生まれたての感情~2~
「でしょ? 人それぞれ感じ方が違うのよ。だから本当の君を見せても好きになってくれる人もいれば嫌いな人もいる。それは誰だって同じ。君だって嫌いな人いるでしょ?」
どこまで踏み込んでくるんだ、この人は。
綺麗な見かけとは裏腹に、容赦なく僕の内面をえぐり出そうとしてくる好美さん。
それでも不思議とあたたかさを感じる。
「理解してくれる人が一人でもいればそれでいいじゃない」
一人でもいれば……
僕を理解してくれる人間が、果たしているのだろうか。
親にさえ見放されている僕を理解してくれる人。どれだけ考えたっている筈がない。
「ほら! また難しい顔してる」
皺の寄った僕の眉間を、グイッと人差し指で伸ばす好美さん。
「いるわよ、必ず。君が心を開けば、ね」
僕が、心を?
「殻に閉じこもってたってダメ。勇気を出して飛び出すの! そうしたら明日は違う景色が君を待ってるかもしれないじゃない」
勇気……出せるだろうか?
不安は数え切れない程にある。だけど今なら、
一歩踏み出せそうな気もする。
山根さんと好美さんに、背中を押してもらった今なら。
パタパタと足音が響き、山根さんが顔を出した。
「おっ、いたのか。ま~たチョコ食ってさぼってたんだな?」
「あ……バレてる……」
山根さんに背中を向け、チョロっと舌を出す好美さん。
その姿が微笑ましくて、強張っていた僕の頬も自然と緩む。
「早く仕事せんかい!」
「はいはい! じゃあね、えっと~……」
「充です」
「充君、またね!」
「また来たら困るんだが」
「あ、そうか。ばいばい充君!」
まるでコントのような二人の会話に周りにいた警察の人達も笑っている。
『まったくアイツは……』としかめっ面している山根さんも、本気で怒ってる訳じゃないのは下がった目尻が物語っている。
お互い信頼関係が成り立っているのだろう。
穏やかな空気が流れる中、僕を硬直させたのは────
今まで物陰に隠れて見えていなかった両親の姿。
怒っているようには見えなかったが、目に力がなかった。
憔悴とも悲壮とも違う、何とも言いようのない表情。
ズキズキと胸が、頭が。身体が悲鳴を上げそうなくらいに痛む。
「お家でじっくりゆ~っくり話し合って。家族なんだから」
誰に向けた言葉なのか。きっと僕達三人に、だ。
ずっと避けて通ってきた家族との対話。
同じ箱の中にいながら、皆が表の顔しか見せず、上辺だけの会話しかしてこなかった。
その原因を作ったのは、もちろん僕なんだけど
。
車に乗り込むまで、誰一人として言葉を発さなかった。そしてそれは、車が発進されてからも続いた。
朝に家を出た筈なのに、もうすっかり日差しは強く照りつけていて、後数時間もすれば日も沈み始める時刻。
昼食もとっていなかったが、腹も空かない。重い空気だけが、車内を満たしていく。
謝らなければ。そう思えば思う程、益々固く閉ざされていく唇。
嘘の謝罪なら息を吐くように、すんなりと淀みなく言えたのに。心からの謝罪は、何て勇気がいるんだろう。
そうこうしている間に、車窓からは見慣れた景色が広がっていた。
仕方がない。家できちんと話をしよう。たぶん、いや絶対、話も聞いてもらえないだろうけど。
それだけ僕のしでかした事は大きかったから。
すると車は、知っている交差点を右に曲がった。自宅への道は左。
気にはなりつつも、聞けるような状態ではない。
僕は不安な気持ちを抑え、黙って揺れに身を任せた。