第29話 【魔法祭 〜其の五②〜】
ここで2章は終了です。
次回アトミー回を挟んでから3章に入ります!
中庭に戻る最中、ふと気になったことをダンに問いかける。
「あの、どうして態々教室に連れてきたんですか?」
「……私が生徒に教えを乞うところなど他の者に知られては私の誇りが許さないからです」
ダンは目を合わせずに、きっぱりと言い切った。
成る程。だからこの日なのか。
模擬戦に人が集中する今日ならば、教室に人がいることはそうそうないだろう。
今日であれば、ダンの誇りは傷つかずに目的を達成できるという訳か。
しかし、そういうことだったなら、俺にあんな頼みをするのにも誇りを無理やり捻じ曲げてのことだっただろうに。
何よりも知識欲を満たすことが1番ってことか。何だか俺に似ているな。
最初はただの嫌な奴かと思ったが、割と面白いところもあるじゃないか。
知識欲が人一倍あって、その上プライド高いと…………ん?
これは意外とセーラと気が合うんじゃないか?
今度仲良くなる機会を設けてみよう。
なんて考えている内に中庭に着く。
魔法がぶつかる轟音と周りの歓声が入り混じり、凄まじい騒がしさだ。観衆の量もさっきの比ではない。
「僕は、取り敢えず寮に帰ります」
「えぇ、分かりました。それでは」
そう言ってダンは雑踏の中に消えていった。
俺はマントを被り、寮へと帰る。セーラ達の試合は見たいが、この雑踏の中マントを被ったまま、セーラ達を見れるところまで行くのは困難だ。
仮に行けたとしても帰ることを考えると寮を出たことがバレる確率が高い。
ということで、俺は断腸の思いで寮へと向かった。
=====
寮に戻ってから数時間後。
セーラが帰ってきた。
俺がベッドで本を読んでいるところに駆け込むようにして興奮気味にやって来る。
「あのねっ!あのねっ!私3勝したんだよ!私よりも上の学年の人と2回当たったけど、勝ったのよ!」
「そりゃあ凄い!特訓の甲斐があったね!」
そう言って俺はページをめくる手を止めてサムズアップしてみせる。
にしても3勝とは………セーラは俺が思ったよりも強くなっていたみたいだ。
ここ数日で目まぐるしく出来事が起きているいて、あまりセーラに構ってやれてなかったし、魔法祭が終わったら2人でどこかに出かけてみてもいいかもな。
そんなことを思いつつ、話題に上がらなかったマーコスについて聞いてみる。
「そういえばマーコスはどうだったの?」
「えっとね、マーコスは準々決勝まで行ったんだけど、そこで負けちゃった」
「そっか……相手はどんなのだった?」
「見てなかったから分かんないけど、マーコスは何か仲良さそうにその人と話してたよ」
仲良さそうに、か。
マーコスが俺たち以外と接しているところなんて見たことなかったが、意外と友達多かったりするのか?
意外は失礼か。
まぁ、その友達らしき人物にも会っておいた方が良さそうだな。
俺が友達になるつもりはないが、魔法については詳しいだろう。
俺は魔法についてまだ知らないことが多すぎる。
=====
その日の夜は久しぶりに大通りに出て夕食をとることになった。
俺の体が回復したこととセーラの快勝の2つを祝うためである。
因みにマーコスも一緒だ。
雑踏の中を突き進み、やっとの思いでレストランらしきところに入る。
とは言えやはり店内も人が多い。
「いやぁ、騒がしいですね」
「そうかの?まだまだ静かな方じゃと思うがの」
「あ、あの席空いたわ!ほら、行きましょう!」
そうセーラに促されて適当なテーブル席に着く。
この世界は日本と違ってウェイターが客を席まで案内するなんてことはない。
別にそれでも差し支えないが、たったそれだけのことでも自分が充実した環境にいたということを実感する。
「ねぇ、何食べるの?」
「僕はセーラと同じのでいいよ」
「うーん、何にしようかのぉ。ここの料理は美味いから迷ってしまう」
なんて会話をしながらメニュー表から料理を選ぶ。
それから厨房の店員に料理を頼んで席戻ってみると座っている人が1人増えていた。
見覚えのある座っていても分かるほどひょろ長い体、整った茶髪に綺麗なメガネからはその几帳面さが伺える。
「あ、先生、さっきぶりですね」
「ダンですか。何故ここに?」
「いや、実はここは私の行きつけの店でしてね。先生たちこそどうしてここに?」
「セーラの快勝と僕の体の回復のお祝いですよ」
そう言ってチラとセーラの方を見てみると露骨にダンを睨んでいた。
ダンはそれを気にも止めていない様子で俺の会話を終えるとセーラの方に微笑んだ。
「セーラさん、改めて自己紹介をしましょうか。
私はダン。あなたとはあまりいい関係にはありませんが、私はアルム先生の生徒になったのですから、これからはどうぞよろしく」
「生徒……?」
怪訝な顔でセーラが問う。この質問は答えようによっては大問題になる。
俺が寮から出ていたのが分かってしまうのだからな。
そしてダンとは俺の事情を話さずに別れてしまっている。更にダンはその話を今にもしようとしていた。
冷や汗が背中を伝い、俺は「そういえば!」と無理やり会話を遮る。
「マーコスさんは、模擬戦で負けてしまったという相手とはどんな関係なんですか?」
「ふむ……我慢出来んかったんじゃろう?まぁ良い。
アルムが言っておるのは多分バンホルトのことじゃな。奴は冒険者時代の数少ない仲間での、昔はよう一緒にクエストに行っておったもんじゃよ……」
