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消えた罪悪感~2~

 


 ピタリと立ち止まり、お母さんがこちらに視線を向けるのがわかった。



「……違うの?」



「うん。あの子じゃなかった」



「そう……」



 間の抜けた声を遮るように、



「初めまして、松井です」



 と、松井の母親が軽く頭を下げる。



「申し訳ございません!」



 それとは対照的に、地面に頭がくっつきそうなくらいに頭を下げるお母さん。


 戸惑う母親を前にして、絞り出すような悲壮な声で、打ち明ける。


「違うそうです。人違いだと……わざわざご足労頂いたのにとんだご迷惑を───」



「頭を上げて下さいな。人違いなのはわかってました。どうぞお気になさらず」



「「え……?」」



 母親の言葉は、僕とお母さんを驚かせた。一体どういう事だろう?



「いえね、実は私も最初は少し息子を疑ってたんです。でも何度聞いても知らない、としか。一応十年以上この子の親をやってますので、息子が嘘をつかないとは申しませんが、嘘を言ってたらわかりますので」



「はぁ……」



「でも疑いを晴らさない事には、お互いにすっきりしないでしょう? それに詳しい事は聞いてないのですが、脅されたって?」


 最後の問いかけは、僕に向かって言ったものだった。


『はい』と返事したつもりだったが、掠れて声にならなかった僕は、頷いて相手に知らせた。



「そう……可哀想に。私こう見えても意外と東中では顔が広いんです。もしかしたらお手伝い出来る事があるかもしれません。よろしかったら詳しく話を聞かせて頂けませんか?」



 お母さんは即座に断る、そう思った。ただでさえ迷惑をかけて頭の上がらない相手。更に手を煩わせる事なんてするはずもない、と。




「……ご迷惑は承知の上で、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 予想外の返事に、


「お母さん! でも……」


 思わず口を挟んでしまう。


「わかってるわ。でもね、一日でも早く犯人を見つけないと、安心して学校にも行けない。お母さんも心配で心配で、夜も眠れないのよ」


 お母さんの言葉に、松井の母親も同意する。


「その通りですわ。そんな卑劣な犯罪は、放っておいてはいけないと思うんです。その子達のためにも決して。お母さんのお気持ちも痛い程よくわかりますよ」


 隣で聞いていた松井も、頷きながら僕にこう言った。


「俺も手伝うよ。三浦の友達だよな? この前一緒に遊んだ───」


「うん、ありがとう! お母さん、早く中に入ろうよ!」



 僕がゲームを持っていた事が松井の口から知られてしまったら、どうしようもない。


「そうね。こんな所じゃなんですから中へ───」



 松井親子を促し、全員で家の中へと入って行く。





 お母さんがお茶を入れている間に、お父さんも帰ってきた。


「そうですか……とんだご迷惑をお掛けして……」


「いいえ。それより、充君……だったかしら? 詳しく話を聞かせてもらえない?」


「……はい」


 僕は一部始終を聞かせた。何一つ真実などない、架空の出来事を。






 全て話し終えて、ようやく真っ直ぐ顔を上げた僕を驚かせたのは、松井の母親の涙だった。



「そんな事が……よく一人で我慢してたわね。怖かったでしょう?」



 優しそうな眼差しで問い掛ける母親に、言葉ではいい表せない感情が僕を襲った。



 何だろう、この感情は。

 今までに味わった事のない想いが頭の中を駆け巡る。



 『罪悪感』



 この三文字が頭に浮かんだ。










 本当の事を言ってしまいたい。そんな有り得ない感情と、ここまできて止めるわけにはいかない、という二つの感情が対立する。



 戦って戦って勝利したもの、それは────







「はい、凄く怖かったです」







 悪魔が僕を支配する。

 あいつは強いんだ。どんな武器を持ってたって、負けやしない。







 気持ちを落ち着けるように深い呼吸をした母親は、再び僕に問い掛ける。


「その脅した子達の顔は、覚えているの?」


「はい。見ればわかると思います」


「松井って名前は、その子達が出していたのかしら?」


「……と思ってたんですけど……僕の聞き間違いだったのかも……」


「そうねぇ……だとすれば手掛かりが───そうだ! 勇馬、家にある学校のアルバム、全部持ってきてちょうだい! その中に一人でも写っていれば……」


 母親は、息子に向かってそう言った。

 それまで黙って聞いていたお母さんが、たまらず止めに入る。


「もう時間も遅いですし、よければ明日にでもお伺いさせて頂きますので」


 それでも松井はもう立ち上がっていたし、母親も『早い方がいいですから』と息子を促した。


「道は、わかるわよね?」


「うん、わかってる」


 結局、小雨が降り始める中、松井は一人夜道を走って行った。



 しきりに申し訳ないと謝る両親と、それを慰める母親。


「もしかしたらうちの子が被害にあってたかもしれないんです。出来るだけの事はさせて下さいな」


 他人の為にそこまでするなんて。何の得にもならないのに。僕は不思議だった。





 20分くらいして戻って来た松井は、スーパーの袋一杯に写真やアルバムを入れて持っていた。



「小学校の卒業アルバムも持ってきたよ。後、子供会で行った芋掘りの写真とか……」


「これ、私の若い頃の写真じゃない!こんなものまで持ってこなくていいのよ! 馬鹿ねぇ本当に……」


 袋から写真を取り出した母親は、顔を真っ赤にさせている。


「だって選んでたら時間かかるし……とりあえず手当たり次第に持ってきたんだよぉ」


 日に焼けた顔に、心外という文字が浮かび上がってきそうなくらい口を尖らせる松井。

 そんな親子の会話に、僕は違和感を覚えた。



 僕がお母さんとこんな風に文句を言いあう事が、一度でもあっただろうか。いや、ない。


 だって僕は、文句を言うくらいなら嘘の言葉を並べるから。


 叱られないように。

 嫌われないように。



 そうか、僕は────







 人から嫌われるのが、怖いんだ。





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