第30話 【研究開始】
遂に30話……
長いようで短いですね。
因みに話中のSSHというのはスーパーサイエンスハイスクールの略で実際存在する理科に力を入れている高校のことです。
カラスの一件の翌日、俺は朝から校長室に呼ばれた。
恐らく魔法祭の時に頼んでおいた部屋話だろう。
セーラは用があるとかで付いてきていない。
俺にとっては好都合だ。魔法祭の時に抜け出したことが知られずに済むからな。
とはいえ、いつかは言わねばならないが……
はてさていつ言おうか、なんて考えながら俺はあのフカフカのソファに腰掛け、ナルバは机を挟んだ向かい側に座る。
「さて、アルム君。頼まれた部屋の件について……と、その前に。
ダン先生が君を探していましたよ。何でも重要な用件だとか。
何かあったんですか?」
「いえ、少し仲良くなっただけですよ。ダン先生には後で会いに行きます。
それより部屋の件についてです」
「ふむ。実は、あれから急ぎで部屋を作りましたね。部屋の用意が出来ているので案内しようと思いまして」
「本当ですか!ありがとうございます!
あ、部屋の件急がせてしまったようですいません」
「いえいえ、優遇生は名前の通り優遇されますからな。こういった準備は普通よりも早く終わるのですよ。
さぁ行きましょう」
そうして俺はナルバの後に続いて部屋を出た。
校長室を出て左に突き進み、図書室と調理室を通り過ぎると扉が一つ見えてきた。
その扉を開け、中に入ると4畳ほどの小部屋の中央に寮の魔石をラグビーボール程にしたような黒い石が浮いている。
「さぁ、その魔石に触れて魔力を流してください」
ナルバに促されて石に魔力を注ぐと、やはり寮の移動のように真っ白な光に包まれる。
少々のくらみとともに目を開けると白く光る壁で出来た部屋に出た。
体育館程の広さに20メートル程の高さの天井だ。
ここが俺の頼んだ部屋なのだろう。
「さぁ、ここです。広さは、これくらいでよかったですかな?」
「はいっ!本当にありがとうございます!」
「いえいえ。ここは魔力によって作られた空間ですので時折壁に魔力を注いでください。その量によってこの空間の強度も変わりますので、お好きなように使ってください。
ふむ、そこにある浮遊魔石に触れると元の部屋に戻れますからな」
そう言ってナルバが指差した先には先程の4畳小部屋にあったものと同じ石があった。
「それでは」と一礼してからナルバは石に触れ、その場から消えた。
それを見届けると、早速俺は作業に移る。
「作業」というのは、魔法開発のことだ。
しかし、今度の魔法開発は前回の丘の時のような実践型の魔法を創るわけでは無い。
元の世界に戻る手立てを探すための魔法開発のことだ。
一度諦めたはずのコレを何故今になって再開するのかというと、甲冑の使っていた白い光のようなものに可能性を感じたからだ。
恐らくあの白い光は転移の魔法だ。
まぁそれはあの浮遊魔石という魔石もそのためのものだが、あれは魔石を配置したところにしか飛べないから出来ない。
まぁ一応魔石も研究してはみるが、まずは転移魔法についてだ。
とはいえ俺は初めから転移魔法の開発に入るわけでは無い。
まずは魔法そのものについて研究することにしている。
今までこの世界の知識といえば、地理、歴史、文化、言語ぐらいで魔法については詠唱文と大まかな仕組みについてしかない。
魔法には魔力が不可欠。
これは常識であり理だが、魔力とは何かと問われると答えに困るのが今の俺の状況だ。
そこで、この部屋を利用して魔力の正体を掴む。
そうすれば元の世界への転移魔法の完成も近づくだろう。
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部屋に通いだしてから1週間が経った。
「そうか……これが、つまり……あぁ、成る程」
そんなことを呟きながら食事もとらずに手元で水の球を魔力で操作している。
とりあえず、今日までで分かったことをまとめよう。
まず始めに、俺はまだ魔力が何か解明出来ていない。
そして更に言うならば当分魔力については分からないだろう。
というのも、目に見えないもののそこにあることだけは感覚的に分かり、触らないものの意識によって動かすことは出来る。
一体こんな摩訶不思議な物質どうやって解明しろというのだ。いや、物質かどうかすらも分からない。
だが、魔力の性質については少々発見があった。
まず、魔力は魔力によって遮ることが出来る。
右手と左手でそれぞれ違う量の魔力を放出、衝突させたところ量の少ない魔力は多い魔力に遮られてその場にとどまったことから分かった。
とはいえこれは自分の魔力での話であって、もしかしたら他の人の魔力とではまた違うかもしれないからまだ完全に正しいとはいえない。
そして、丘でオリジナル魔法を創っている時に立てた仮説、
『魔法は属性ごとに魔力があるのではなく、魔力がそれぞれの物質に作用することで属性が成り立っている』
というのは合っていた。
感覚的な説明となってしまうが、色々試行錯誤を繰り返して実験を重ねた結果、詠唱で火魔法を使い、それに使った魔力を操作して水魔法を使えるか試したところ出来たのである。
とは言っても、まだまだ魔力、魔法については分からないことだらけだ。
魔法に使った魔力はどこへ消えるのか。
何故何も無い空間から火や水なんかが作り出せるのか。
俺のように魔力の感覚を掴めない人でも魔法を使えるようになる詠唱は一体どんな仕組みなのか。
