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犯罪への道~1~

 中学生になっても、僕は万引きを繰り返した。捕まった事は一度もない。そんな僕に、初恋が訪れた。


 同じクラスの斉藤さん。派手さはないが、長い黒髪の綺麗な、誰にでも優しく接する少女だった。


 僕は彼女と同じ、家庭科部に入った。男子は僕一人だけ。周りからはもちろん冷やかされた。

 でも僕は気にもならなかった。斉藤さんと一緒にいられるならそれで良かった。



「あ…中川くん!マチ針まで一緒に縫い付けてるよ!」


「…本当だ。どうしよう?」


 ミシンでしっかり縫い付けたマチ針は、抜こうと思っても一向に動く気配はない。


「ぷっ…あはははは!そんなクッションじゃ、怖くて使えないね!」


 さも可笑しそうに笑う斉藤さんの顔があまりにも可愛くて。彼女も盗んで行ければいいのに……そう思った。



 三年生の卒業が間近に迫った、とある日曜日。

 僕と斉藤さんは、大きなショッピングモールに来ていた。

 皆でお金を出し合い、記念品を贈るための買い出しに来ていたのだ。


『私、行ってもいいわよ。』


 斉藤さんのその一言で、当然の如く僕も立候補した。


「あ、これいいんじゃない?」


 斉藤さんが手にしたのは、クローバーが埋め込まれてある小さなソーイングセット。いかにも家庭科部らしい選択に、僕は微笑んだ。


「いいね」


 人数分のソーイングセットをプレゼント用に可愛く包んでもらい、僕達は店を出た。


 到着してから約30分。あまりにも早くに決まってしまった。もっと一緒にいたいのにな……

 そう願う僕の耳に、最高の言葉が聞こえてきた。



「ねぇ、Mバーガー食べて行かない?私、朝食べてないからお腹空いちゃった」


 嬉しいと同時に、頭の中の電卓が素早く作動する。確か千円と小銭が少し入ってたはず。──よし!


「じゃあ僕が奢ってあげるよ」


「えっ?いいよ!割り勘で──」


そう言って胸の前で小さく手を振る斉藤さんの身体を、自身の身体で押すように店内へと誘導すると、


「いいからいいから! Mバーガーセットでいい?───すみません、Mバーガーセットと……」


 少しでも男らしさを誇示しようと、半ば強引に僕は注文を済ませた。


 トレーを持って席につく。


「中川くん、ありがとう」


「いいって!これぐらい何て事ないよ。さ、食べよう」



 それからは、至福の時間だった。小さく口を開けて、小動物のようにハンバーガーを頬張る斉藤さん。


 口の横についたソースを、恥ずかし気に薬指で拭う仕草が、たまらなく愛くるしい。



「美味しかった♪ ごちそうさま!」



 笑顔を僕に向けてくれるのは嬉しいけど。



「これから……どうする?」



 頼むから、まだ帰るとは言わないで……



 小首を傾げて僕を見た斉藤さんは、ほんの少し頬を赤らめてこう言った。


「ちょっと見たいものがあるんだけど───付き合ってくれる?」



 ───付き合ってくれる?



