塗り重ねる嘘~1~
誰かの、『そろそろ帰らなきゃ』の声に、みんなが反応する。次々に『俺も……』と帰り支度を始めた。
「じゃあな!」
「また明日!」
「ありがとな」
「また貸してくれよな!」
色んな声が飛び交い、瞬く間に僕は、公園に一人ぼっちになってしまった。
僕もそろそろ帰ろうか。でも、残ってるお金をどうしよう?
迷った挙げ句、再びさっきの大型スーパーに戻る事にした。
もっと沢山ゲームソフトを買って、みんなに自慢しよう。
色々な種類のソフトを買い、背負っていた青色のリュックにしまう。
「明日、早速みんなに自慢してやろう」
ウキウキした気分で家へ帰った。
いつもの夕飯の時間は少し過ぎていたけど、まだそんなに叱られるような時間ではない。ただ、普段なら二階に上がるより先に、リビングから続いている洗面所に入って手を洗うのだけど、今日は駄目だ。見られてはいけない荷物がある。
お母さんは、大抵いつもリビングかキッチンにいる。十万円分のゲーム機とソフトがごっそり入っているリュックの不自然な膨らみを見たらどう思うか。
僕は、まず先にリュックを隠す為に、二階の自室へ向かおうとした。階段は玄関を入ってすぐ、目の前にある。が───
「充!!」
鋭く名を呼ぶ声が響くと同時に、リビングの扉が勢いよく内側から開いた。
僕を睨みつけるお母さんの顔が、まるで鬼のようで、僕はその場に固まってしまう。
「こっちに来なさい」
それだけ言うとお母さんは、僕に背を向け、床にスリッパを叩きつけるようにテーブルの方へと歩いて行く。背中が、全てを拒絶しているように見えた。
「そこに座りなさい」
低い声で、お母さんが言った。
ただならぬ事態に陥っているという事は、安易に想像できる。僕は黙ってそれに従うしかなかった。
「あなた、隠してる事あるわよね?」
いきなりの質問に、咄嗟に首を横に振る。まさか、もうバレたのか?
「嘘ついたって無駄よ。もうわかってるんだから」
「………」
「黙ってないで自分の口からちゃんと話しなさい!」
やっぱり。察知した僕の頭は、フル回転を始めた。
「充!」
理性が効かなくなってきたお母さんが、疳高い声で怒鳴る。
それでも沈黙を続ける僕に、今度は叫びに近い声でもう一度僕の名を呼んだ。
仕方ないな。じゃあ、悲劇のドラマを始めようか。
俯き、涙が溜まるのをジッと待つ。ジワリジワリと温かいものが瞳に溢れてくるのがわかった。でも、まだだ。
今にも零れ落ちそうなくらいに、感情の含まれない液体が注がれた時。ようやく僕は顔を上げた。
「あのね……実はね……」
そう言っただけで、僕の感情は一気に高ぶる。いかにもそれらしく、声が震えた。
「実は僕……家のお金を盗ったんだ」
大粒の涙が、ポタリポタリとテーブルの上に落ちた。重苦しい静寂の中で、時計の針が動く音だけが響く。
カチカチカチカチ…
カチカチカチカチ…
まるで心地良い催眠術のように、僕の脳を刺激する。
「…どういうつもり?」
「………」
「あなた…お父さんの会社が上手くいってないって知ってるわよね? ───お給料が減るかもしれないって事も」
何を言われたって…
「あれは今月の住宅ローン返済のお金なの。一度でも支払いが滞ると、色々と面倒な事になるのよ……」
頭には入らない。
「とにかく……返してちょうだい」
右手を差し出し、お母さんが言った。でも、返せるはずないじゃないか。
「まさかもう、遣ってきたの?」
僕は頷いた。
「なんて事を……」
眉間に皺を寄せて、首を左右に振るお母さん。
「じゃあ残りのお金、全部返しなさい!」
だんだんと声が上擦ってきた。またヒステリー起こす前になんとかしないと。
「だから全部遣ったんだよ…」
お母さんの顔が、赤くなって青くなって、また赤くなった。
「全部……? 遣ったの? どうして……」
早くしなきゃ。始まる前に、早く。
「お母さん!」
突然大きな声を出した僕に、お母さんの身体はビクッと動く。
僕は、どっしりとした硬いテーブルにに頭を擦り付けた。
「ごめんなさい!」
「謝ったって──」
「脅されたんだ」
「……え?」
お母さんの怒りの表情が、一瞬にして驚きのものへと変わった。