婚約破棄された聖女は、二度嵌められ幸せを掴む
放置していた聖女もの。
仕上げてみました。
温かい目で読んで頂けたら嬉しいです。
※ちょっとだけ、最後の方を書き足しました。
「ライラ・カーコフ。魔女のおまえが聖女の名前を騙っていたという事実が、この聖女梨那によって証明された。聖女と偽るだけではなく、呪詛によりこの世を混乱に陥れた罪は重い。よっておまえとの婚約を破棄するとともに、梨那を正式な聖女に任命する!」
「この者は審議するまでもなく魔女だ!」 by宰相の息子
「魔女ならば今すぐに処刑すべきだ!」 by 教皇の息子
「公開処刑、火あぶりしかない」 by 騎士団長の息子
「聖女梨那の言うとおり、魔女だ!」 by 侯爵の息子
なんだこれ。
目の前で行われる茶番に、バカらしくなって出てきた言葉。
いつもなら使わない言葉遣いが出てきたと思ったら、くらりと立ちくらみを起こした。
一体何なのよ!
立っていられなくなって、思わず膝をついた。
頭が割れるように痛い。
頭を抱えるように蹲ったライラに、糾弾していた者達は聞くに堪えない嘲りの言葉を呑み込んだ。
酷い頭痛が襲ってきて収まったと思って顔を上げれば、…死んでも(一度は死んでるけど)忘れられない顔が目の前にいた。
「よくもあたしの前に出てこられたものね。向こうの世界では人殺しのくせに」
するりと出てきた言葉は、自分でも驚いた。
完全に以前のあたしが出ていたよ。
唖然としている男どもはどうにでもなるとして。
こんなことをこの場面で言っても、余計に状況が酷くなるばかり…でもないか。どうせこのままならどん詰まり。下手すればあたしは国外追放ではなく、生涯軟禁か処刑の可能性もあるのだし、今更引っ込める言葉もないのだから、最後まで闘ってやろうではないの!
そう決心させた目の前では、異世界より召喚された聖女『梨那』がライラを睨んでいた。
梨那こそがライラがこの世界に転生することになった原因の一つで、あたし愛桜は元の世界で死ぬことになったのだ。
「どういう意味だ。人殺しはおまえであろう」
ライラを梨那と共に糾弾している男、ダニエル・ヘルストレームはこの国の王太子。婚約破棄された今は元ライラの婚約者になるが、誰も映さない瞳で言い放った。
可哀想な男。完全に操り人形とされている。きっと態度が変わり始めた時には、もうこの女の洗脳に呑まれていたのだろう。
前世の記憶を取り戻すまでは恋愛に疎く、聖女として酷使されていた為そんな余裕も無いから気づきもしなかった。
厳しい断罪が行われている中ライラが落ち着いて考えられるのは、前世で梨那に煮え湯を飲まされてきた25歳の時の記憶があるからだ。
それにしてもこの女、ライラが現在17歳だから単純計算で言えば42歳になるはずだが、見た目は20歳ぐらいにしか見えない。これはどういう事なのだろうか?
時空間を曲げてこの世界に来たとしても、おかしい。
梨那のステータスが見えないかな?
以前のゲームのことを思い出して、そんなことを思った。
名前 工藤 梨那 20歳(実年齢32歳)
職業 呪術師 レベル 30
スキル 呪詛・祈祷・黒魔術
見えちゃったよ。
これってあたし本当の魔女だったりするわけ?
まあ、そんなことよりも…。
ん?実年齢が32歳?
自分が死んで向こうの世界では7年しか経ってないってこと?
