葛藤と勝利~1~
「本当に行くの? 休んでもいいのよ?」
「大丈夫だって! 昨日も休んだし、三浦達にも話さないと────本当の友達になれないから」
心配そうなお母さんの顔が、なんだかくすぐったい。
「……そう。わかったわ。じゃあ気をつけて行ってらっしゃい!」
無理して明るく努めるお母さんに、
「行ってきます!」
と手を振り、僕は玄関の扉を開けた。
昼休みに、僕は三浦達に今回の事を全て話した。絶交されてもいい覚悟で。
「………」
やっぱり認めてはもらえないよな。
極力落ち込んだ顔を見せないようにして、僕はその場を立ち去ろうとした。
「充───」
三浦の呼ぶ声に、ピクリと反応する。
「よく話してくれたな」
その言葉を皮切りに、次々とみんなが口を開く。
「もう済んだ事だろ?」
「二度とすんじゃねぇぞ!」
「バカだなぁお前」
「実は俺も……親の金盗った事あるんだ」
───え?
一人の告白に驚いたのは僕だけだったようで、
「そうだったな。あん時はびっくりしたよ。左目の周りに痣つくって学校きてさ!」
「そうそう! 親父さんに殴られたんだよな!」
話の中心にいた本人は、気恥しそうに頭を掻きながら言った。
「あれで懲りたよ。父さんはメチャクチャ怖いし母さんは泣き喚くし……ばあちゃんまで『親を泣かすな』って怒鳴るしで大変だった」
四人は昔から仲良かったもんな。みんないい事も悪い事も言い合ってきたんだ。
そうやって友達って、より深く信頼しあえるようになるのかな。
最後の勇気を振り絞って、僕はみんなに問い掛けた。
「これからも友達でいてくれるか……な?」
絶交されても仕方ないなんて強がり言ってたけど、欲が出てしまった。
秘密を共有しあったり、悩みを打ち明けたり、馬鹿みたいな話で盛り上がったり出来る仲間がいる事が、無性に羨ましくなったんだ。
うるさいくらいに心臓が音をたてる。
呆気にとられたように、みんな口をポカンと開けていた。
早く…何でもいい。ダメならダメで早く何か言ってくれ。
ほんの数秒の間が、何分にも何時間にも思える。
と、突然教室内に笑い声が響いた。
他のクラスメイト達も、何事かと僕等を見ている。僕はそんなに可笑しな事を言ったのだろうか?
『お前みたいな奴と友達になんてなれるわけないだろ!』
みんなの心の声が聞こえた気がした。
ジワリと涙が滲みそうになって、慌てて唇を噛み締める。
これは僕のしてきた事の罰だから、受け入れなくちゃいけないんだ。
しばらくすると笑いも落ち着いてきたけど、それでもみんなの顔を直視する事が出来なかった。
すると三浦が、少しおどけた表情でこう言った。
「当たり前だろ?」
他の三人も、
「当然の事いまさら改めて言うなよ!」
「照れるじゃん」
「それ、わざわざ聞かなくてもよくない?」
ダメだ。こんな所で泣いちゃダメだ。沢山人がいるのに。
それでも嬉しい感情を止めるなんて僕には出来なくて。
「ばかっ! 泣くなよ! 俺そういうの弱い……っ」
教室で男五人が一斉に涙を流す様は異様で、またまた大注目されたけど……
恥ずかしいとか格好悪いとか、以前の僕なら絶対思っていた感情は出てこない。むしろ誇らしくも感じられた。
自分の為に、頭を下げてくれる親がいる。
自分の為に、一生懸命になってくれる他人がいる。
自分の為に、叱ってくれる人がいる。
自分の為に、涙を流してくれる友達がいる。
僕は生きているんじゃなく、みんなに生かされているんだ。