他にも色々挙げられる。
まぁ、時間はたっぷりあるし、今は特に切羽詰まった状況という訳でもない。
ゆるりゆるりと確実に解明していけばいいのだ。
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そして更に1週間後。
ナルバに許可を取って、授業に参加しなくていいことになった。
意外なことにナルバは俺の提案を快く受け入れてくれたが、代わりに研究成果をレポートとして提出して欲しいと言っていた。
俺のいた高校は理系が盛んなSSHに認定された学校だったし、こういうレポート提出は当たり前だったから一切苦ではない。
それどころか懐かしさを感じる。
授業も俺に取っては在って無いようなものだったし、これからは研究に時間を費やそうと思う。
という話をセーラにすると「私も研究したい!」と言って駄々をこね出した。
まぁセーラは魔法の才能もあるし、魔力量も多くなった。
俺の研究のいくつかには他人の力を借りる必要があるものもあるからセーラが邪魔になることは無い。
ということをナルバに話したらこれまた快く受け入れてくれた。
ナルバの寛大さには頭が上がらないな。
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セーラが研究に加わってから2週間、詠唱について仮説がたった。
と、その推測に入る前にセーラについて話すべきだろう。
まずこの研究において、セーラは大いに役に立ってくれた。
詠唱で魔法を使ってもらい、どんな感覚だったかを聞く。
すると俺のように魔力を操作している感覚は無いようだが、どれだけの魔力が体から出たかは何となくわかることが分かった。
そこから俺は1つの仮説が立った。
詠唱というのは、所謂暗示だ。
それも使用者が暗示に掛かったことを感知できない程強力で複雑な暗示なのだ。
どういう意味か分からないという人のために、もっと分かりやすく説明しよう。
例えるならば、詠唱文は炊飯器だ。この場合の魔力は米であり、水であり、炊飯器を使うための電力だ。
詠唱をすることは、炊飯器のスタートボタンを押すようなものだ。
魔力という米を詠唱という炊飯器を使うことで魔法というご飯が出来上がる、といった具合だろう。
そして先程のセーラの『どれくらいの魔力を使ったは何となく分かる』というのは、炊飯器のスタートボタンを押したことは認知できても中の米の様子まではよく分からないのと同じだろう。
しかし俺はどういう訳か中の米の様子までしっかり分かる、という訳である。
また、セーラの魔力を俺の魔力で遮って魔法の邪魔をすることも出来た。
もちろん俺の魔力をセーラの魔力が遮ることも出来る。
つまり、魔力を遮られるのは魔力だけ、というのは正しいのだ。
そしてやはり、他人の場合でもより少ない方の魔力が多い方に遮られる性質があるようだった。
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今日も一通りの研究を終え、今は研究室で休憩中だ。
セーラが研究で魔力を消費して疲れているのか、床に大の字になっている。
俺はまだまだ魔力は大丈夫だが、セーラがこの様子なら今日はここまでだろう。
それでも彼女の魔力量は恐らく初対面の時の3倍はあるのだから、この成長ぶりには驚かざるを得ない。
「セーラ、大丈夫かい?」
「ちょっと疲れたけど大丈夫。アルムのためだもん。何でもするよ」
セーラはゆっくり起き上がり足を伸ばして座ると力の入っていないフニャッとした笑みでそう答えた。
こうして俺に尽くそうとしてくれることはとても嬉しいし感謝しているが、そうは言ってもセーラは本当はもっと疲れているだろう。
俺にはどうも自分の尺度で物事を推し進めてしまう癖がある。
今回だって研究に夢中になるあまりセーラのことを忘れてしまっていたのだ。
好奇心は俺にとってなくてはならない存在だが、それは単なるエゴに過ぎない。
研究欲を満たすことがセーラを苦しませていい理由になど断じてならないのだ。
これからはもっと客観的な視点が必要だな。
それから俺は部屋の壁に触れ、魔力を注ぐとセーラと一緒に部屋を出た。
長い長い廊下を2人で歩く。
ふと外を見てみると、もう空には星が見えていた。
気付けば魔法祭が終わってから1ヶ月近く経っている。
そういえばアトミー先生からの手紙が届いていない。
まぁ、俺も魔法祭やら研究やらで忙しくて出せていなかったから当たり前といえば当たり前なのだが、先生からの手紙を読むことが俺の癒しの時なだけにこれだけ長い間読めていないのは辛い。
明日は手紙を出しに行くべきだな。
と、横を見てみるとセーラが歩きながらうとうとしていた。
瞼の重みに耐えながら右へ左へ揺れて歩いている。
研究で魔力を使ったのと、遅くまで起きているというダブルパンチが効いているのだ。
そんなセーラを見て、俺は足を止めてその場にしゃがんで体に魔力強化を施す。
「セーラ、寮まで僕がおぶっていくよ」
「んぇ?あ、いや、でも……」
「大丈夫だから。ほら、乗って」
「じゃあ……」
そう言ってセーラは俺の背中に体を密着させる。
割とすんなり俺の提案を受け入れるあたりセーラの疲労度が伺える。
そうしておぶってから数分としないうちに背中から寝息が聞こえてきた。
月明かりに照らされた誰もいない廊下を歩きながら俺はそっと独り言のように言った。
「セーラ、お疲れ様。そしてありがとう」