それでいて呪術師ってことはスキルにもあるけど、色々と善も悪も等しく出来るわけね。
祈祷があるから聖女として活動したときに、不浄な地もある程度緩和されたし、黒魔術があるから精神感干渉が出来る洗脳が使えたわけか。
魅了とかもこの男に限らず一緒に糾弾している男達に使っているんだろう。
どこにいても、相変わらずゲスな女。
向こうの世界でも散々人の男ばかり奪って、女が泣くのを楽しんでいた。ただ唯一手に入らなかった男勇二が欲しくて、あたしを追い詰め階段から突き落とした。
普通ならば脅しとして骨折ぐらいで済んだのだろうけど、まさかそこにドンピシャで車が突っ込んでくるとか、笑えない冗談だけどホントの話。その後の記憶がないから、きっと即死だったのだろう。
その後梨那がどうなったか知らないが、ここにいて同じ事を繰り返しているということは、全く反省していないと言うことだ。
情けをかける必要なし、と。
思い出しただけでも怒りで我を忘れそうになるが、前世はもう終わったことだ。あの女を正しく断罪するには、冷静でいなければならない。
―――…うん。
大丈夫。
改めて考えてみた。
今回問題とされたあの村では、人々が呪われたように干からびて死んでいった。今まで土地が呪われて作物が出来ない、水が毒になるなどはあったが、人間がそれを受けたことは無かったのだ。だからこそ問答無用で審議が行われることになり、それが魔女裁判となっている。
これは梨那があたしに罪を被せる為にかけた、呪詛のせいなのだろうか?
それともただ、祈祷が効かなかっただけのだろうか?
あんたが聖女として活動して起きた問題が、何故あたしのせいになるのか、本当によくわからない思考の塊だよ、梨那。
手をこまねいているだけではダメだ。形勢逆転の為にまずは自分のステータスも確認を。
名前 ライラ ・ カーコフ(呪)
職業 魔術師 レベル10→30覚醒 (聖女・レベル25→40覚醒)
スキル 鑑定(聖魔法・治癒・*****)
思いっきり自分が呪われていた。道理であいつがやってきた2週間後に聖魔法が使えなくなったわけだ。
呪詛返しが出来れば全て解決ってわけね。
前世の記憶が戻ったら何故か覚醒した。
だから現在のレベルが梨那と同じならどうにかなるはず!
「工藤梨那、32歳。若く見えるけど、かなり目上の方だったのね。ダニエル殿下が年上の女性が好きだとはしりませんでした。小娘である私が殿下のお相手にならないことがわかりました。婚約破棄をして頂いて、ありがとうございます。お互い不幸にならなくて良かったです」
ダニエルが驚愕の顔で梨那を見ている。
「それに呪術師のあなたがあたしにかけている呪詛を、のしを付けて返してあげるから待っていなさい」
年齢を言い当てた途端にワナワナと怒りに震える梨那に向かって、ライラは宣言した。
****
あたしの名前は、ライラ ・ カーコフ。ジョン・カーコフとマリア・カーコフとの間に生まれた伯爵令嬢。
12歳の時洗礼を受け聖女としての素質有りと認定された。
その後は国から編成された騎士団と供に、聖女として各地を廻り不浄な地を浄化して廻った。そう、まだ子供と言える年齢から5年間も戦いの中に身を置き、国のために働いてきた。
それを魔女だの呪詛をしただの、バカじゃないの。
ほんと、バカみたい。
あたしの今までの苦労を、なんだと思ってんのよ!
