第8話 【オリジナル魔法と提案 〜其の三〜】
俺たちは家に帰るや否やエルマからお叱りを受けた。
いつも優しいエルマさんは怒ると怖かった。
いや、怖いなんてもんじゃない。ちびってしまいそうだった。
彼女は気付いたら俺とアトミーが消えて驚いてしまったようで、1人で村や家の中などを探したらしい。
よほど心配したのか、途中鬼の形相から半泣き状態でのお叱りになった。
アトミーもつられてしまったのか少し泣いていた。
またエルマやアトミーに悪いことをしてしまったな。
ちゃんとこれから親孝行しよう。
ちなみにエルマには丘に行っていたと話しただけで、魔法のことは話していない。
アトミーの、サルガさんが帰ってきてから落ち着いた状態で話した方が良いという意見を汲んでのことだ。
俺もその意見には賛成だしな。
夕方サルガが帰ってきてエルマと同じように事情を説明し、また叱られた。
でもやっぱりサルガは俺に甘く、「アルム、あまり悪さしたらいかんぞ〜?」と軽い注意程度だった。
途中、エルマから咎められていたが「アルムは天才だから自分で物事を考えられるさ」と受け流していた。
彼はもう一人前の親バカだな。
今、俺たちは夕食の支度中だ。
外は既に薄暗く、部屋の中はランプの灯りで満たされている。
その中で俺は静かに椅子に座り食事を待ち、他の3人はキッチンの方で切ったり盛りつけたりをしている。
この世界にはやはり電化製品というものはない。
しかし、それ以上に優秀な"魔法"というものがあるから生活が成り立っている。
部屋のランプも、向こうのキッチンにあるコンロみたいなものも、"魔道具"というやつらしく、魔法で作った炎ならば通常ではあり得ない時間保ち、火力も異常なまで上げられる。
きっと、こんなに便利なものを作った奴は相当儲かっただろうな。
しばらくして支度が終わり、全員が席に着く。
そして特に何の挨拶もなく食事が始まる。
もうこの光景にも慣れたが俺としては「いただきます」とか言うべきだと思う。
まぁ、異世界には異世界の習慣があるんだろうな。
しかし、挨拶はなくとも会話はあるため我が家の食卓は賑やかだ。
今もサルガが今日きた王国からの通達が届くのが遅いだの愚痴をこぼしている。
今更だが、やはりサルガは地主的なポジションらしい。
一通りサルガの愚痴が終わったところでアトミーが口を開いた。
きっと魔法のことを言うのだろうな。
「あの、サルガさん、エルマさん、お話があります。この度は私のせいで心配をかけさせてしまい本当にすいませんでした。
実は丘に行っていたのには理由があるのです」
そこからアトミーは今日の経緯を事細かに説明した。
エルマとサルガは終始驚いた顔をしていて、時折その顔のまま視線を俺とアトミーを交互に見ていた。
そしてアトミーは、今ここに至るまでの全てを説明すると、大きく息を吸った。
「そこで、私からの提案なのですが、アルム君をナヴィガ魔法学園に入学させてはいかがでしょう?彼の才能は他の魔法使いを圧倒的に上回っています」
ん?何だ、ナヴィガ魔法学園って?
魔法ってぐらいだから、まぁ魔法について学べる学園なんだろうな。
いや、そんなことよりもアトミーそんなこと聞いてないぞ?
「あの、アトミー先生?どうして僕が学園?に行くんですか?」
「実は、あなたが治癒魔法を習得した時から考えていたんです。それでもまだあなたは小さいですし、1人で行かせられないと思っていました。
しかし、今日確信しました。あなたの才能は卓越しています。
3歳での入学など聞いたことがありませんが、前例など良いのです。あなたは体はそうでなくても心はほぼ大人と変わりません。学園でも上手くやっていけるでしょう。
年齢が年齢ですから奇異の目で見られることもないとはいえませんが、皆あなたの才能を知ればちょっかいは出さないでしょう」
成る程、そういうことか。
うーん、行ってみようかな…
確かに魔法は学びたいし、行って損ということは無いだろう。
よし、行ってみるか。
そもそも勉強というものは好きだし、折角提案されたものを蹴るわけにはいかない。
アトミーの提案だしな。
「先生、僕、そこに行ってみたいです!」
俺は少し考えてから大きな声でそう言った。
アトミーはよくぞ言ったと言わんばかりの顔をしている。
エルマ達はというと先程の話の衝撃に続いて、更に衝撃的な話をされて驚いた顔のままだ。
それから俺たちは食事をしながら入学などについて話した。
アトミーはなんとその学園の卒業生らしく、学園では何を教えてくれるのかなどを教えてくれた。
アトミーから聞いてナヴィガ魔法学園について分かったことは5つだ。
・入試がある
・12年制の学園
・学年があり、年末に行われる試験によって進級か否かを決める
・実力によって級を飛ばして進級できる
・実力のある者には特別優遇制度が与えられ、優遇生として様々な恩恵を受けられる
電気もない世界にしては意外とシステムがしっかりしている。
なんでもアトミーは飛び級を2回して本来より2年早い10年間だけで卒業したらしい。
