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生まれたての感情~3~

 




 ────ここって……確か三浦の住んでる家の辺り?


 お父さんが車を停めたのは、何度か訪れた事のある三浦の家の傍にあるコインパーキング。



「行くぞ」



 一言だけ言って車を降りるお父さんと、それに黙ってついていくお母さん。


 漸く理解した僕は、覚悟を決めて後に続いた。







 数分歩いた先に掲げてあった表札には、『松井』とあった。


 一呼吸置いた後に、お父さんがインターフォンを押す。その手は、少し震えていた。


 機会越しではなく、直接聞こえる返事と共に開く玄関扉。



「まあ! いらして下さったんですね。今、お宅に電話してた所だったんですよ。うち、すぐわかりました?」



『はぁ…あの…』と口ごもるお父さんを余所に、松井の母親は明るく話し続ける。



「昨年と一昨年の東中の卒業アルバム、貸りれましたの。他にも色々と写真や情報集めてきたので、きっと見つけられますわ。───さ、どうぞお上がりになって下さいな。息子もたった今、帰ってきた所ですの」


 そういえば昨夜、そんな事を言ってたな。

 これからどうすれば良いのか。それだけが頭の中を支配していて、思い出す事すらしなかった。


 存在しない犯人を必死で捜そうとしてくれている松井親子。濡れ衣を着せられた事など、あたかも最初からなかったかのように接してくれる────赤の他人。







 背中を押されるようにして入った玄関には、泥だらけになった松井のものらしき靴が、右へ左へと散乱していた。



「嫌だわ! ごめんなさいねぇ」



 腰を屈めて靴を丁寧に揃える母親の後ろで、突然お父さんが這いつくばった。


 一瞬目眩でも起こしたのかとも思ったが、絞り出すお父さん声が、そうではないと告げる。



「申し訳ございませんでした!」



 床に頭を擦り付けるお父さんの隣で、お母さんも同じように冷たい玄関に座り込み、頭を床につけた。



 初めて見るその姿に、僕はとてつもないショックを受ける。


 人が土下座をする姿なんて、テレビでしか見た事がない。それが自分の両親ならば、尚更強い衝撃だった。



 僕も謝らないと……



 そう思っても身体が動かない。

 呆然と両親を見下ろすしか出来なかった。




「あ、あの……どうなさいました!?」



 母親が戸惑うのも当然だろう。まだ何も知らないのだから。



 騒ぎを聞きつけて、松井も出てきた。目を大きく見開いて、驚いている。

 きっと松井も、土下座をしている人を初めて目の当たりにしたのだろう。



 気配を感じたお父さんが、少し頭を上げて本人を確認すると、再び頭を床につけて言った。



「申し訳ない! 全て……全て息子が一人でやった事だったんです。脅されてなんかいない。全て息子が……」






 静かになった玄関に、呻くような声が聞こえてきたかと思うと、それはすぐに啜り泣きの声に変わった。



 また、だ。

 またお母さんを泣かしてしまった、そう思った。様子が違うと気付くのに、それ程の時間は要さなかった。

 声が二重になっている。お母さんとお父さんの啜り泣く声が。




 神様って本当にいるのだろうか? もしいるのだとしたら────



 僕のちっぽけなプライドを取り除いて下さい。

 同級生の前で頭を下げる事の出来ないくだらない意地を、粉々に砕いて下さい。そして、息子の同級生に土下座する両親の心の痛みを────



 どうか……



 どうか……






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