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才川くんと異世界転生  作者: ポッチリプッチョ
3章 セーラ編
33/35

第31話 【バンホルト】

 

 街外れの野原に4つの人影があった。

 1人は桃色の長髪の少女。

 1人は熊の耳をもつ老人。

 1人は金髪を短く揃えた少年、というにはまだ幼さの残る子供。

 そして最後の1人は中年程にもかかわらず筋肉質な体にボサボサの茶髪の高身長の男性。

 そしてその髪に埋もれるようにして垂れた犬の耳。

 男性の右手には自身の身長程の赤銅色の棒、左手には壁のような厚く大きな盾がある。


 金髪の少年は、その男性の20メートル程先に向かい立ち、右手には分不相応な豪奢な杖がある。

 そして、2人を結んだ線の中点あたりに熊耳の老人が立っている。

 桃色の髪の少女はというと、その老人の少し後ろで真剣な眼差しで少年を見ていた。


 老人が手を空に向かってあげる。



「それじゃ、ええかの?」


「おうよ!」


「は、はぁ…」



 快活な返事の男性とは対照的に少年は自信なさそうに返事をする。

 2人の返事を確認した老人は、高々と上げた手を勢いよく振り下ろすと同時に、叫ぶようにして言う。



「決闘開始!!」



 その合図と共に、向かい合う少年と男性、両者の激しい闘いの幕が開いた。



 =====


『巻き戻すこと2時間前』



 俺は朝起きると早速ペンと紙を持って机に向かった。

 昨日決めた通りアトミー先生に手紙を書くのだ。

 しかし、いざ書こうとすると何から書こうか迷ってしまう。

 書きたいこと、聞きたいこと、伝えたいことが多すぎるのだ。

 魔法祭のこととか、研究のこと、ダンのこと、魔法のこと……

 ダメだ、纏まらない。

 テストの作文はスラスラ書けて、手紙にこうも長考するのは何故だろうか。


 顎に手を当て唸っていると部屋の扉がノックとともに開く。

 そこに立っているのは勿論セーラだ。

 彼女は授業で使う算術書を抱くようにして持ちながら歩いてくる。



「ねぇ、アルム、ここの理由が分からないんだけど……って、何してるの?」


「いや、大事な人に手紙を書こうとしてるんだけど何から書こうか悩んじゃってね」


「……アルムが悩むなんて珍しいわね」



 セーラは俺の答えに少しだけ表情が固まったように見えた。

 何か不味いことでも言っただろうか。


 なんて疑問はすぐに消え、取り敢えずペンを置いてセーラの持ってきた算術書に目を通す。

 さらっと問題の箇所を読んでから、なるべく平易に分かりやすく解説をする。

 と言っても、3分の1を3で割る時に何故割る数である3を3分の1にしてから掛けるのか、なんてことだから殆ど時間はとらない。


 それにセーラは元々頭が良く、理解が非常に早いのだ。

 今回のこの問題に対する疑問だって大多数の人がこのルールを公式のように暗記するのに対し、セーラはこうして仕組みについて疑問を持つのだから素晴らしい。

 こうしたことを積み重ねることが本当に理解するということだ。

 こういった好奇心は自分を強くするのだ。


 解説を終えるとセーラの表情がパッと明るくなる。



「あぁ、成る程ね!そういうことかぁ…

 やっぱりアルムは先生よりも先生ね!」


「また分からないことがあったらおいで」



 スッキリした表情のセーラは、俺に老人のような言葉をかけられて部屋を出ていった。

 それを見送ったら俺は作業に戻る。


 そして30分後。

 練りに練って大体5000文字くらいになった手紙を封筒に入れると俺はセーラと共に寮を出た。

 目的地は手紙屋という場所だ。

 名前だけ聞いたら便箋でも売っているかのように感じるが、単なる郵便局だ。

 この世界にはポストがないから直接郵便局に行かなくてはならない。