 違う意味で放った言葉だとわかってはいたが、その響きに僕は陶酔してしまった。斉藤さんから告白されたら、こんなに幸せな事はないのに。



「…中川くん?」


 上目遣いで僕を覗き込む斉藤さん。


「あ…ああ、もちろんだよ!付き合うよ!」


「本当? 嬉しい!」


 手を叩いてはしゃぐ姿に、僕はもういてもたってもいられなかった。もっと斉藤さんが喜ぶような事をしなくちゃ。そうしたら僕の事、好きになってくれるかな。



 雑貨や洋服をひとしきり見た後、僕達は文房具屋に入った。


「消しゴムがもうなくなりかけてたの」


 そう言って100円位の消しゴムを真剣に吟味する。消しゴムなんて、買った事ないな。ただで手に入るものに、お金払うなんて馬鹿馬鹿しい。





 ブラブラと店内を、何の気なしに見ているフリをしながら時間を潰す。一通り周り、斉藤さんの姿を捜すと、シャープペンシルやボールペンが陳列してあるコーナーにいた。


 「何か気に入ったの、あった?」


 僕が声をかけると、目をキラキラ輝かせて振り向く。


 「ね、これ見て! すっごく可愛くない?」


 手にしていたのは、ド派手な衣装を身につけたアフロヘアーのオッサンが、上部にドーンと付いているシャープペンシル。


 「聞いててね!」


 と言って側面についた突起を押すと…


 ♪ヘイ! 今夜は君とランデブゥー♪


 ふざけたオッサンの声が、予想以上に鳴り響いた。そういえばクラスの女子達が、同じセリフをふざけ合ってよく言っていたような気がする。

 到底理解不能な趣味だが、斉藤さんが可愛いと言っているものを、否定出来るはずもなく。



 「か…可愛いね。それ、買うの?」


 かなり無理してそう言った。


 「う~ん…欲しいんだけど、高いの。800円もするのよ」


 「だったら僕が──っ」



 買ってあげる。そう言いかけて、止めた。

 さっきのMバーガーで、手持ちのお金はほとんど残っていなかった。


 「今月のお小遣いで漫画買っちゃったから、来月まで我慢するよ。消しゴム買ってくるね!」


 斉藤さんは、消しゴム一つだけを持って、小走りにレジへと向かった。



 ──我慢? なんで?



 欲しいものを我慢する必要なんてないんじゃないかな。でもきっと斉藤さんは普通の人だから、泥棒は悪い事だと思ってるんだね。だったら。



 僕がプレゼントしてあげよう。こんなもの、簡単に手に入るんだよ。知ってた?




 シャープペンシルは、いとも簡単に僕の袖の中へと収まった。同時に斉藤さんが会計を済ませてやって来る。


 「ごめんね、お待たせ」


 「いや…じゃあ行こうか」



 僕達は、夕方にはまだ早い明るい街中を、歩いて帰った。




 川沿いの道を真っ直ぐ歩いて行くと、小さな橋が見えてきた。僕は橋を渡らずに帰るけど、斉藤さんの家は橋を渡らないと帰れない。そろそろお別れの時間だ。



 僕はポケットの中に手を入れて、先程移し替えた物を確認した。


 「じゃあ私、こっちだから。今日は付き合ってくれてありがとう。あと、ごちそうさまでした!」


 手を降って橋を渡ろうとする斉藤さんに、慌てて声をかける。


 「あ、待って!」


 既に一歩踏み出している足を止め、怪訝な顔をしながらも笑顔を見せてくれた。


 「ん? なぁに?」


 「あ…あのっ…今日はありがとう」


 「何言ってんの! お礼を言うのは私の方だよ。本当にありがとね」


 早く…


 早く渡さなきゃ…


 「じゃ…暗くなっちゃうから、また学校でね!」


 「待って!あの…これ…」


 ドキドキしながらポケットの中の物を取り出した。


 「……何…これ…?」


 斉藤さん、ビックリしてる。

 欲しがってたもんね、アフロのシャープペンシル。君の喜ぶ顔が見たかったんだ。人のためにする万引きは、初めてだよ。



 僕の予想に反して、斉藤さんの表情は険しいものとなった。



 「中川くん…これ…」


 驚かせすぎたかな?


