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塗り重ねる嘘~2~



「脅され……た?」



「うん……」



「どういう事? ちゃんと説明してちょうだい」


 身を乗り出して、真剣な顔で言うお母さん。



 悪くないな。



「うん……あのね、今日、学校の帰りに公園を通ったんだ。そしたら七人のグループに囲まれて……金持ってるか? って聞かれたんだ」


「それで?」


「僕は持ってないって……だってお小遣いも遣っちゃってたし─── そしたら……家の金持ってこいって」


「それで持って行ったの? どうしてお母さんに言わなかったの!」


「だって言ったら次に逢った時に殴るって言われたんだ。僕……怖くて……」



 とめどなく流れる涙を見せつけるように、正面からお母さんを見た。

 その視線から逃れ、何かを考え込むお母さんの顔には、心配という色が滲み出ているようにも思えた。



「その七人組って、知ってる子なの?」


「いや……知らない」


「何でもいいの! 何か覚えてる手掛かりとかないの?」



 僕は首を捻り、少し眉間に皺を寄せて思い出そうとする"ふり"をする。ふりをしながら実際に考えていたのは、全く別の事だったのだが。


 ジリジリした時間が流れる中、痺れを切らせたお母さんが口を開きかけたその瞬間───



「そういえば……」



 突然思い出した、とでもいうように、僕は斜め上を見ながら言った。



「そういえば……隣の東中の制服着てたかな……」


「東中の子なの? 名前は?」


「う~ん…そこまではわかんないけど…あ!坊主頭の奴が一人に向かって"松井"って呼んでた!」


「マツイ? 松井ね! 他には?」


 話に信憑性を持たせる為、色々なストーリーを作り出す。



 一人はキックボードに乗っていた。

 太っている奴もいた。

 体操服を着ている奴。

 その色が一年の体操服の色だった事など………


 淀みなくスラスラと特徴を話す僕は、立派な名優だったはず。後は世間体ってやつが僕の計画を手助けしてくれるだろう。



 脅されて家から十万もの金を盗った息子。世間体を何より気にするお父さんとお母さんが、事を荒立てるわけがない。このままうやむやにされて、終わり。


 僕の計画は完璧。な筈だった。




 僕が話し終えると、お母さんは勢いよく立ち上がり、電話の子機と電話帳を手に再び座った。

 家事で荒れた指が、質の悪い紙をなかなか捲れなくしている。


 それでも懸命にページを捲り続けるお母さんには、声を掛け辛い一種の気迫みたいなものを感じた。



 あったわ……と呟きながら、間髪入れずにプッシュボタンを押す。


 静寂を守っていたリビング。プルルルという呼び出し音は、僕の耳にも届いてきた。



「あ、もしもし? 東中ですか?」



 驚いた。お母さん、東中に電話してる!



 僕は、ただ成り行きを見守るしかなかった。

 お母さんは、受話器の向こう側にいる見えない相手に、僕が言った言葉そのままを懸命に伝えている。


 誰と話していて、何と言っているのか。聞こえない事が、こんなにももどかしいと思った事はない。




「えぇ……えぇ……わかりました。───よろしくお願いします。はい、失礼致します」


 頭なんか下げたって、相手には見えていないのに。それでもお母さんは、更にもう一礼してから電話を切る。

 一呼吸置いて椅子に浅く座り直し、お母さんは言った。




「とりあえず、名前のわかってる松井って子に連絡とって下さるって。そこから他の子も誰だったのかわかるだろうからっておっしゃってたわ」


「誰と……話してたの?」


 ここまで来れば、相手が誰だったのかなんてどうでもいい事なのだが……

 とにかく何か話していたかった。動揺していたのと、考える時間の捻出の為に。


 電話の相手は東中の校長だったらしい。連絡がつき次第、折り返し電話するとの事。問題は、その後どうするかだ。


 考え込む姿を見て、勘違いしたお母さんが、僕に柔らかな眼差しを向けた。


「心配しないで。必ず全員見つけてみせるから! もう二度と怖い目に合わないように、お母さんが守ってあげるから……ね?」



 素直に嬉しかった。まさかこんな言葉をお母さんの口から聞けるなんて。

 最近の冷たかった視線は微塵も感じられない温かい眼差し、言葉達が、僕の目頭をほんのり熱くする。


 嘘で親子の隙間が埋まるなんて、皮肉なものだ。




 お父さんには、帰宅するなり殴られた。


「家の金を持ち出すなんて……馬鹿野郎!」


 って。でもその後すぐに、


「警察に行こう」


 と言って、会社帰りのスーツのまま僕とお母さんを連れ出した。『僕、捕まるの?』って焦ったけど、そうじゃなかった。被害届ってやつを出しに行くらしい。

 場所は、僕が被害にあったと言った公園の真横にある派出所。入るなりお父さんは、警察の人に息付く間もなく事情を話した。

 一通り話し終えると、警察の人は僕に事情を聞いてきた。


 一瞬、身体が強ばったけど、大丈夫。二度目は更に饒舌に答えれる。たとえ相手が警察の人でも。



 だけど、さんざん話させておいて、



「ここじゃあ被害届は出せないんだよ。中津警察まで行って被害届だしてもらえるかな? 連絡はしておくから」



 結局、今日はもう遅いからと、中津警察まで行くのは明日まで延ばされた。





 翌日、お母さんは、車で僕を学校まで送ってくれた。


「大丈夫だよ」


 いくらそう言ったって、聞く耳を持たない。


「もしその子達が待ち伏せしてたらどうするの? きっともう校長先生から話を聞かれてるわ。仕返しに来たらどうするのよ!」


 仕方なく送ってもらったけど、そんな奴ら、存在しないのに。松井を除いては───





 しくじったな。どうして松井なんて名前出してしまったんだろう。しかも一年生とまで。

 適当な名前言っておけば良かったのに。つい咄嗟に言ってしまった。どうやって切り抜けようか。



 僕の担任にも話は伝わっていた。そりゃそうか。


 昼休みに校長室に呼ばれ、また同じ話をさせられる。幾度となく同じ話ばかりしているうちに、僕はだんだん本当の被害者になったような錯覚に陥ってきた。


 皆が優しくしてくれる。以前のような蔑んだ目で見たりなんかしない。僕は────





 被害者なんだ。



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