お年頃の令嬢のようにひらひらとしたドレスでも着て夜会にでも行けば、目がつり上がりきつく見られがちな顔も、多少は馬子にも衣裳とばかりにお金持ちに自身を売り込むが出来る。そうすれば困窮した伯爵家に援助も得られた、と思う。
――そのチャンスさえなかった。
しかもお茶会に呼ばれてもすぐに教会のからの使いが来れば、ドレスからダサいローブに着替えて、みすぼらしい馬車で向かわなければならなかった。
お布施は教会に、聖女と言うだけでただ働き。
記憶が戻らなければお人好しという名の間抜けで、報酬のことなど考えてもいなかっただろう。
世間知らずというのは、どこまでも愚かだ。
ブラック企業も真っ青だよ。
さて呪詛返しの準備をしながら、答弁を続けましょうかね。
「ライラ。いい加減に、罪を認めたらどうだ!」
「そうだ。聖女梨那の慈悲があるうちに!」
「では、説明して下さい。あたしが12歳からやって来たことは、何だったのでしょう?聖女と言うだけで身も心も蔑まれるかのように、報酬も払われずに働かされてきた理由はなんですか?」
今までライラ・カーコフの魔女審議のため、固唾を呑んで見守ってきた領主の者達はここでなら反論できると声を荒げた。
「バカバカ過ぎる。今まで5年の功績がありそれを評価もしないで、たった2週間浄化できなかったぐらいで魔女だという。しかも12歳の少女を休みなく無給で働かせておくなど、教会はいつからそんな守銭奴に成り下がった!」
「ただ働き?バカな!領主としてかなりの金額をお布施として教会に払ったぞ!どういうことだ、教皇!」
「それは我らも同じ。かなりの額を吹っ掛けられて、なけなしの金額を払った!だからこそ、成り行きを見届けに来たのだ。説明を求む!」
「では儂の土地が浄化されなかったのは、お金を出さなかったからか?」
「えーと確か、ノウル地方のブラン男爵様ですわよね?」
「そうだ。教会に何度直訴しても、聖女が向かうのに見窄らしい馬車ではダメだと。修繕には金が掛かるとまでハッキリと言われた。国から補助が出ているはずだから、あり得ない話だった」
「それは多分ここ二週間ぐらいのことですわよね?」
「そうだ」
「この梨那が聖女となったからですよ。あたしを呪って聖魔法を使えなくしましたから」
「どういうことだ!我々に分かるように説明してくれ。断罪をしている者達よ。そして教皇にも説明を求む」
審議の矛先を変えられ、次々と反論されことに誰も答えることが出来なかった。ことの成り行きを見守っていた教会のトップである教皇は、梨那と同じように怒りとも怯えともわからぬ顔つきで震えている。
きっと聖女梨那の要求だとばかりに、もっとお布施という名の摂取を目論んでいたのだろう。
欲をかくから破滅を呼んだ。それに同情の余地はない。
それにしても相変わらず悪知恵だけは働くな…あの女。
思いつく黒魔術を考えて調べてみると、やはりこの部屋全体に負の感情を高める魔方陣が仕掛けられいた。先ほどまでその負の感情により更に魔方陣が強化されていたが、ライラが助けた者達が強い意志でこの場に挑んでくれた為に、負の魔力の供給が少なくなり発動が弱まっている。
いい感じに綻んできた!
もう一息で呪いが解けそう!
「論点のすり替えをするな!」
へえ、そんなことが言えるんだ。ダニエル王子。でもね、結局すり替えてるのはあんたも同じ。
「そう言われましても、5年の実績とたった2週間の実績。どっちらの言うことが正しいのでしょうね?どう思われますか?皆様!」
「そうだ!そうだ!どっちが聖女として相応しいと思っているのだ!」
「それは…」
「煩い!煩い!煩い!」
騎士団長の息子の様子が急におかしくなった。
唾を飛ばし、目は瞳孔開き放しで完全に逝ってて、剣に手をかけようとしている。
ステータスをこっそり見たが、呪いの進行がかなり深まっていた。このままこの男を放っておくと呪いの媒体となり王都が穢れる!
もう!あと少しで魔方陣が壊れそうだったのに。あいつのお陰で力が漲っちゃってくれたじゃないの?!
ここは強引にでも呪詛返しをするしかない!
「世の理を破壊せしめんとす邪よ。正しき道へ導く聖なる光により、罪をその身をもって償え!」
卵から孵る雛のように、光を身体の中で祈りによって作り出す。あたしを囲んでいた黒い膜が煙のように立ち上がり、ゆっくりと光に包まれて消えていくのと同時に、その膜は梨那の方に向かっていった。
呪詛返しの成功だ。
みるみるうちに、梨那の皮膚は張りのある20代の肌から30代の肌になり、騎士団長の息子を始め、洗脳されていたすべての者達から黒い膜が剥がれ、梨那に戻っていく。
5分もしないうちに美貌で名を轟かせた容姿はどこにもなく、老婆のような皮膚にまで成り下がった。
自分の手の皮膚を見て、顔を触って老けたことを知った梨那は、この世界を呪うように呪詛を歌い始めた。
させない!