 手紙屋は学園から歩いて大体30分くらいの場所にある。

 大人ならもっと早いのだろうが、手紙屋に行くにはどうしても大通りを抜けなくてはならないせいで子供の俺達だと無駄に時間が掛かるのだ。


 いつも通り人でごった返している大通りを何とか抜け、俺たちは手紙屋に着いた。

 木造りの一軒家のような建物はは大分年季が入っているようだが頑丈そうだ。

 ドアを開け、中に入る。

 すると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。

 黒茶のローブに小柄な体。頭の熊の耳がトレードマーク。

 そう、ビーサン・マーコスである。


 そういえば彼とは長らく会っていない。

 ここ1ヶ月は研究室にこもってばっかりだったからな。

 まぁそうなるのも致し方ない。


 久方ぶりに会うためか少々戸惑い気味に声を掛ける。



「マ、マーコスさん。お久しぶりです」


「ん?おぉ!アルムじゃないか!

 しばらく見らんかったが、元気じゃったか?」


「え、えぇまぁ」


「ちゃっと、私を忘れてない?」


「勿論覚えとるぞ!セーラ、お前さん少しやつれとらんか?無理しちゃあかんぞ」



 そういってマーコスはセーラの顔を心配そうに覗き込む。

 ごめんなさい、俺が無理させてしまったんです。と俺は心の中で謝る。

 それにしても、久しぶりだがマーコスはマーコスだった。

 マーコスはいわば俺たち2人の祖父みたいなものだな。

 心配してくれるし、アドバイスもくれる。話だってどこか不思議な魅力がある。


 なんて思ってるとマーコスは思い出したようにハッとして言った。



「そうじゃ、アルム。丁度お前さんの話をしとったんじゃ」



 その言葉に俺の頭にははてなマークが浮かぶ。

 何で手紙屋にいるのかという話は置いておくとして、マーコスは見た限り1人だ。

 と、その疑問に答えるように背後で声がした。



「ん、マーコス、このチビ達はなんだ?」



 驚いて振り向いてみると、そこには長身の男が立っていた。

 見た感じ40半ばくらいであろう男の体は筋骨隆々である。

 胸のあたりの服なんて胸筋の形が浮いている。


 と、そのまま上に視線を向けると、乱雑に伸ばされた茶髪の中に髪ではないものが見えた。

 一瞬黒い布のように見えたが、よくみるとソレは耳だ。

 ビーグルか何かのような犬の大きな垂れ耳だ。


 と、そこまで観察したところでふとセーラを見てみると、彼女も男の容貌に呆気にとられていたようだが、すぐに我にかえると鋭い目つきで言う。



「チビって何よ!」


「ん?チビにチビと言って何が悪い?」


「私はチビなんかじゃないわ!」


「俺からしたら大抵はチビだ。マーコスは違うがな」



 またセーラは……

 いつも言ってはいるから普段は大丈夫だが、カチンときたら止められないのが悪いところだ。

 いやそれよりもいつも思うがよくもまぁこんなイカツイおっさんにくってかかれるな。

 肝が太いというか、もう肝そのものだな。


 そんなことを考えているうちもセーラとおっさんは言い合いをしている。

 少しの間愉快そうに見ていたマーコスが会話を見計らって口を開く。



「こらこら、そこらへんにしとくんじゃ。

 セーラ、落ち着いて。

 バンホルトも、ほら、この子らは儂がさっき話しとった子らじゃ」



 マーコスの制止で2人の口論は止まり、セーラはふんっと短く鼻を鳴らす。

 と、そんなことよりも俺が気になるのはマーコスが言った"バンホルト"だ。

 つまり、ということはこのおっさんが……



「アルム、紹介しよう。

 この男前が前に話した儂の仲間のバンホルトじゃ。

 バンホルト、この金髪の坊主が儂を負かしたアルムじゃ」


「おぉ!お前か、アルムってのは!

 マーコスに勝つなんて冒険者じゃ師匠と親父くらいだと思ってたのによぉ!

