嘘....
狭い浴槽にちひろと二人身体を沈めると、ザバッと勢いよく湯が流れ出す。
「ねぇパパ、あのね? 光星くんがちぃと結婚したいっていうの」
「けけ結婚!?」
光星くんとは、二軒隣のちひろと同い年の少年。母親同士も仲が良く、お互いの家をしょっちゅう行き来しているらしい。
『光星君ね、ちひろが好きなんだって!』
先日、美穂が言っていた言葉が思い出された。
動揺を悟られないよう、ゆっくりと言い含めるように話し掛ける。
「いいか、ちぃ。結婚っていうのはな、お互いに大好きで大好きでたまらない同士がするもんなんだ。……ちぃは光星君のことが大好きなのか?」
「う~ん……」
眉間に皺を寄せて考える様は、大人の女性顔負けの憂いを含んでいた。
「好きだけど、大好きじゃない」
なんとも複雑な答え。だけど娘を想う男親には十分な答えだった。
「じゃあ駄目だ。だぁ~い好きじゃないと結婚出来ないんだよ。光星君にそう言っておきなさい」
浴室の外で、美穂がクスクスと忍び笑いしている声が聞こえた。
「んー、わかった。じゃあさ、パパはママがだぁ~い好きだから結婚したの?」
鋭い質問に、グッと息をのむ。
美穂との結婚は、ちひろを妊娠した事がきっかけで。最初は愛などなかったわけで……
「ねぇ、パパ?」
美穂が聞き耳をたてているのは、気配でわかっていた。
「ああ、そうだよ。パパはママがだぁ~い好きだから結婚したんだ」
こんな嘘ならいいんじゃないか?
誰もが幸せな気分になれる、ささやかな嘘なら。
だって今はこんなにも愛してる。美穂もちひろも、僕の大切な大切な家族。
だから……
僕は一生、嘘をついて生きて行く。
―Fin―