 「うん。斉藤さん欲しがってたから、プレゼントするよ」


 「じゃなくて…これ、お会計済ませたの?」


 「えっ?」


 どうしてそんな事を聞くんだろう。あげるって言ってるんだから、素直に喜べばいいのに。会計を済ませたかどうかなんて、別にどうでもいい事だろ。





 「ああ…済ませたよ」


 あんまり斉藤さんが怖い顔をするもんだから、僕は嘘をついた。本当の事を言ったら嫌われるような気がしたから。



 「……………」


 「斉藤さん、 どうしたの? これ、欲しがってたよね?」


 じっとシャープペンシルを見つめたまま、何も話さない斉藤さん。辺りは茜色に色付き始めていた。




 本当にどうしちゃったんだよ。暗くなってきちゃうよ。夜道の一人歩きは危ないんだからね。

 ましてや斉藤さんのように可愛い女の子なら尚更なんだから。


 あまりにも長い沈黙に、痺れを切らせた僕が口を開きかけた時──


 「万引きしたの?」


 はっきりとした声でそう言った。


 「何言ってんだよ…ちゃんと買ったん──」


 「嘘! だったらどうして袋に入ってないの!?」


 「それは…一本だけだし袋はいらないって言ったんだよ」


 「だったらテープぐらい貼るでしょ? それに私がお会計を済ませてから中川くん、一人になった事ないよね? ずっと一緒にいたよね?」


 「……………」


 赤からグレーに徐々に色を変えていく景色と共に、僕の気持ちも急激に変化していく。



 なんか…面倒臭くなってきたな。



 「いらないんならいいよ」


 と、目の前の川にシャープペンシルを投げ捨てた。


 「あ……」


 アフロのオッサンは、音もなく静かに川に沈んだ。二人の間に、気まずい空気が流れる。




 「どうして? 中川くん、何やってるかわかってるの?」


 変な事聞くんだな。


 「あなたのやってる事は…犯罪なのよ?」


 君は……


 「聞いてるの?」


 間違ってる。




 「どうして僕の好意を素直に受け取らないの? 君の為に持ってきたのに…」


 「万引きしてきた物なんかいらないわよ!」


 「一緒だろ? 僕が買ってきた物でも盗んできた物でも、君の欲しがってた物には変わりはないじゃないか!」



 表情がよく見えない。いつの間にか、完全に夜の闇に包まれていた。




 黙りこくっている斉藤さんの顔を見ようと、足を前に進める。すると斉藤さんは、それ以上に大きく後ろに下がった。



 「そんな人だとは思わなかった!」


 そう言い残すと、一気に橋を渡り闇に溶け込んで行った。




 その日以降、学校で出くわしてもまるっきり僕を無視するようになった。目も合わせてくれない。あからさまに僕を避けていた。


 君のためにした行動を否定するなんて────


 好き、っていう感情は、別のものにも変わりうるという事を、僕は知った。



 それから僕は、隙を見ては斉藤さんの持ち物を盗んだ。下敷きやノート、この間買った消しゴムも僕の物にした。


 どうして誰にも言わないのかはわからないけど、無くなる度に、僕をチラリと見てたよね?


 そうだよ。犯人は僕。でもね……


 疑いの眼差しを向ける君の顔は、あの人に似ていて、醜い。




 



部室でも、斉藤さんの制作した鞄やらエプロンやらを拝借した。まだ少し残っていた好意と、嫌悪感を打ち消すためだけに。



 そして次第に斉藤さんは、学校を休みがちになっていった。僕はまた心に鉛を抱え出す。このやり切れない思いは、一体どこへぶつければいいんだろう。



 






 体育や移動教室の時間。何かと理由を作っては、一人教室に戻って皆の鞄を物色した。 斉藤さんにぶつけていたどす黒い何かを、不特定多数に向けて投げつけるようになっていった。


 たかだか中学生が持っている物なんて、大したもんじゃないけど。


 たまに財布やお金もあったりして、僕のストレス発散には十分な収穫だった。


 そんな事を繰り返している間に、だんだん騒ぎになってきた。ホームルームで担任の男の先生が、


 「最近、このクラスでよく物がなくなる。心当たりのある者は、今でなくていいから、後で先生に話しにきて欲しい」


 と言いながら、最後に僕の方を見た。気のせいなんかじゃなく、確かに僕を見たんだ。



 またかい? また僕を疑ってるのか? 確かに捕ったのは僕だけど…



 疑われるのは嫌なんだ。もし僕じゃなかったらどうするつもり?



 だからそんな目で見ないで───





『エミ先生…』















 


 













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