 こんなちっせぇのによく勝ったな!」



 そう言っておっさんことバンホルトは俺を嬉しそうに抱き上げた。

 いきなり高く持ち上げられて慌てる俺を他所にマーコスはジト目でバンホルトを見て、訂正するように言う。



「儂との勝負は魔法だけじゃった。

 それに儂だってまだまだ本気じゃなかったわい」



 その言葉にバンホルトの耳がピクつく。

 やはりちゃんとした耳のようだ。

 というか、あの勝負をする前にマーコスは"本気で"と言っていたと思うんだが……


 バンホルトは俺を持ち上げたままマーコスに馬鹿にしたような視線を送る。



「なんだぁ?負け惜しみなんて珍しいじゃぁねぇか」


「何を言う。惜しくもなんともないわい」


「はっ!どうだかな」


「やるのか…?」


「やるかぁ?!」



 さっきまで喧嘩を止めに入っていたはずのマーコスが今度は喧嘩する側になりかける。

 ピリピリした空気を普段の5倍ほどの目線の高さで感じていると、バンホルトが思いついたような言った。



「そんじゃあ今度は魔法以外もアリでやってみろよ。それで負けたら何も言えねぇ」


「…生憎とそれは無理じゃな。

 儂はこれから学校で魔法の試験がある。

 魔力は使いとうない」


「はっ!やっぱ逃げんのかよ」



 マーコスの答えに面白くないとでも思っているのか、バンホルトはつまらなそうにそう吐き捨てる。

 また4人の間にピリピリした空気が流れる。

 というか、いい加減下ろして欲しい。

 地面までが異様に遠く感じて目眩がしそうなのだ。


 と、その空気を裂くようにセーラが放つ。



「あなた、バンホルトとか言ったっけ?

 あなたとビーサン、どっちが強いの?」


「んなこと聞いてどうすんだよ。

 ま、きちっと数えたことはないから分かんねぇけど五分五分だろ」


「だったら、あなたがアルムと戦えばいいじゃない」



 セーラのその言葉にバンホルトはその手があったかと言わんばかりの嬉しそうな表情を見せる。

 いやいやいや、と俺は首を横に振るがバンホルトはそんな俺の様子には気付いていない。

 なぜかマーコスも納得したような表情だし、セーラは名案でしょ!と胸を張っている。


 おかしい、こんなことになるなんて絶対おかしい。

 そんな俺の思いは虚しくも反映されず、1時間後に街の外の野原に集合となった。



 =====



 取り敢えず手紙を出してから俺とセーラは寮に戻った。

 何故態々戻るのかというと、杖を取りに行くためだ。

 それもセーラの杖じゃない。

 俺の杖だ。

 いつかセーラに買ってもらった紅く豪奢な杖。

 別にいらないと言ったのだが、"相手が本気なんだから!"とセーラに強引に持たされたのだ。

 正直杖が必要ないというより大通りを往復したくないだけなんだがな。

 平坦とはいえこの距離を歩くのは辛いのだ。


 そして疲れた体で街の外に出ると少し先に2つの人影があった。

 片方が小さくて片方は大きい。バンホルトとマーコスだろうな。


 あぁあ、どうしよう。

 全然勝負なんて望んでないんだが。

 杖だって初めて使うし……


 なんて考えているうちに、既に俺とバンホルトは位置についていた。

 向かい合う俺たちの間に立つのは審判であるマーコスだ。


 そういや試験はいいのか?

 ていうか本当に試験があるのか?


