嘘..
変わらない、と思った先生の容姿は、よく見てみるとやはり変わっていた。
幼稚園の頃の先生は、確か二十代半ばだった筈。あれから倍近くの年月を重ね、今は四十代なのだろうが、ろくに手入れもしていない髪は艶を失い、白いものが目立つ。化粧っ気もなく、カサカサの肌。
長年かけて蓄積されたのであろう生活の疲れは、こうも人を変えてしまうものなのか。
「あの……」
おずおずと話し掛ける先生の声でふと我に返り、冷静に───と自分に言い聞かせる。
「はい?」
「あの……警察に通報されるのでしょうか……?」
「ああ……そうですね。まあ今回に限り本人十分に反省の上で、ご家庭でしっかりと指導して頂けるというのなら、今日の所は帰って頂いても構いませんが」
チラリと少年に目を向け、僕はそう答えた。
初犯かどうかはわからない。まだ慣れていないだけで、それが2回目か3回目か────もしかすると10回目なのかもしれない。
だが、この店で捕まるのは初めてという事もあって、今回は見逃さざるを得なかったのだ。
「もちろんです! 十分に反省してますわ! 家でも言い聞かせますので、どうか警察沙汰には……それから学校にも内緒にしておいてもらえますか? こんな事ご近所にでも知られたら……」
この時僕は、少年の眉がピクリと動いたのに目を留めた。
椅子に仰け反ってふてぶてしく座るその少年の背景に、かつて自分が背負っていたどす黒い何かを見た気がした。
「では、よろしくお願いします。さ、帰るわよ!」
僕が何も答えない事を不安に思ったのか、先生は早々と帰り支度を始めた。
「ほら、早く立って! ───じゃあこれで……失礼します」
「先生!」
深々と、しかし忙しげに頭を下げ、急ぎ足で部屋を出て行こうとする先生の背中に、僕は無意識の内に呼び掛けていた。
振り返った先生の表情は、驚きに満ちていて────
「今……先生とおっしゃいました? 私の職業をご存知で?」
「いや……知り合いに教師をやってる者がいまして。つい癖で呼んでしまいました」
咄嗟の言い訳は我ながら苦し紛れにしか聞こえなかったが、先生は気にも留めていないようだ。
「そうですか。で、何か?」
早く立ち去りたい、という気持ちを全面に押し出す先生。
過去のトラウマが一瞬僕を怖じ気づかせたが、僕はもう、昔の僕じゃない。
「お子さんの話を聞いてあげて下さい。悪い事は悪いと、きちんと教えてあげて下さい。逃げないで全力でぶつかって下さい。そして……」
どうしようもない僕を、皆がこれで救ってくれた。
「愛してあげて下さい」
クサすぎただろうか? それでも最後の言葉に大きな瞳をますます見開いた先生は、ハッと息を呑んだように思えた。
後は先生と少年の気持ち次第。
どうか第二の僕を誕生させませんように……
心からの願いを込めて、二人の後ろ姿を見送った。