あなたは、—―――やり直した方が良い。
あたしは神ではないから判断は天に任せるとして、あなたを送るわ。
『聖なる光よ、暗黒へと落ちし魂を導け』
光の魂となって真っ新な人生を始めるのか
それともここに来た記憶を消されて元の世界に戻るのか
この世界で罪を償うのか
全ては神の御心のままに。
光が収縮した後に残されていたのは、ダニエルが贈ったとされる王家ヘルストレームの家宝
『ホーリーグレイル』(聖杯)とされし、貴重な3カラットのダイヤモンドのネックレスが残されていた。
…なるほど。これがあったから本来にない力を発揮して、聖女と言われたあたしに術を掛けられたのか。
この国を呑み込んでしまうほどの未曾有の出来事に、誰も動けない。
変色してしまっているそれを元に戻せるのも、多分あたししかいない。ここに国王でも居てくれたら問題を起こさないように出来たのだけど、頼りのノルベルト・ヘルストレーム国王は病で臥せっておられるし。
ネックレスをあのままには出来ないけれど、今すぐ危ないものではないから様子見ることにする。
正直これ以上厄介ごとを自ら引き受ける気は無い。
誰かが拾ってくれたら、ラッキーだ。
それよりも!
人生やり直しを求めるあたしとしては、教皇の断罪をしたい。ここで中途半端にしてしまえば、この先もあたしはお先真っ暗だし、同じような運命を国民が受ける。それだけは避けたい!
「教皇様、この結末にどう対処されるおつもりですか?ま・さ・か!あたしに払うべき報酬を着服し、国からの補助金を横領などされてませんよね?――冤罪を着せられ、伯爵令嬢のあたしをここまで大勢の前で辱め、晒し者にしたのです。納得がいくご説明をお願いします」
「そんなことより、聖女莉那は…」
「それこそ貴方方が生んだでっち上げで、ただの呪術士を聖女と偽って国中を欺いた罪は大きい。それにより亡くなられた方への補償金も含めて、あなたの罪を問います!!」
「えええい!黙れ小娘!お前如きが儂を断罪出来るとでも思っておるのか!」
「…本当に、往生際が悪いですわね。今からあなたの罪状を読み上げてもよろしくてよ?証拠など探せばすぐに見つかりますから」
「なんだと!」
「まず初めに10年前に教皇になる為、その時の宰相であったワークス様に、賄賂を渡したことから始めますか?」
その時何処からか攻撃魔法が飛んできた。
これくらいなら対処できる、と悠長に構えていたがその衝撃は一向に来なかった。
あれ?この背中…誰?
「聖女ライラ・カーコフをこの私ラルフ・ウォーロックがお守りすることをお許しくださいますか?」
「ラルフ・ウォーロック様!隣国の王太子である貴方様が何故ここに…」
「詳しくは後で」
そうでした。ここで認めなければ、他国の王太子がこの国の教皇に剣を向けた罪が発生する。
「はい。私聖女ライラ・カーコフの名において、あなたを騎士と認めます」
そうこの国では代々聖女は自分の騎士を任命することが出来た。今までも何度か信頼できるものを傍に置きたくて、お父様もお母様も尽力してくださったが、教皇からそんなにこちらの騎士が信用ならないか!と恫喝されれば、従うしかなかったのだ。
その騎士に隣国の王太子が当たるのかどうかは、後から考えればいい!
ラルフ王太子の護衛らしき方々と、事の成り行きを見守って下さっていた侯爵様や伯爵様の騎士たちが入り混じり、一触即発という状態だ。
どれぐらい睨みあいが続いただろうか。
「そこまでだ」
威厳ある声が響いた。
ノルベルト・ヘルストレーム国王だ。
すぐに皆国王に向き直り、礼をとった。
教皇が言い訳を口にしようとしたが、それさえも威圧で控えさせた。
流石だ。
「ライラ・カーコフ嬢、そなたの今までの働きに感謝する」
「とんでもございません。神の御心にて力を行使したまでです」
「必ずや真実を突き止め、今までの働きに報いる報酬を与えよう」
含みのある笑顔であたしと隣に控えているラルフ王子を見た。これってどういう意味が?
