最初の嘘~2~
願いも虚しく、先生の僕に対する態度が変わる事はなかった。それどころか、物がなくなる度に真っ先に僕を見る。
見つからなかった時には、『こっちに来なさい』と僕を隣の物置部屋に連れて行き、服を全部脱がせた。鞄の中も全て探して……
そんな怖い顔で探したって、見つからないよ。だって約束したでしょ? 僕、もう泥棒しないって。色鉛筆だって返したよ? 気まずくて、内緒でコッソリ返しただけだけど。なのに、どうして疑うの?
そして───
今の僕を作り上げた、決定的な事件が起こった。
健吾が、女の子の髪飾りを取り上げた。ほんのいたずら心だったんだと思う。
「返してよ!」
必死になって追いかける女の子。確かリイナちゃんって言ったかな?
リイナちゃんに追いつかれた健吾は、咄嗟に髪飾りを投げた。そして髪飾りは弧を描き───そこまでは僕も見ていた。だけどその髪飾りは一瞬にして消えた。不運な事に僕だけでなく、他の誰もその瞬間を見てはいなかった。ただ、後になって分かった事は、リイナちゃんの髪飾りは、見事に机の横に掛けてある手提げ鞄にスッポリと収まっていたという事。僕の手提げ鞄に。
髪飾りの行方を巡って、クラス中が騒動になった。
案の定、僕は物置に連れて行かれた。通園鞄と手提げ鞄を持って。そして、それはすぐに見つかった。
「どうして? どうして人の物を捕ったりするの!?」
「ぼ…僕、とってないよ!」
「嘘つかないの! だったらなぜ鞄に髪飾りが入ってたの!?」
かん高い声がキーンと耳に響く。それから先の事は、あまり覚えていない。ただ……
『泥棒は警察に連れて行かれるのよ!』
『泣いたって駄目!』
『リイナちゃんに謝りなさい!』
って言葉を何度も聞いたような気がする。今でこそ分かる。エミ先生の目的は、僕が認めて謝るって事だけだった。その目的を果たすために、ありとあらゆる言葉で僕を脅してきた。違う、と言っても、泣いて訴えても、僕の意見なんか最初から聞く耳をもたなかった。幼い僕に、到底太刀打ちなんて出来るはずもなく。僕は……
謝った。
────
──────
────────
「みっつる~! 一緒に帰ろうぜ!」
そう言いながら駆け寄ってきたのは、和樹。
うん、と返事をして二人、ガヤガヤうるさい教室を出た。
古びた校門を出ると、まだ数分しかたっていないのに汗が吹き出る。
重いランドセルに押しつぶされた背中に、シャツがベッタリと張り付き気持ちが悪かった。こうも暑いと……
「なぁ、アイス食いたくね?」
僕がそう言うと、和樹はニヤリと笑った。
「あぁ、俺も思ってた。───やる?」
返事などしなくても、二人の気持ちは一緒。お金なんて持っている筈もない。欲しい物は……捕ればいい。
明らかに辺りをキョロキョロ見回すなんて事はしない。顔は動かさず、目だけで素早く人気がないか確認。もう一方はタバコ屋のお婆さんの動向チェック。
顔を見合わせ確認し合うと、すかさず行動に出る。
チョロいもんだ。たかがアイス二本くらい。
小学生にして僕は、万引き常習犯になっていた。和樹と手を組めば、何でも俺達のもの。それもこれも、全てエミ先生のお陰だ。
先生は僕に教えてくれた。人は一度犯罪を犯すと、いくら悔い改めてももう、信じてはもらえないという事を。
ならば僕は、とことんまで堕ちてやる。真っ当に生きたって罪は拭い切れないのなら、堕ちるところまで堕ちればいい。
エミ先生……ありがとう。