 なんて疑心を抱いているとマーコスが手を真っ直ぐ上にあげる。



「それじゃ、ええかの?」


「おうよ!」


「は、はぁ……」



 と、この時初めてバンホルトの方をきちんと見たのだが、彼は奇妙な装備をしていた。

 右手に杖らしき金属製の長い棒、左手には大きな盾だ。

 いや、奇妙ではないかもしれないな。

 魔法使いは相性の時は無防備だから盾はあった方がいいんだろう。


 そうこうしているうちにマーコスが勢いよく手を下ろし、叫ぶ。



「決闘開始!」



 その合図の直後、バンホルトは何やら呟き出す。詠唱だろう。

 そして俺は普段手から放つ魔力を杖を一旦介するようにして魔力を込める。


 今回の魔法に魔力の練り上げは必要ない。

 今回は空間を魔力で満たすことが目標だ。

 理由は簡単。バンホルトに魔法を使わせないためである。

 俺は研究から、より多い魔力が少ない魔力を遮ることが出来ることを知った。

 それは他人同士でも出来る。

 つまり、高密度の魔力でバンホルトの周りを満たせば、彼はそれを上回る量の魔力を使わなければ魔法が放てない。


 と、思ったまではいい。

 しかし、そこに行き着くまでに予想外のことが起きた。

 杖に通した魔力が、通す前の5倍近くに増えたのだ。元々多めに詰め込んだだけあって、結構な量の魔力だ。

 この量は、あの時甲冑に岩弾丸を撃ち込んだ際の半分くらいに匹敵する。


 まぁ、予想外とはいえ悪い出来事じゃない。

 俺は予定通り魔力をバンホルトの周りに集める。

 丁度全部集め終わった頃、バンホルトの詠唱も終わり、魔法が放たれるーーー事はなかった。

 バンホルトの魔法の魔力よりも俺の魔力の方が多かったのだ。



「な、なんだぁ?」



 一瞬驚いた顔をするバンホルト。

 しかし、咄嗟に切り替えるととんでもないスピードで走ってきた。

 あの鈍重極まりなさそうな盾を持っているとは思えないスピードだ。あと数秒で俺の目の前に来るだろう。

 そして予想通り2秒ほどでバンホルトが目の前に来た。

 俺は思わず体を魔力強化する。



「うがぁ?!」



 その直後、大きな衝撃が体を走り、気づくと目の前に居たはずのバンホルトは10メートル程離れていた。

 いや、バンホルトが離れたのではない。

 俺が吹っ飛んでいるのだ。

 恐らくあの金属製の棒で殴られたんだろう。


 なんとか受け身をとって体に意識を向けるが、痛むところも外傷もない。

 魔力強化様様だな。

 なんて考えている暇もなく、またバンホルトは走って来ている。


 彼は魔法が使えないと見るや否や物理攻撃にチェンジしたのだ。

 その切り替えの早さは褒めてもいいが、普通こんな小さな子供を硬い棒で殴るだろうか。それも10メートルも吹っ飛ぶほどの力で。

 あの"本気"という言葉には容赦などないって意味が入ってた訳か。


 俺はバンホルトの周りの魔力を解き、魔力強化とマリオネットを発動させる。

 しかも一度杖を通した魔力だからその強度とスピードは半端ではないはずだ。

 と、バンホルトの杖の当たる範囲に入る前に実際に使ってみる。

 するとどうだろう。気付くと俺は街の入り口の門に立っていた。



「こ、これは……」



 入り口の門からバンホルトまで300メートルだろうか。

 マリオネットを発動させたのはほんの1秒程度。

 ついにマリオネットはジェットコースターから新幹線へと進化したらしい。


 俺は、俺の姿を探しているのか遠くでキョロキョロしているバンホルトに向かって一瞬だけマリオネットを使い、彼の目の前まで移動する。

 驚いた表情の彼に、そのままいつもの5分の1の量の魔力でオリジナル魔法『竜巻』を使う。



「吹き荒れろ、竜巻(サイクロン)!」



 杖の先から激しく渦巻く風の塊が生まれ、バンホルトに直撃する。



「ぬぁ?!?」



 俺を杖で思いっきり殴ったんだ。もしかしたら骨折するかもしれないが、目には目を歯には歯を、お返しだ。


 バンホルトは竜巻を受けて、空中で螺旋状に巻き上げられると綺麗な放物線を描いて大分遠くに飛んでいった。

 ドンと重いものが地面にぶつかる音がして、バンホルトは床に転がっている。

 しかし、すぐに立ち上がったかと思うと盾と棒を放り投げて四つん這いになった。



「そこまでっ!!」



 と、そこでマーコスのその声が野原に響いた。

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