まあ、後で詳しく話して頂けるみたいだから、その時にでも。
それよりも、これでやっとカーコフ伯爵家の復興が出来る。今まで質素な暮らしをしてきたが、財政はかなり苦しかった。土地が穢され野菜を育てることも、住むことも難しくなった村人が難民として流れてきたとき、全て受け入れることをお父様は決めた。そのことに反対もせず、領民は難民たちを温かく迎えてくれたのだ。その為食べることは出来ても、享楽を楽しむことは出来なかったはずだ。
一生懸命に働く領民にも、何一つ返せるものがなかったことが苦しかった。
伯爵令嬢としてどこかに嫁いで、援助願うことも。
お茶会に出席して情報の一つも手に入れることも出来ず、また寄付を募ることも出来なかったのに、誰も責めたりしなかった。
そんな領民がとても大切だ。
「ありがとうございます。やっと領民に今までの恩が返せます」
聖女ではなく、伯爵令嬢としての務めも果たしたい。
前世を思い出した今は、チートだと思う知識と新たに得たスキルを元に、改革をするつもりだ。
最悪行き遅れになっても、収入を手に出来るのであれば、無理に何処かへは追いやられないだろう。という打算もあるけど。
「そして、オーラフ教皇。そなたを横領罪及び反逆罪で教皇の座を罷免する。今すぐにこの者を捕らえよ」
「何の証拠があって!」
「先ほどライラ嬢が申してたではないか、前宰相ワークスへの賄賂があったと。それに関してもだが、ワークスの死にも関与されたという証言を得ておる。言い訳は牢の中で聞こう」
暴れる教皇は近衛兵に床に押しつけられ、すぐに捕らえられた。
「そして洗脳されていたとはいえ魔女審議という名の元に、正当な聖女を貶め辱め、国中を混乱に陥れた罪は重い。これらに加担した者すべて、追って沙汰があるまで謹慎を申し付ける!そこの者たちも全員連れていけ」
洗脳が解けて放心状態になっている者たちは、近衛兵に起こされ連行されていく。その中には元婚約者のダニエル王子もいたが、そこになんの感情も揺れなかった。二人で会ったのなんて5年で数えるほどで、色恋的な話は一つも無かったのだから、当たり前かもしれない。
近衛兵に連れられていく途中、こちらを一瞥するものの最早何も出来ないことを悟っているのか、自分のしでかした大きさに慄いているのか、すぐに項垂れたまま目の前を去っていった。
「さてラルフ・ウォーロック王子、貴殿にも我が国のことで手を煩わせ申し訳なかった」
「いいえ、私も許可を得る前に騎士に任命して欲しいと願い出ましたので。それにライラ・カーコフ嬢の無事が確認できましただけでも、僥倖です」
「――感謝する」
ライラを巡り視線だけで微妙な駆け引きが行われていたが、ライラがそれに気づくことはなかった。
「ライラ嬢、ダニエルの身勝手な婚約破棄、ラルフ王子の騎士のこと、今までの報酬のことも踏まえて、後日改めてカーコフ家に使いに出すことにする。それまで養生して欲しい」
「ありがとうございます。では今すぐに『ホーリーグレイル』の浄化を行ってもよろしいでしょうか?」
「…頼む」
「そなたが身に着けてくれたらと密かに願っていたのだが、それはもう残念ながら叶わないだろうな」
頼むと言われた後に、小さく呟かれた言葉にライラは首を傾げながらも、目の前のネックレスが気になっていたので、それを拾って手にした。
『聖なる光よ。邪を遠ざけよ』
纏わりついていた黒いものがフワッと浮き上がり、煙のように消えていった。
鑑定して浄化できていることを確認して、ネックレスを掲げた。
「これを陛下に」
元々仕舞われていたジュエリーボックスを持って、近衛兵がすぐにやって来た。
ローブの袖でネックレスを持ち、丁寧にその中に収納する。浄化する時ばかりは流石に仕方なかったが、浄化された今は出来る限りそれに触れないように気を付けた。
「やはり知っておったか」
王の呟きは聞こえなかった振りをした。それが不敬罪に当たるとか、今日ばかりは言われることはない。
多分覚醒する前だったらきっと触れていたと思う。でも今は隠れていたスキル『真実の目』が開花され、鑑定をしたときにネックレスの秘密を知ってしまった。
ダイヤのネックレスは意思を持っていて、それに認められれば王妃または王になることが決定されるらしい。
ただの貧乏伯爵家の娘に、そんな大役が務まるわけがない。本当に国王は何を考えているのか。