どうやらマーコスには俺が寮を抜け出たことがバレたらしい。我慢出来なかったことまで見透かされたのだから、流石はマーコスだと思わざるを得ない。
そしてそれからマーコスとバンホルトの話で俺たちのテーブルは盛り上がった。
遺跡に閉じ込められたことだとか、貧乏だったからいつも野宿だっただとか。どれも聞けば聞くほど興味をそそる話で、俺もダンもセーラもマーコスの話に聞き入った。
美味い料理を食べながら、気の置けない仲間たちに囲まれて、ワクワクする話を聞く。
思えばこの世界に来てこんなに居心地がいいのは初めてかもしれない。
そう感じる程、俺にとっては満たされた時間だった。
そして料理を食べ終え、マーコスの話もキリがつき俺たちの祝賀会はお開きとなる頃にはもう空は真っ暗だった。
それから少々会話をしてから俺とセーラは寮に戻った。
マーコスとダンは飲みに行くとか言って、夜の雑踏の中に消えていった。
=====
部屋に戻ると急にどっと疲れが出てきて、俺はリビングの椅子に座ってぼーっと部屋を眺める。
思えばこの部屋も思い出が色々ある。
確か、セーラと初めて会ったのはここだった。そして2度目にきちんと会ったのもここだった。
あの時は誰か見えないものにずっと付けられてたから驚いたものだ。
といってもまだここにきて1年経っていないのだから時の流れは遅いものだ。
なんて感傷に浸っていると、風呂上がりでパジャマ姿のセーラがやってきた。
頭や肩から湯気が出て、綺麗な桃色の髪はしっとり濡れて頰の赤らんでいる。
もう何度となく見た姿ではあるが、とても6才とは思えないその妖艶さには慣れない。
「アルム、お風呂入っていいよ」
「うん。ありがと」
そう短く会話して風呂に向かう。
すれ違う時に何か言われたような気がしたが、セーラはタッタッタと自室にかけていった。
そして美幼女の入った直後のお湯に入り、背徳感に心を満たされながら風呂を上がる。
そうして自室に戻るとセーラが俺のベッドに腰掛けていた。
薄暗い部屋に月明かりが薄く差し込んでいる。
「どうしたの?」
「…ほら、さっきのご飯の時の話に幽霊の奴があったでしょ?」
幽霊…?
あぁ、遺跡でブラッドゴーストとかいう魔物と戦ったなんて話もあったな。
それがどうしたのだろうか?
「私、あの話が怖くて……えっと、それで……」
うん、成る程。
まぁ、流れとしては分かったぞ。
怖いから1人で寝れない。だから一緒に寝ないかってことか。
「一緒に寝る?」
「……うん」
セーラは小さく返事をすると俺の分を開けてベッドに寝転がった。
途端俺の心臓が肋骨をへし折りそうな勢いで高鳴り出した。
落ち着け。落ち着くんだ。
ただ一緒に寝るだけ。それに相手はまだ6才だぞ。
好きとはいえ興奮してしまってはロリコンという特殊な性癖があると認めてしまうようなものだ。
無駄と分かっていながらそう自分に言い聞かせ、セーラの横に寝転がる。
お風呂上がりの石鹸の香りとセーラの優しい匂いが鼻腔を満たす。
それが余計俺を興奮させて、仰向けのままカチンコチンに体が固まる。
しかしセーラはそんな俺を他所にゴロリと体を転がしてこちらに視線を向ける。
「ねぇ、アルム。
アルムは、私のこと、好き?」
しっとりした声で耳元に囁くように問われる。
俺はその問いに戸惑いを隠せずにいた。
「えっと、その、急にどうしたの?」
「いいから、答えて」
「す、好きだよ」
俺は勇気を出してそう答えた。
しかし緊張で視線が天井に固定されているせいでセーラがどんな顔をしているのかは見えない。
ふぅ、とセーラがため息をつく。
「それは、女の子として?」
その問いに俺はどきりとしてしまう。
確かにセーラは好きだが、俺からしたら年が離れすぎている。
俺の体はアレだが、精神面だけでいえばセーラの3倍近いのだ。
まぁセーラの精神年齢は実年齢よりは随分高いだろうが、それでも俺よりは大分下だ。
そんな女の子を俺は異性として見ているのだろうか。
俺は前世では人を好きになったことがなかった。それは俺を取り巻く環境が大きく影響していたわけだが、経験がないということは未知ということだ。
人の言う『好き』が俺にはまだよく分かっていない。
セーラに告白された時、俺は自分が抱いている感情を『好き』であると思ったが、それが正しいかどうかを確かめる術がない。
だからあえて1番近い感情を挙げるならば、アトミー先生に抱いているものに近い。
大切にしたくて、失いたくない存在。
アトミーには更に尊敬の念が加わるが1番近いところでいえばきっとソレだ。
しかしそうすると、俺の『好き』は違う人物に同時に向けられていることになる。
好きが何だか分からないが、その状況が好ましいものでないことは何故か分かる。
だから俺はセーラの問いにどきりするのだ。
しかしここで嘘をついてしまうのはより複雑になってしまう。
何より俺自身そんなこと許せない。
俺は天井を向いたまま話しだす。
「えっと、その。
僕は今まで人を好きになったことが無いんだ。
だから『好き』っていうのがどんなものなのか分からない。
それはつまり、もしかしたら僕はセーラのことを好きじゃないっていうことになってしまうのかもしれない。
でも、1つ確かなのは、僕はセーラを大切にしたい。傷ついてほしくないし、失いたくもない。
傷つける奴は許せないし、失いそうになったら全力で阻止すると思う」
「難しいこと言われても分からないけど、嬉しい」
そう言ってセーラはそっと俺の手を握ると同じく天井を向いて目を瞑った。




