちゃんもなのね。 ごめんなさい私ばかり……」
その後注文したオムライスドリアを食べ終えた後、彼女は宣言するかのように言った。
「私、この事件を調べてみるわ。 どうもただの列車事故じゃなさそうなの。」
そう言った後、お互いの連絡先を交換し別れた。
あの事件を調べる事による危険はあるのだろうか?
そう思ったが俺が出来ることはあまりなさそうだ。
もし危険があったときのために連絡先を交換しておいたが現状ではこれが精一杯だろう。
『リン、彼女は…… いやなんでもない。』
彼女を見送る俺にジークが言ってきたが返事はしなかった。
「……帰るか。」
俺はそれだけ言うと店を出ることにした。
その店内で起こっている事にも気づかないまま。
~店内にて~
「だからもっと高い宝石を見せなさいっていってんのよ!」
きらびやかな宝石店スペースにて低いが辛うじて女性と分かる声を張り上げる者が一人。
彼女は松下 冴子。
同県にあるとある会社の前社長の夫人である。
二年前、夫である社長を亡くしその子供が会社を引き継いだ。
家族仲はあまりよくなく、息子夫婦とは別居中である。
会社経営自体は無難にまとまっているのだが、世間では内情は火の車だと言われている。
それは彼女の浪費癖が原因であろう。
夫の遺産を使い果たし、今では会社の金をも使っていると。
夫の遺産を食い散らかすがごとき勢いは、周りの者達からは忌避の眼で見られていた。
勿論、彼女にも言い分はある。
息子に社長の座が移った途端、質素な暮らしをせよというのか?
そんなことをすれば周りはどう思う?
息子に変わって経営が危ないと、そう賢しらに嘯くのではないか?
ここは何時も通りの行動こそが息子への援護射撃になるのだ。
だが、その息子でさえ自分の行動を理解してくれない。
そんな周りの理解のされなさがが彼女をさらに金遣いを荒くしてしまう。
それがただ己の欲望を満たすための言い訳である事を理解しないまま……
彼女が、その思いを内に秘めていることなど知りもしない店員を憎々し気に睨んでいるその頭上で異変が起きた。
天井すれすれに突然一枚のカードが現れたのだ。
そのカードはクルリ、クルリとゆっくりと回転しながら彼女へと落ちていく。
だが誰もそのカードに気付かない。
いくら天井付近に現れたといってもだ。
そもそも今は彼女の頭上付近にあるのだ。
いや、むしろまるでカードが見えていないかのようだ。
クルリ、クルリとカードは落ちる。
クルリ、クルリと物理法則をあざ笑うかのようにゆっくりと落ちる。
クルリ、クルリ。 ゆっくりとだが確実に彼女に向かっていく。
そして、カードは彼女へと”堕ちた”。
そしてカードが彼女の頭の上に落ちその姿が消えた時、彼女の身体がビクリと震える。
彼女の剣幕に辟易としていた店員は、その様子に不審げな顔を向けた。
「「これはいい素材ですな。 欲望に忠実でそれに素直で実にいいっ!」」
店員はギョっとした。
彼女の口から彼女とは違う”男性”の声が聞こえたからだ。
それも彼女の声と共に。
だが店員の驚きはそれで収まらなかった。
なんと店内にある宝石の類が一斉に彼女へと吸い寄せられたのだから。
そして……
ソレは現れた。
彼女の体型を覆うように宝石たちがその身を飾り付けていく。
その相撲取りのような体型のせいかコミカルな印象を受けるが、異質であることに変わりはない。
その怪物は今だ足りないのかさらに宝石を求めた。
今度は客に向けて手を伸ばす。
その様子を見た店員や他の客は慌てて逃げ出した。
パニックになりながらも外へ外へと。
「「もっと宝石をオオオオオオオオッ!!」」
これがのちにクリミナル・ジュエルと呼ばれることになる特異犯罪者の内のその一人の誕生であった。
To Be Continued……
次回、戦闘回です。