この時ライラはダニエル王子と婚約していたことを、すっかりと忘れていた。
「ラルフ王子、我は賭けに負けた。後はライラ嬢の気持ち次第だ」
「陛下、寛大なご決断感謝いたします。では私は私で動かせていただいても宜しいですか?」
「問題ない。ライラ嬢の騎士になられたのだろう?」
「ええ、ライラ嬢は意味をお分かり頂いていないようなので、この後じっくりと」
「ほどほどに、よろしく頼む」
「ありがとうございます。善処いたします」
ライラは二人の会話を聞きながら、全く理解できていなかった。自分のことなのに、上の者同士が話し合って決めている。それは国として正しい。以前の自分なら、良しなにとでも言いそうだ。だけど前世の記憶も併せ持ってしまった為に、自分のことを自分が理解できていないということが苛立ちに変わる。
何故、ラルフ王子がここに居たのか。
何故、あたしの騎士になるということが関係してくるのか。
気になることは考えればもっとあるが、それよりもライラにとって今一番大事なことは、早くここを辞させて欲しいと願うばかりだ。
前世からの過去の清算が出来色々吹っ切れたことと、審議という名の断罪をやり込めることが出来た達成感で、緊張の糸が切れ始めた。少しでも気を抜いたら立ったままでも寝てしまいそうだ。
流石に行き遅れになってもいいが、聖女として過ごしてきた女がこれ以上大勢の目がある前で無様な姿を晒すわけにはいかない。お父様か兄上がここに来てくださってたら!
気配を辿りながら探すと、ケイン兄さまが心配そうにこちらを窺っていた。
これなら…。
「陛下、ラルフ殿下お話し中申し訳ございません。私はここを辞させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ、気付かずすまない。ゆっくりと休むが良い」
「ありがとうございます」
「それでは私が…「兄のケインが参りましたので」」
嫌な予感しかせず、遮ってはダメだと分かっていても、抗うように言葉を述べた。
「では、あなたの騎士たる私の存在意義は…」
うが―――――ッ
これか、これなのか!
あの意味深な国王の視線は!
悪いけどここは鈍感女に徹して、華麗にスルーが望ましい。
「お気遣いありがとうございます。これ以上私如きの為に、ラルフ殿下の御手を煩わしてしまうのは恐れ多く」
「では、言い方を変えましょう」
あああああっ―――――ッ、き・き・た・く・ない!
目の前で跪かないで。こっちを見ないで。微笑まないで!
「ダニエル王子と婚約を解消されたと聞きました。こんな時に申し出るのは卑怯かとも思ったのですが、チャンスはいかせませんと」
ああ…背中にいやな汗が流れ始めた。
流石に王子の言葉をこれ以上遮るわけにはいかない。
「私の妃になって頂けませんか?」
言っちゃったよ。この王子…。
笑顔が黒すぎて、怖いです。
――ケイン兄様は…どうやら立ったまま、気絶している。
「どなたかと「間違っていません。ライラ嬢」そうですか」
もうダメだ。頭と身体が追いついていない。明らかにキャパシティオーバーだ。しかもまだ17歳だというのに、過労死寸前のように身体は疲れ切っている。
ここでさらし者になった方があたしには利がある気がしてきたので、限界とばかりに意識を手放した。
遠くで謝罪の言葉が聞こえたが、そう思うならやるな!と恨み節を唱えながら、完全に闇へ溶けこんだ。
目を覚ましたのはどうやら三日後。
あの後は有無も言わさずラルフ王子がケイン兄様と一緒に、カーコフ家に運び入れてくれたようだ。
その後毎日見舞いに来てくれていたようだが、ラルフ王子といえども未婚の女性が寝ている部屋に通すことは出来ない。
最低限のおもてなしだけして、お帰りになって貰ったようだ。
「この家を見て、さぞ驚いたでしょうね」
商人の家の方がきっと物があるくらいだと思う。
「それよりも、もう身体は大丈夫なの?」
かなり心配をかけたみたいで、目の下のクマがいつもよりも濃く鎮座していた。
「もう大丈夫です。それよりもお母様の方が心配です。すぐにでも眠って下さい」
「そうね。流石に丈夫な私でも、ちょっと疲れたかしら」
そう言って部屋に入られた途端にお母様は気を失うように、眠ったらしい。
審議という名の魔女裁判というだけでも心労をかけたのに、何故か他国の王太子が出入りするとかあり得ない事態ばかりが続いている。やっぱり前世から祟られているのかしら?
