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底なし沼~2~

 


 翌日。僕は三浦の誘いを断り、近所の大型スーパーに向かった。目指すは二階の玩具売り場。

 そこで目当ての品を探す。


 それは、すぐに見つかった。



 "最新家庭用ゲーム機残りわずか!"



 でかでかと書かれた張り紙の下には、ゲーム機の箱が三つ並んで置いてある。お母さんの顔が一瞬脳裏に浮かんだが、それも同じく一瞬で消えた。



 周りに人はいない。やるなら今だ! と伸ばしかけた手が───止まった。



『ご購入の際は、この空箱をレジまでお持ち下さい』



 これじゃあ、万引きすら出来ない。だからと言って我慢も出来ない。だって僕は今まで、欲しい物は何だって手に入れてきたんだから。


 どうしたものか。くすぶる気持ちを抱えたまま、家への道のりを辿る。

 玄関に着く頃には、答えは明確に出ていた。



「ただいま……」


 キッチンではお母さんが、焦げついた鍋を懸命に磨いている。


「おかえり」



 チラリとこっちを向いて言ったお母さんは、それっきり僕を見ようとはしなかった。別にいいけど。というか、むしろその方が都合が良かった。


 冷蔵庫から、飲みたくもないジュースを取り出して飲む。その間も、少しもこっちを見ない。

 まるで僕なんか存在していないかのように。


 あれからお母さんは、必要以上に僕とはしゃべらなくなった。お父さんも一緒。まるっきり無視するわけじゃないけど、明らかによそよそしい。さすがに呆れてしまったのかもしれないが、それも今は好都合だった。



 それじゃあ、計画実行といこうか。



 目指すはリビング奥にある白いチェスト。小さな引き出しが沢山あって、細々した物が分けて入れられている。


 上から二段目、右から三番目の引き出しに、目当ての物が……あった。


 振り向きはしなかった。音と気配で、お母さんが僕を見ていない事はわかっていた。わざわざ怪しまれるような素振りは見せない。やるなら素早く。これは、僕が培ってきた経験。


 引き出しを開けると、一番上に黄緑の封筒があった。すぐさまそれを、着ていた制服のシャツの中へと隠す。そして白いシャツから透けて見えるのを更に隠す為に、通学鞄を両手で抱えるように持った。


 ここで初めて振り向くと───

 やっぱりお母さんは、僕の事なんか気にもとめず、鍋を洗っていた。



「今日のご飯、何?」


 そう聞いた僕を、驚いた顔をしてお母さんは見た。



「……トンカツよ」


「わぁ僕の好物だ! 楽しみだなぁ。今からちょっと友達と遊びに行ってくるけど、晩ご飯までには帰るからね!」


 上機嫌で話す僕を、お母さんは訝しげな表情で見ていたけど、成功した興奮から抜けきれず、それを感じ取る事は出来なかった。まだこの時は。




 一旦部屋に入り、封筒の中身を確かめる。五千円札が二枚、一万円札が九枚。



「やった……十万円!」



 きっちり十万入ったその封筒。それが何を意味するものだったのか。目の前に人参をぶら下げられた馬には、そんな事を考える余裕なんて、ある筈もない。



 やった。喉から手が出る程に欲しかった物。

 それがもうすぐ手に入る。このお金は、その為の手段だ。








 店に着いた僕は、ゲーム機の空箱と格闘ゲームのソフトの空箱、そして電池も抜かりなく持ち、油断すればすぐに解けてけてしまう顔をなんとか堪えつつレジへと向かう。



「ありがとうございました~!」



 ほら、欲しいものなんて、簡単に手に入る。






 早速いつもの公園に持って行き、封を切る。


「いけ!いけ!あぁ……やられた……クソッ、もう一回だ!」


 想像以上に楽しくて、夢中で遊んでいた。そこへ───



「充じゃん? 何やってんの?」


 三浦達だ。


「今日、何か用あるって言ってなかったか?」


「あ、うん……もう済んだんだ」


「何だ、そうなのか? じゃあ遊ぼうぜ!──ってかそれ……新しく出たソフトじゃね?」


「ああ、買って貰ったんだ。お前らもやるか?」


「やるやる!」

「やった~♪」

「俺も俺も!」

「順番だぞ!」


 口々にそう言うと、その場は瞬時に盛り上がった。

 なんだか気分がいい。人から羨ましがられる事なんて、今までなかったから。



「なぁ……喉、渇かない?」


「ん、別に~」


 ゲームに夢中になっている四人は、それどころではない、とばかりに気のない返事をする。


「じゃあ僕、ちょっと買ってくるね」


 そう言うと、公園のすぐ向かい側にある自動販売機へと走った。

 皆の分まで買っていってやろう。なんせ金はまだ十分にあるんだから。




「ほら、ジュース」


 四人に差し出すと、一人が言った。


「俺、金持ってないんだけど……」


「いいって! 僕の奢りだよ」


 その一言に喜ぶ者、戸惑う者、それぞれだったが、結局最後は皆、ジュースを口にした。


 僕は、優越感に浸っていた。みんなが僕のゲームで楽しく遊んで、僕が奢ったジュースを美味しく飲んでいる。みんなを喜ばせているのは、僕。




「よぉ! 三浦じゃん」


「あ、松井!」


 坊主頭の松井と呼ばれた、おそらく同級生だと思しき少年がやってきた。


「何やってんの?」


「ゲームやらせてもらってんだよ」


「え、それって新しいやつ? すげー」


 松井の目が、たちまち輝く。それもまた、僕にとっては嬉しい反応だった。




「良かったら、やる?」


 僕が言うと、松井は人懐っこい笑顔を見せて、


「いいの? マジで!? やったぜ♪」


 と拳を握って見せた。

 聞くと松井は、三浦と同じ空手教室に通っているらしい。


 お互いの家は近くても、ギリギリ校区が変わる土地に住んでいて、隣の中学に通っているとの事。




 松井。



 隣の中学校。



 この出会いがなければ、事態は違った方向へと向かっていたのだろうか。










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