流石はアトミーだ。
そして彼女は「アルム君なら入って2年程で卒業してしまうかもしれませんね」と期待の眼差しで言っていたが、俺としては飛び級以前に入試というのが引っかかる。
この世界に来てから魔法意外の勉強を疎かにしてしまっていたせいで俺の知識が及ばない可能性もある。
つまり落ちる可能性があるのだ。
俺が落ちたとなればアトミー達は失望の目で俺を見るだろう。
別に期待されたいというわけではないが、失望されたいわけでもない。
どんな入試なのかについては規則で言えないらしいが、アトミー曰く簡単だから大丈夫ですとのことだ。
俺としては心配でしょうがない。
こんなに心配なのは高校の入試以来だな。
そして学園入学の話が順調に進み、終わろうとした時、問題が起きた。
「では、アルム君と離れると寂しくなりますが、たったの12年です。アルム君ならもっと早く帰ってこれるかもしれませんね」
「え?先生、離れるというのは…?」
「この村から学園までは最低片道3日は掛かるんです。ですから、アルム君は学園の寮に入ることになります」
「え、えっと、それじゃあ12年も会えないということですか?」
「はい、先程も言った通りです。…どうかしたんですか?」
まずい、これはまずい。
学園に行くと卒業するまで戻ってこれない。
戻ってこれない=12年はアトミーに会えないということだ。
それは困る。俺は彼女と一緒に居たい。
俺はアトミーと離れるくらいなら学園には行きたくない。
しかし話も終わりかけ、やっぱり行きたくないなんて言える雰囲気じゃない。
さて、どうするか…
そこから俺たちは更に学園の話、というより俺のワガママについて話した。
普段ならワガママなんて言わないんだが、ここは譲れない。
アトミーは俺の唯一の癒しなのだ。
話をしている最中、アトミーは俺に懐かれているのが嬉しいのか、いつものはんなりとした笑顔ではないニマニマした顔をしていた。
やはり、この顔も可愛い。
結局俺は学園に行くということは変わらないが、アトミーとは手紙でやり取りをするということになった。
そして本題の学園への出発は1週間後ということに決まり、その日俺たちは眠りについた。
次の日、俺はアトミー達の期待に応えるべく勉強に勤しんだ。
アトミーとは一緒に居たいが、入試に落ちて帰ってくるのは嫌だしな。
俺はエルマの書斎の本を片っ端から読み、内容を覚えていった。
中には辞書のような本もあり、苦労した。
おかげで頭が熱い。使いすぎると熱くなるのだ。
今日覚えられたのは23冊。
まだ10分の1ほどしか覚えられていない。
猶予はあと6日、間に合うのだろうか。
いや、間に合わせるのだ。そうでなくてはいけない。
そして、地獄のような6日間が過ぎた。
どうにか全てを覚えきった俺は渾身の力を振り絞って自分の身支度をしていた。
正直、もう何も覚えたくない。
全部で256冊。これだけの詰め込みをしたのは人生初だ。
辞書みたいなものから絵本のようなものまで様々だった。
内容が面白いものは数冊だけあった。
例えば、この"世界の地理"という本、これは中々面白かった。
俺が今いるこの村は5つある国のうち最東端に位置するリナステラ王国の中の小さな村でリコリアという。
今更ながら自分の住んでいる場所の名前を知った。
まぁ魔法の方を頑張ってたし、しょうがないか。
また、他にもリナステラから海を挟んで南西には年中砂に覆われたバーブア国や、更に西には聖騎士によって守られているミアナハト聖法国などがある。
そして驚いたことにこの本、というよりこの世界では、世界は長方形の平面のようになっていると考えられているらしい。
地図は全て紙面で、元の世界でいうメルカトル図法だし、"世界の地理"のあとがきには「世界の端を見たものは少ないが、確かに存在する」と書いてあった。
世界の端って何だろうか。途中で地面が切れているとでもいうのか?
見てみたいもんだな。
世界の端や他の国にも行ってみたいな。
異世界の国が、どんな文化を発達させているのかみてみたい。
そんなことを考えながら、俺は支度を終えた。
エルマ達は既に外で待っているようで、家の中は窓から差し込む朝日と静けさに包まれてる。
俺はリビングを通り過ぎ、ドアを開ける前に一度振り返った。
魔法学園の入試に受かれば、この家には少なくとも12年は帰ってこないのだ。
俺が落っこちて死にかけた机も良い匂いの部屋ともお別れか。
何だろう、少し寂しいな。
ここに帰ってくる俺はどんな風になっているだろう。
まさか落ちて帰ってくるなんてことはないだろうが、魔法使いにでもなってるかもな。
入学も最初は嫌だったが、今は案外ワクワクしてる。
俺は期待を胸に、玄関の扉を開けた。
しかし、そこにあったのは期待ではなく、黒くてデカイ馬の顔だった。
否、馬じゃない。いつぞやの6本足のアレだ。
そいつは扉を塞ぐようにして立っていた。
そして、こいつは結構大きい。顔だけで1メートル、体高だけで4メートルはありそうだ。
そいつは、固まる俺をじっと見つめるとブフルン!と鼻を鳴らした。