しばらくぼんやりしていると、今度はお父様がやってきた。
「ライラ、大丈夫か?」
「ええ、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「…そうか」
「どうかなさいましたか?」
いつも以上に落ち着きのない父様に、嫌な予感しかありません。
「あー、ライラ。よーく、心してお聞き」
「はい」
「この度正式にライラは聖女認定された。ここまではまだいい。これからが本題だ」
父様の様子に、おもわずごくりとツバを飲んだ。
「この度近隣諸国で話し合いが行われた結果、各国代表者が選出されることになった。その者達と供にライラは浄化の旅に出ることになる。
このグラニッド王国からライラが聖女として、ヒュドール王国からラルフ殿下がおまえの騎士(剣士)として、隣のイストモス帝国からアリサ嬢が魔術師として、アエラキ王国からレオン殿が治癒師として4人でパーティーを組む。正式な発表はおまえが全快してから発表され、大々的に任命式が行われる」
なんですと!
あの腹黒王子、こんなことを考えていたのか。
でもそれなら別に妃じゃなくても、聖女として隣国の浄化にいけばいいことだよね?プロポーズはこれが叶わなかった時の最終手段だったのかもしれない。
ヒュドール王国も瘴気が広がってきていると噂されていたし。
そう思うと気が楽になった。
ライラは12歳から17歳まで教会に縛られていたために、ある意味常識が欠落していた。またそれを穴埋めするだけの知識は前世でしかなく、他国の王太子が自国の国王の前で令嬢に跪いて愛を恋うことが、どれだけの影響を及ぼす世界なのかを理解していない。
またラルフ王子のことも、甘く見ていた。ラルフ王子がライラを逃すつもりがなく、パーティを組むことから始まり、気がつけば国中から外堀を埋められ、頷くことしか出来ない状態になっていくことをしらない。
そして大々的に行われる任命式の本命が、ライラとラルフの婚約式だと気付いた時には、ライラの将来が決まっていた。
うっそ!
「本当だよ。ライラ嬢。愛してる」
ライラは初めて嵌められたことに気がついた。
やられた!
「諦めて私に早く堕ちておいで」
紅くなる頬に触れた指先に翻弄されながら、ライラはそれを拒めないでいた。
嫌じゃない時点で、あたしの負けだ。
「…お手柔らかにお願いします」
「善処しよう」
こうしてライラはラルフ王子に嵌められたが、今度は幸せを掴むことが出来た。
その後浄化の旅は順調に進み、ライラがやっていた5年間はなんだのだろうかと思ったぐらいだ。
それもそのはず、ファンタージ―ならではの交通手段が他国にはあったのだ。
アエラキ王国の竜だ。
初めて見たときには思わずよろめいてしまったが、慣れてしまえばとても可愛かった。
その竜に取り付けられた籠に乗って、各国を回ったのだ。
時には大技として竜に乗ったまま聖魔法を放つなど、皆が呆れるようなこともやっていた。
こうして3年は掛かると言われいた浄化の旅が1年で終わり、聖女として騙されたように利用されていた貧乏伯爵の娘ライラは、正式にヒュドール王国の王太子妃となった。
文献にはそれもこれもラルフ王子が早く結婚したかったら、とも噂されている。
ライラ王妃は時に大胆に、時に細やかにいろんなアイディアを出し、ヒュドール王国の繁栄とカーコフ伯爵家の再興に大いに活躍されたと言われている。
またラルフ王子は賢王としても名を轟かせたが、国王になっても側室も持たぬ愛妻家として、有名だった。
読んで頂き、ありがとうございました。